1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

14話・7

公開日時: 2021年3月31日(水) 11:11
文字数:1,612

「あーーーっ!!」



 演劇部の発声練習かよ……。

 耳をふさいでいると、日葉が涙目で睨んできた。



「嘘でしょ!? なんで!? せっかく素直モードだったのに! あたしの本当の気持ち、聞いてもらおうと思ってたのにー!」


「痛い痛い!」



 文句とともにボカスカと休みなくグーが飛んでくる。

 腕でガードしながら丸くなるけど、さすが水泳部、パンチに腰入れてくる。明夢の比じゃないんだけど!



「聞くから! 殴らない! ちょっ! 本当に! 痛い!」


「うー、だってぇ!」


「催眠は解いたけど、日葉の言葉は全部信じているから、関係ないだろ……」


「っ!」



 言葉を詰まらせた日葉は、代わりに顔を真っ赤に染めてそっぽを向く。



「……それもあるけど、話しづらいってのもあったんだってばーっ」


「は? なにが?」


「もういいっ! あー、いをりくんはそこにステイッ! すーはーすーはー!」



 くるんと背中を向けると深呼吸をしはじめた。

 家じゃないのにステイを言い渡されたおれは、飼い主の言いつけを守ってそのまま待つことにした。



「よしっ! いきますっ」



 心の準備ができたらしく、日葉が振り返る。

 顔色もやや紅潮していたけど、さっきよりは落ち着いた様子だった。

 彼女は胸に手を当て、すっと息を吸った。



「っ……あたしは、やらないかを続けたい」



 いや。待て……。



「水泳と同じくらい好きなんだ、あそこにいるのが。みんなといると自然でいられるし、大事な居場所なんだよ。みんなと同じで、自分の意思で、好きだからいるの。だから、もうあたしに遠慮とかしないでいいからねっ」



 たったこれだけのことだぞ。

 これだけのことを信じてもらいたいために、催眠術に頼ろうとするなんて。

 おれ、どれだけ日葉に距離取って傷つけてたんだよ……。



「スーパーごめんなさい」


「えっ、いをりくん泣いてる? つか、土下座とか引くからっ!」


「いや泣いてはないんだけど。これは割と本気ベースでつぐわないといけない気がして……」


「どしたよ!?」



 だめだ。この子のこと、もう絶対に悲しい思いをさせないようにしよう……。おれのすべてをかけてでも。



「にっちゃんっ!!」


「あ、明夢」



 結構な距離の助走をつけて、小さな子が勢いを落とさず日葉に抱きついた。



「お願い、絶対やめないでっ! 一緒にいてよぉ〜!!」


「明夢……。ありがと。うん、どこにも行かないよ。いろいろとごめんね」



 日葉は愛おしそうに、明夢を抱きしめた。


 おれが送った日葉発見のメッセを見て、明夢以外にもみんなが続々と集まってきた。

 日葉は少し遠巻きで様子を伺うみんなの姿に気づくと、また不安そうな顔を見せた。

 けれど明夢から優しく離れて、意を決したようにみんなを正面に向き直る。



「みんな、ごめんなさい。信じてもらえるかわからないけど、あたし、みんなのこと大好きだよっ」



 深く頭を下げた日葉に、拝慈がため息をつく。



「そんなことわかってるわ。いろいろ事情があったみたいね。話は部室で聞きましょ。どうせこの男のせいでしょうし」


「えっ、俺っ!?」



 拝慈に睨まれたキョージンが声を裏返らせる。

 ……なるほど。ナイス拝慈。



「それは違っ……」



 否定しようとする日葉を片手で制して、おれは前に出ていった。



「キョージン。もとを正せば、日葉がああ言うしかなかったのっておれたちのせいだったぞ。一緒に拝慈に叱られようなー」


「え、なんで?」



 はてな顔のキョージンの腕を掴んで後ろでホールドし、校舎へと歩かせる。



「いでででで! なぜハンマーロックの必要が!?」



 まあないけど。

 強いて言うなら、見栄え。



「あーよかった、僕は一切関係なくて〜! かわいそうな日葉ちゃん、僕が守ってあげるからねぇ〜!」



 後ろで佐々崎が日葉に話しかけている。

 ウザいけど、あっち側だと心強いからいいか……。



「ありがと……みんな、ごめん、ありがとう……っ。ごめんねっ」



 振り向くと、俯く彼女の周りをみんなが優しく囲んでいた。


 ひとり、そしてまたひとり。

 誰も何も言わなくても。

 おれたちはおれたちの居場所を目指して歩き出した。

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