「あーーーっ!!」
演劇部の発声練習かよ……。
耳をふさいでいると、日葉が涙目で睨んできた。
「嘘でしょ!? なんで!? せっかく素直モードだったのに! あたしの本当の気持ち、聞いてもらおうと思ってたのにー!」
「痛い痛い!」
文句とともにボカスカと休みなくグーが飛んでくる。
腕でガードしながら丸くなるけど、さすが水泳部、パンチに腰入れてくる。明夢の比じゃないんだけど!
「聞くから! 殴らない! ちょっ! 本当に! 痛い!」
「うー、だってぇ!」
「催眠は解いたけど、日葉の言葉は全部信じているから、関係ないだろ……」
「っ!」
言葉を詰まらせた日葉は、代わりに顔を真っ赤に染めてそっぽを向く。
「……それもあるけど、話しづらいってのもあったんだってばーっ」
「は? なにが?」
「もういいっ! あー、いをりくんはそこにステイッ! すーはーすーはー!」
くるんと背中を向けると深呼吸をしはじめた。
家じゃないのにステイを言い渡されたおれは、飼い主の言いつけを守ってそのまま待つことにした。
「よしっ! いきますっ」
心の準備ができたらしく、日葉が振り返る。
顔色もやや紅潮していたけど、さっきよりは落ち着いた様子だった。
彼女は胸に手を当て、すっと息を吸った。
「っ……あたしは、やらないかを続けたい」
いや。待て……。
「水泳と同じくらい好きなんだ、あそこにいるのが。みんなといると自然でいられるし、大事な居場所なんだよ。みんなと同じで、自分の意思で、好きだからいるの。だから、もうあたしに遠慮とかしないでいいからねっ」
たったこれだけのことだぞ。
これだけのことを信じてもらいたいために、催眠術に頼ろうとするなんて。
おれ、どれだけ日葉に距離取って傷つけてたんだよ……。
「スーパーごめんなさい」
「えっ、いをりくん泣いてる? つか、土下座とか引くからっ!」
「いや泣いてはないんだけど。これは割と本気ベースでつぐわないといけない気がして……」
「どしたよ!?」
だめだ。この子のこと、もう絶対に悲しい思いをさせないようにしよう……。おれのすべてをかけてでも。
「にっちゃんっ!!」
「あ、明夢」
結構な距離の助走をつけて、小さな子が勢いを落とさず日葉に抱きついた。
「お願い、絶対やめないでっ! 一緒にいてよぉ〜!!」
「明夢……。ありがと。うん、どこにも行かないよ。いろいろとごめんね」
日葉は愛おしそうに、明夢を抱きしめた。
おれが送った日葉発見のメッセを見て、明夢以外にもみんなが続々と集まってきた。
日葉は少し遠巻きで様子を伺うみんなの姿に気づくと、また不安そうな顔を見せた。
けれど明夢から優しく離れて、意を決したようにみんなを正面に向き直る。
「みんな、ごめんなさい。信じてもらえるかわからないけど、あたし、みんなのこと大好きだよっ」
深く頭を下げた日葉に、拝慈がため息をつく。
「そんなことわかってるわ。いろいろ事情があったみたいね。話は部室で聞きましょ。どうせこの男のせいでしょうし」
「えっ、俺っ!?」
拝慈に睨まれたキョージンが声を裏返らせる。
……なるほど。ナイス拝慈。
「それは違っ……」
否定しようとする日葉を片手で制して、おれは前に出ていった。
「キョージン。もとを正せば、日葉がああ言うしかなかったのっておれたちのせいだったぞ。一緒に拝慈に叱られようなー」
「え、なんで?」
はてな顔のキョージンの腕を掴んで後ろでホールドし、校舎へと歩かせる。
「いでででで! なぜハンマーロックの必要が!?」
まあないけど。
強いて言うなら、見栄え。
「あーよかった、僕は一切関係なくて〜! かわいそうな日葉ちゃん、僕が守ってあげるからねぇ〜!」
後ろで佐々崎が日葉に話しかけている。
ウザいけど、あっち側だと心強いからいいか……。
「ありがと……みんな、ごめん、ありがとう……っ。ごめんねっ」
振り向くと、俯く彼女の周りをみんなが優しく囲んでいた。
ひとり、そしてまたひとり。
誰も何も言わなくても。
おれたちはおれたちの居場所を目指して歩き出した。
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