イメージ:佐々崎希輝
イラスト:あままつさま
まどろみから意識を戻した。
ゆっくりと目を開けると、ツインテールの女子が楽しそうにおれの机に腕を乗せ、その上に小さな顔を預けて微笑んでいる。
ともすれば、寝ていたおれとの顔の距離はとても近いわけで……。
「…………っ!?」
慌てて飛び起きて椅子を引くと、後ろの席にぶつかった。
それを見て、彼女はおかしそうにころころと笑う。
「あはは、寝顔かわいかったなー」
い、い、いつからいた?
ぷるぷると震えて何も言い返せないおれ、まじチキン。略してマジチキ。あれ余計にダメっぽくないか。
クラスの陽キャ&コミュ強カースト上位女子、阿南日葉はいつも距離感がおかしい。
おれは今までひとりで過ごすことが多かったため、女子が苦手だとしても生活に支障はなかったんだ。
けれど最近は「女子に触られると即死」というマイルールを作り、かなり気を使って過ごすようにしている。
それでも1日2回ほど殺される。
主な猟奇殺人犯はこのお方。
「今日部活だねっ。動画の登録者数がまた増えてたけど、チェックしとるかい?」
おれの前の席に座って、今日も無防備に体を寄せてくる。
細心の注意を払いつつ手元を覗き込むと、おれたちの動画の登録者数が900人になっていた。
あれ、なぜ? 前に見たときから倍になっている。
最近アップした動画といえば、閲覧注意の魚の回だ。しかもあれ、催眠してない。
「あっそれ、あたしのせいかも〜」
いつもの絶対平和スマイルで圦本明夢が席に来た。
おれたちがぽかんとしていると、明夢はポケットから自分のスマホを出して、手のひらに載せた。
「フォロワー3.2万人!?」
受け取った日葉が急に声を張り上げた。
おれも覗き込み、「げっ」という声をどうにか押し留める。どうやら明夢はBBDという文章特化型SNSで、ブルーバーダーと呼ばれるインフルエンサー様だったらしい……。
おれと日葉が言葉を失っていると、明夢は照れながら両の指を合わせた。
「あたし喋るの苦手だけど、気持ちを伝えたくて中学のときにSNSはじめたの〜。文字だと意外と喋れたんだぁ。それで今、催眠術で喋ってるあたしは、SNSの自分をイメージしてるんだよ〜」
あ、そうだったのか。なるほど合点がいった。
催眠術は想像力が大事だ。想像するものがより具体的であるほど、かかりやすいと言われている。
明夢の「喋るのが楽しくなる催眠」には、きちんと雛形があったのだ。それで、ここまですらすらと喋ることができているのか……。
彼女がなりたい自分に近づけているならいいことだなと、心が穏やかになる。
「へー、明夢ってロリータとか着るんだ。うっわー、どれも似合うねー!」
女子二人が顔を付き合わせてつぶやきを見ている……のを、おれは眺める。
「そっち界隈なら、ちょっとだけお友だち多いんだよ。それでね、あたし……勇気を出して、BBDでやらないかチャンネルのことを公表したの〜」
「えっ?」
静かに聞き返すように、日葉が顔を上げた。
明夢のはじめての催眠術動画は、彼女の抱える心の悩みの話だった。“喋れない自分”をフォロワーに見せるのは、尋常なく勇気が必要なはずだけど……。
「あたしが本当はこんなのでガッカリさせちゃうかなぁと思ってたけど、意外とみんな受け入れてくれて。しかも共感してくれる人もいて、見せてよかったって思ったぁ! だからみんなありがとうだね〜」
にこにこほわほわと笑う彼女を見ながら、そういえば少し前はこんなに明るい表情なんて見たことなかったんだよな……と、改めて思い出す。
明夢が明るく喋ってくれるようになって良かった。
それは確実に、催眠術を覚えて良かったことの上位に入る出来事だ。
「あ、でね! インフルエンサーとかが広めると、ちょっと登録者数も増えたりすると思うんだぁ。みんなはSNSやってる? 知り合いとかでもいないかな〜?」
「うーん、あたしSNSは読む専だしなー」
「リア充はたいがいそうなんだよ」
と、今度は京村行人がシビアな顔してやってきた。
前から思ってたけど、みんなミュージカルみたいな入り方するよな……。
「リアルが充実してるから、SNSで承認欲求を満たす必要がない。よって、SNSは過疎。乗っ取られて高級サングラス2980円の広告を投稿されても、教えてもらうまで気づかないくせに」
「それ、あたし悪口言われてる!? じゃあ、いをりくんにフォロワーがいないのはどうして?」
えっ、“いをりくんにフォロワーがいないのはなぜ”って、ちょっとどういうこと、日葉さん?
「神ちゃんは本当につぶやくだけで使ってるからな。レスもフォローもフォロバもしない。誰も見にこない。家に手頃な紙がないんじゃね」
ひどい言われよう……。
ところでキョージンはともかく、日葉もおれのアカウントとか見てたんだ。知り合いは見てないと思ってたからびっくりした……。
別に見られて困ることはないからいいんだけどな。だるいをつぶやくbotみたいになってるだけだし。
@kandaiwori・5月13日
だうr
@kandaiwori・4月6日
ねむいだるい
@kandaiwori・3月21日
圧倒的寒。だるい。
だけどおれのつぶやき、毎回いいねしてくれる人もいるんだぞ。初期アイコンのまま更新もしていなくて、誰なのかはわからないけど。
「そいえばキョージンは? ネットに強いんじゃ?」
ネットといえば、いつも夜更かししてたよな……。と、話を振ってみる。
「主にゲーム界隈な。俺も一応URLはプロフに載せてるけど、そろそろきちんと宣伝するか。あ、メムメムフォローするね♡」
「ありがと〜、でもあたしはフォロバはできないよぉ? 変な人がいると企業案件に支障が出ちゃうしぃ……」
「チッ、お高く止まりやがって。卑猥なコメントしてやる!」
「え〜〜〜! あたしからブロックはあまりしたくないんだけどな〜?」
ジャンル違うブルーバーダーに媚び売って、甘い汁吸おうとするなよキョージン……。
キョージンは日葉が笑い転げているのを不服そうに一瞥して、スマホに視線を落とす。
「そうそう、拝慈とはもう話したんだけど、最近ちょっとおもしろいことがあってさぁ」
自分に都合の悪いことはささっと切り替えられるハッピーなやつであった。
もう笑われていたことを忘れたように、キョージンは楽しげに口元を釣り上げる。
「やらないかのダイレクトメールで誹謗中傷みたいなメッセージを受け取ったんだよ。さらにクソコメもたくさん来てる。だいぶこっちで消したけど」
「全然おもしろくないが」
かぶせるようにつっこみ顔をしかめて見せるが、キョージンは気にせず続ける。
「で、俺のゲー友でネットに強い人がいるんだけど、そいつに相談したらそのアンチ、言葉遣いにかなり特徴のあるヤツらしくてさー。口癖や改行、句読点などいろいろなクセから解析してくれて、どうやら犯人は登録者数1万人越えの動画配信者だと突き止めたのよ」
……なにそれ、そのゲー友の方がおもしろいんだけど。ちょっと一回、話してみたい。
「1万人超えって、わりとガチでアイチューブ活動してる人じゃん!」
「にっちゃんの言う通り。しかもなんとそいつ、この学校の生徒だったぞ。DMで放課後呼び出しておいたから、はやく部室行こうぜ」
そう言って、キョージンはさっさと踵を返す。それを明夢が追いかけるように振り向いた。
「え〜どんな動画の人〜?」
「おう、グループメッセにURL送るわ」
みんながバタバタと自分の席に帰るのを、おれは机に肘をついて眺める。
なぜ、わざわざ呼び出すんだろう。メッセージで注意するだけでいいのでは……。
それに、そんな敵の巣窟みたいなところにひとりで来るのかね、ソイツ……。
「神ちゃん!」
ドア前からキョージンに叫ばれてカバンを掴んで立ち上がるが、あまりテンションは上がらなかった。
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