イメージ:一ノ瀬夏海
イラスト:あままつさま
パーティの朝、慣れないスーツに顔をしかめる。
「制服でいいのでは……」
「催眠術師なら、それ相応の格好をしないといけないよ」
優雅に朝のコーヒーをすすりながら、父がピシャリと言った。
スーツは父・剛鬼の知り合いのところでオーダーメイドされたんだけど、意識が遠のきそうな値段だった。
しかもプレゼントだと思えば、バイトで返しなさいと言われた。
抗議はしたが、父に口論で勝てるはずもなく……。なかなか人生は甘くないらしい。
唯一良かったことといえば、師匠からギラギラのヤバい衣装を渡されそうになったとき、角を立てずに断ることができたことくらいだな……。
「あれ。今日そっちは休み?」
土曜なのに早起きなお兄が、コーヒーを飲みながら父に尋ねた。
「うむ。町内のイベントに出ることにしたよ」
「えー、なんで剛鬼がそんなしょぼいとこー?」
お兄はつまらなさそうに口を尖らせる。
「ははは。地域のおつきあいは大事にしないとな。それに意外とご近所さんに私のファンは多いんだぞ?」
そういえば、駅前の公園で地域に向けた小さな祭りがあるみたいだ。
おれの師匠の桑田エンジェルさんも、手品をするって張り切っていたなぁ。あの人、催眠術はうまいのに手品はすっげー下手だけど。大丈夫なのか……。
「私はトリを任せてもらえることになってね。出番は15時だそうだ。それまでゆっくりと母さんと祭を楽しもうと思うよ。かほるも暇なら来るかい?」
「ううん、おれも出かけるから。でも15時って出番早くない?」
「まあ地域の祭りだからそんなもんだろう。いをりも今日が初のイベントなんだろう? 頑張りなさい」
「ん」
おれのほうは長丁場で、12時開演16時終了。会場入りは10時だからあと2時間後には会場に着いていないといけない。
……プレッシャーで少しだけ気が重かった。
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10時に会場玄関前につくと、すでにみんな揃っていた。
みんな1本前のバスだったのか。
バス停から歩いてくるときがすげー恥ずかしかったから、キョージンと家の近くで待ち合わせすれば良かった。
「あれ。神ちゃん、髪の毛いつものままじゃん?」
「そういう感じが正解なのか……」
キョージンもビシッとスーツを着ていて、髪はオールバックにしていた。
スーツの作法なんて知らないから、いつものもさもさで来たよ……。
父、口出すなら最後まで教えてくれ……。いやあの人、いつも頭ボサボサで人前に出てたな。
「あはは、いをりくんはミステリアスなほうがいいよ、催眠術師だからね」
「日葉……ドレスすごいな」
「えへへ、似合う? マーメイドドレスっていうんだよ」
すらりと体の線を強調し、臀部の下でふわっとひれのように広がっている。
ブルーのマーメイドか……。
大人っぽいデザインだけど裾が短い分、かわいらしさもあるし。何と言っても日葉にぴったりだなこれ。
「は〜、緊張するねぇ〜」
ほわりと笑う明夢はいくつもフリルが重なった赤いワンピースの上に、同系色のケープを羽織っている。
あ、赤ずきん……さん……?
でもこれ、明夢に不思議と似合っていた。さすがインフルエンサー、自分のキャラをよく知っていらっしゃる……。
「そろそろ一ノ瀬先生も来ると思うのだけど……」
肩と背中が空いた独特な黒いタイトワンピースを着て、シルバーのストールをかけている拝慈は、いつもより大人っぽい。
髪の毛も後ろに三つ編みのカチューシャを作っていて、その下からゆるく巻いた髪を背中に落として肩甲骨を隠している。
彼女の隙のなさには、いつも安心させてもらうな……。
「あれじゃないー?」
日葉の視線の先に、すさまじい白煙を上げながら近づいてくる赤いバイクがあった。
バイクはおれたちの前でピタリと止まった。
ジャケットの下にスリットドレスを着ている女性ライダーが、フルフェイスのヘルメットをつけたままおれたちの方を向く。
「駐輪所どこ!?」
あ、一ノ瀬先生。
「え〜、初めて来たからわかんないです〜」
いちばん近くにいた明夢が、ふよふよと手を振っていた。
「先生、ドレスでバイクは危ないのでは……」
軽くご進言してみる。
一応スカートがひっかからないようにたくしあげてはいるけど、その分、下着が危険だった。
「おしゃれは我慢よ!」
たぶん違うと思う。
一ノ瀬先生はバイクのエンジンを盛大にふかすと、駐輪場を探しに行ってしまった……。
「あ、それでいつもつなぎ着てんのか」
「ああ……」
キョージンの一言におれも相槌を打つ。
最終話でやっと、アレの謎が解けたのだった。
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