部室で、おれとキョージンはなぜか床に正座をさせられていた。
目の前の2脚のソファには1人ずつゆったりと座っていて、ひとりはスマホ、ひとりはパソコンを触っている。
「っはあぁぁあーーー、全然だめだめーーーー!! そんなんじゃあと3カ月で1万登録者なんていかないからぁ!! ね、ばんちゃん!!」
「そうですねえ。まずは催眠術師のやる気がないのがいちばんのネックですね。SNSを見ましたがなんですかあの世界の終焉を感じるページは。もっと有意義な運営はもちろん、『催眠術』でエゴサして関連つぶやき全員にいいねとリプをつけてですね……」
「誰この人?」と、キョージンに目配せする。
わざとらしいため息をついたのは佐々崎希輝。先日までおれたちの動画を荒らしていたKAWAII男の娘アイチューバーだ。こいつとは一応和解し、その後もちょくちょくと部室に遊びに来るようになっていた。
問題は佐々崎の向かいのソファに座っている男である。
佐々崎と並んでるからというわけではなく、とにかく図体がでかい。あごラインが消失するほど肉付きはよく、かけたメガネも顔のパーツも小さく見えるというエッシャーもびっくりな騙し絵風フェイスをしている。短髪なのに細いヘアバンドで前髪をアップにしているのは、おしゃれではなく汗を防止しているようだ。そして先ほどからふーふーと息を切らせ、すごい速さでPCを叩いていた。
キョージンからは「知らん、あいつが連れてきた」と目で訴えられる。
おれたちいつの間に、目と目で通じ合う仲になったんだよ最悪だ……。
「とても正論でごもっともなご意見はありがたいのだけれど……どなた?」
デスクで執筆中だった拝慈が手を止め、ヘタレなおれたちの代わりに聞いてくれた。
「フヒッ! これはこれは学校一の美女こと赤森先輩じゃないですかぁ。拙者は2年B組、山下伴内です。以後お見知りおきを」
「せ、先輩って。あなたの方が先輩じゃない……」
頭痛がするとでもいうように頭に手をやる拝慈を気にするでもなく、山下先輩はそのままPCに向き直り、カタカタたまにツッターンと叩く作業に戻った。
「ばんちゃんは僕のプロデュースもしてくれた、超優秀なプログラマー兼広報兼インターネッツだよ!」
「ハイッ! インターネッツですッ! wwww」
二人で顔を見合わせ、ぐふふふと笑い合う。
おれたちの部室だというのに、ノリについていけない……。
「目標登録者数まであと9000でしょ? まあ無理ゲーだと思うけどぉ。ばんちゃんにはやらないかの広報とアドバイザーをしてもらうからね、みんな言うことを聞くようにっ。特に神多くんは頑張るんだよ? ほらぁ、明夢ちゃんを見習って早くフォロワー増やしてね?」
そう言って佐々崎はソファでふんぞり返った。
…………あいついちばん偉そうだけど別になにもしてなくない?
「えっとー、もしかしてさざききくん、心理研究部に入ってくれるの?」
日葉が尋ねると、佐々崎はスマホから目を離してにんまりと笑った。
「僕はアイチューバーだから、やらないかには入れないけどぉー。部活はやってもいいかな? 僕がいるといろいろ助言もできるしね!」
「いや、おま……」
「わーーい!! さざききちゃんと一緒〜〜〜!!」
キョージンの言葉を遮って、明夢が抱きつく勢いで佐々崎に駆け寄った。日葉も黒目がちな目を輝かせる。
「2つのチャンネルが所属してるって、なんかアイチューバー事務所っぽくない? すごい!」
「あっ確かにー! じゃあ僕のマネージメントもお願いしちゃおっかなー?」
なんか話が勝手に進んでるんだけど……。
すでに正座を崩していたキョージンがやれやれと頭を振り、おもしろくなさそうにあぐらの上で頬杖をついた。
「ま、いいんじゃない? とりあえず数字が上がることは、なんでも試してみるべきよ」
拝慈は長い脚を組んでじっと様子を眺めていたが、諦めたようだった。
「まあ、確かに。宣伝方法がいまいちわからなかったんだよなー。もし使えなかったらすぐに全員切ればいいか」
キョージンは今日もきちんと狂人ですね……。
「——近しい人気動画の調査解析もしているのは至極感心でありますが、少々アラが目立っていますな、“ミスターK”?」
意味ありげにメガネの中央を押し上げ、図体のでかい人が口端を釣り上げた。
「なぜ、俺のネットの名を……?」
「ぷぷぷ。『拙者は敵前に跪いたことは一度もない。ただ課金はしたがな』」
「そのクソみたいな名言は、“珍撃の巨漢”ことBANちゃん!?」
目をこれでもかと開いたキョージンは、山下先輩を指差してわなわなと震える。
「え、キョージン知り合いなの?」
「いや、俺といちばん仲良いネットのゲー友だよ! ほら、俺がやらないかのアンチの解析お願いしたのBANちゃんだから」
「えーなに!? じゃあ、ばんちゃんが僕を売ったってことぉ!?」
は? 「アンチの口癖や改行、句読点などいろいろなクセから解析して特定した」って言ってたけど、ただ犯人が知り合いだったってオチかよ。うわマヂ無理。今日イチでショック。
「んじゃ、BANちゃんも部活入ってくれんの!?」
「うーん。拙者はネットのこと以外は興味がないため。基本はリモートワークってやつが良いでしょうな」
「ちぇ、残念だなー」
山下先輩に断られたキョージンは、肩を落として床を指でいじりはじめた。
今度は口を尖らせてスネていた佐々崎が、ソファから身を乗り出す。
「ねえねえ神多くん。ばんちゃんに手伝ってもらう代わりに、たまに催眠術かけてあげてほしいんだけど、そういうのお願いできたりする?」
「それは構わないけど……。何かやりたいことがあるんですか?」
「ふひ! ちょっと恥ずかしいなぁ……」
肩をすくめて照れながら、山下先輩はくねくねと大きな体をよじらせる。
「えっとぉ……。やっぱりハーレム催眠をかけてほしいなぁって」
「「ええっ!?」」
日葉と明夢がとっさに身構える。
「あ、申し訳ないけど、君たちはタイプじゃないので」
しかし山下先輩はクールに断るのだった。
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