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「ちょっ、と、落ち、着い……」
「ふんすふんす!!」
「えー! なにこの人! つか誰!? 全然話を聞いてくれないんだけど〜!?」
に、日葉と拝慈がいなくてよかったー!
動画チェックが終わったころに突然、見知らぬ男子が部室に訪れた。
この人はなぜか来たときからこの調子で、ずっと鼻息を荒くしていた。
すっかり怯えている明夢を奥に逃がして、絶対に近づけないようにと、おれと佐々崎のふたりがかりで入り口そばの壁側に押しやっていた。
幸いにも相手は体の線が細い系だったから、なんとかおれたちでもブロックできてはいるんだけど……。
「キミたちがっ! キミたちがっ!」
あーもう面倒臭い、暴れるなって!
「まーまー、そんなんじゃ話聞けないから落ち着いてよー。ほら、怒ってるとこコレで録画してるよ?」
「ふんすっ!?」
キョージンがひょいっと掲げるビデオカメラを見て我に返ったのか、男はやっともがくのをやめてくれた。
ひとまず大人しくはなったけど。念のため壁ドンはしておこう。
男相手なのは大変遺憾だけどな……。
「はぁはぁ、ふぅ……。ああ阿南さんはいないですね。だったらちょうどいいです。物申しにきたんですけど、部長は誰ですか?」
ん? 日葉の友だち?
交友関係を全部把握してるわけじゃないけど、ウェイ系じゃない人もいるのか。
……そう言ったらおれもか。
いや、おれは友だちって言っていいのか?
……あまり深く考えるのはやめよう……。
「1年A組の京村だけど。で、誰? 何なの?」
「僕は、水泳部の上田ですけどっ」
上田……あっ。
隣の佐々崎と顔を見合わせる。
日葉にコクったやつだ——!?
「阿南さんを一刻も早く、この部から解放してあげてください!」
どうして上田がそんなことを……。
部活のことまで口を出すような仲、なのか?
そういえばさっき、付き合うのかどうかまではちゃんと聞いてなかったな……。
「どうして女神のような彼女が、こんな陰キャばかりの部活に入ってるかわからないんですか? 彼女はね、キミたちみたいなボッチが! 高校生活を健全に送れるようにって! キミたちの仲を取り持つため、わざわざ顧問の先生に頼んでるんだよ!」
「上田……くん……?」
声がした方を振り返ると、日葉と拝慈が入り口で立っていた。
開きっぱなしのドアから、中の声もずっと聞こえていただろう。
日葉は困惑した表情で上田を見ていた。
「阿南さんには僕がここに来ているのを見られたくなかったんですけど、仕方ないですね」
上田は小さくため息をつくと、日葉の方に体を向ける。
「僕、女子部の顧問に聞いたんですよ。どうして阿南さんが併部をしているのかって。さすがですね、ボランティアでこんな部活に入るなんて」
「ちょっと……それは違っ……」
「僕は阿南さんの優しさをよく知ってます。でもこの人たちは知らないんですよ、自分たちの存在が阿南さんの負担になっていることを! 最近、タイムが伸び悩んでますよね。それって併部のせいじゃないですか?」
「え、なんでそれを……」
日葉は目を見開く。
「学級委員だからって、陰キャの社会復帰まで背負うことないですよ!」
「にっちゃーん?」
キョージンが声をかけると、日葉はハッとして部室の奥を見た。
その表情は怯え切っていた。
「上田くんが言ったの、事実?」
キョージンは目を細め、鋭い視線を送る。
「顧問にお願いしたの? 俺らみたいなボッチを社会復帰させるって?」
日葉の口元がわずかに震える。
「うん。お願いした」
そうつぶやいてから、ハッとして手で口をふさいだ。
「嘘、でしょ、日葉ちゃん〜……」
佐々崎が顔を引き攣らせる。
「あの。あたし、そんなつもり、とかじゃ……っ」
気の毒なくらい蒼白した顔で、うわごとのようにつぶやく日葉。
でも、彼女自身も気づいている。
素直になる催眠は解いていない。
嘘がつけないから、困惑してたんだよな。
「もう阿南さんにばかり頼らないでください。彼女がかわいそうです。彼女のことを思うなら、解放してあげてください」
なんだよこれ。
まるでおれたちが全部悪いような。
「本人がそう言うなら仕方ないんじゃね。なあ神ちゃん?」
キョージンは、冷たい目で上田の頭を見下ろした。
頭を90度の角度で下げる上田に、おれは戸惑っていた。
「……おれ、は……」
みんながおれに期待を込めた視線を向ける。
でもおれは……。
日葉のプライベートに口出す権利、ないし。
「日葉の好きなようにしたらいい、と思う……」
重圧に耐え切れず、視線を落とす。
その一瞬。
瞳に映った日葉の顔が、歪んでいたような気がした。
「……」
静かになったのは、彼女が泣いた沈黙だと思った。
だけど。
「……ああ。バレたくなかったなぁ。けど、自業自得だね。……みんな、ひどいこと言ってごめんなさい」
彼女は声を振るわせることなく、おれたちに頭を下げた。
「わかってもらえて良かったです。じゃあ阿南さん、行こう」
「……」
上田が日葉を促す。
日葉は黙ってカバンを取ると、上田と部室を出て行った。
ドアが自然に閉まった。
おれたちは足音が聞こえなくなるまで、地に足が張り付いてしまったように動けなかった。
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