1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

最終話・催眠術はヤラセじゃない!

公開日時: 2021年6月26日(土) 11:11
更新日時: 2021年7月3日(土) 15:13
文字数:1,813


 


イメージ:一ノ瀬夏海いちのせ なつみ

イラスト:あままつさま

 パーティの朝、慣れないスーツに顔をしかめる。



「制服でいいのでは……」


「催眠術師なら、それ相応の格好をしないといけないよ」



 優雅に朝のコーヒーをすすりながら、父がピシャリと言った。

 スーツは父・剛鬼の知り合いのところでオーダーメイドされたんだけど、意識が遠のきそうな値段だった。

 しかもプレゼントだと思えば、バイトで返しなさいと言われた。

 抗議はしたが、父に口論で勝てるはずもなく……。なかなか人生は甘くないらしい。

 唯一良かったことといえば、師匠からギラギラのヤバい衣装を渡されそうになったとき、角を立てずに断ることができたことくらいだな……。



「あれ。今日そっちは休み?」



 土曜なのに早起きなお兄が、コーヒーを飲みながら父に尋ねた。



「うむ。町内のイベントに出ることにしたよ」


「えー、なんで剛鬼がそんなしょぼいとこー?」



 お兄はつまらなさそうに口を尖らせる。



「ははは。地域のおつきあいは大事にしないとな。それに意外とご近所さんに私のファンは多いんだぞ?」



 そういえば、駅前の公園で地域に向けた小さな祭りがあるみたいだ。

 おれの師匠の桑田エンジェルさんも、手品をするって張り切っていたなぁ。あの人、催眠術はうまいのに手品はすっげー下手だけど。大丈夫なのか……。



「私はトリを任せてもらえることになってね。出番は15時だそうだ。それまでゆっくりと母さんと祭を楽しもうと思うよ。かほるも暇なら来るかい?」


「ううん、おれも出かけるから。でも15時って出番早くない?」


「まあ地域の祭りだからそんなもんだろう。いをりも今日が初のイベントなんだろう? 頑張りなさい」


「ん」



 おれのほうは長丁場で、12時開演16時終了。会場入りは10時だからあと2時間後には会場に着いていないといけない。

 ……プレッシャーで少しだけ気が重かった。




+++




 10時に会場玄関前につくと、すでにみんな揃っていた。

 みんな1本前のバスだったのか。

 バス停から歩いてくるときがすげー恥ずかしかったから、キョージンと家の近くで待ち合わせすれば良かった。



「あれ。神ちゃん、髪の毛いつものままじゃん?」


「そういう感じが正解なのか……」



 キョージンもビシッとスーツを着ていて、髪はオールバックにしていた。

 スーツの作法なんて知らないから、いつものもさもさで来たよ……。

 父、口出すなら最後まで教えてくれ……。いやあの人、いつも頭ボサボサで人前に出てたな。



「あはは、いをりくんはミステリアスなほうがいいよ、催眠術師だからね」


「日葉……ドレスすごいな」


「えへへ、似合う? マーメイドドレスっていうんだよ」



 すらりと体の線を強調し、臀部の下でふわっとひれのように広がっている。

 ブルーのマーメイド人魚か……。

 大人っぽいデザインだけど裾が短い分、かわいらしさもあるし。何と言っても日葉にぴったりだなこれ。



「は〜、緊張するねぇ〜」



 ほわりと笑う明夢はいくつもフリルが重なった赤いワンピースの上に、同系色のケープを羽織っている。

 あ、赤ずきん……さん……?

 でもこれ、明夢に不思議と似合っていた。さすがインフルエンサー、自分のキャラをよく知っていらっしゃる……。



「そろそろ一ノ瀬先生も来ると思うのだけど……」



 肩と背中が空いた独特な黒いタイトワンピースを着て、シルバーのストールをかけている拝慈は、いつもより大人っぽい。

 髪の毛も後ろに三つ編みのカチューシャを作っていて、その下からゆるく巻いた髪を背中に落として肩甲骨を隠している。

 彼女の隙のなさには、いつも安心させてもらうな……。



「あれじゃないー?」



 日葉の視線の先に、すさまじい白煙を上げながら近づいてくる赤いバイクがあった。

 バイクはおれたちの前でピタリと止まった。

 ジャケットの下にスリットドレスを着ている女性ライダーが、フルフェイスのヘルメットをつけたままおれたちの方を向く。



「駐輪所どこ!?」



 あ、一ノ瀬先生。



「え〜、初めて来たからわかんないです〜」



 いちばん近くにいた明夢が、ふよふよと手を振っていた。



「先生、ドレスでバイクは危ないのでは……」



 軽くご進言してみる。

 一応スカートがひっかからないようにたくしあげてはいるけど、その分、下着が危険だった。



「おしゃれは我慢よ!」



 たぶん違うと思う。

 一ノ瀬先生はバイクのエンジンを盛大にふかすと、駐輪場を探しに行ってしまった……。



「あ、それでいつもつなぎ着てんのか」


「ああ……」



 キョージンの一言におれも相槌を打つ。

 最終話でやっと、アレの謎が解けたのだった。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート