1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

17話・7

公開日時: 2021年5月7日(金) 11:11
文字数:1,747

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 日葉の捜索を手伝うことにして、それぞれその場を離れた。

 おれはひとけのないロビーの端へ、真っ直ぐに歩いて行く。

 メッセに指定されていたピンクの公衆電話を見つけて、その前に立って周りを見回してみる。



「よっ!」



 目の前の無人のバーカウンターの下から、阿南日葉がおどけるように顔を出した。

 羽織っていた黒のナイロンパーカに、濡れて細くなったツインテールの毛先がぺちぺちと張り付いていた。



「……みんな探してるぞ」


「げ。ちょおーっと外に出てくるって言ったんだけどなぁ。別に逃げないし……」


「ひとりで来いって書いてたからそうしたけど……。どうしたんだよ?」



 周りに誰もいないことを確認して、ふくれっ面の日葉の元へと近寄る。



「うんー。……いをりくん、タイム見た?」



 そこでようやく、日葉は苦々しい顔を見せた。

 1位との差のこと、言わないほうがいいかな……。

 おれは静かに頷く。



「決勝出られるな。優勝がんばって」


「あはは、そだねー」



 やっぱり笑っていても、どこかぎこちない。



「ちょっと、ギリギリまで悩んで……。今もまだ、悩んでたりするんだけどー……」



 カウンター越しに、彼女の言葉を待った。

 日葉はカウンターに腕を乗せ、顔をべたっとつけたり、はーっと熱い息を吐いてみたりとせわしない。

 声をかけられたいのかもしれないけど、それでもおれは待った。キョージンや佐々崎みたいに、うまい所作も言葉も操れないって自覚しているから。

 そっと、日葉は腕の中から顔を半分だけ上げた。

 目を伏せ、少し悩んでから。口を開いた。



「……あのさぁ、もしも、もしもだよ。身体能力みたいなのって、催眠術で上がったりするのかなぁ……」



 ……なんとなく予想はついていた。

 でも……日葉にそれを言って欲しくなかった。

 おれが答えずにいると後ろめたくなったのか、日葉はぶんぶんと大袈裟なほど手を振った。



「ああっでもさ! 催眠術ってせんざいのーりょく?を引き出すから、別にそれって自分の力じゃん? ドーピングにならないし、悪いことじゃないと思うんだよね、うん!」



 嘘だ。

 前にキョージンが同じように提案したとき、即座に取り下げたじゃないか。

 それに悪いとわかっているから、わざわざ自分に言い聞かせているんだろ。

 無理やり自分を正当化しようとするそんな言葉、聞くに耐えない……。


 日葉は居心地悪そうに肩をすくめてうつむいた。

 自分の言葉を悔いているのか。

 それともおれが何も言わないことにがっかりしたか……。



「……あたし、今日は絶対に負けられないんだよ……」



 ぽつりぽつりと、言葉をつむぎ始める。



「地区予選もさ、3年の先輩の枠をひとつ、1年のあたしが奪って出てるんだよね。うちの学校ってば強いから、出られなかった先輩も他の学校に負けないレベルなの。それなのに最後の大会に出られなかったって。先輩たちがあたしのことよく思っていないのは知ってる」



 訴える声は、悲痛さをまといながらヒートアップしていく。



「あたしが出て良かったって思ってもらわないと、出られなかった3年生に顔が立たないっ」


「……」


「それだけじゃない。うちの部って上下関係が厳しいけど、あたしが活躍すれば、ほかの1年だってもっとチャンスがもらえるかもしれない! 同期の子がね、あたしのこと期待の星だって。信じてくれてるから……!」



 彼女の言い分を黙って聞いた。

 阿南日葉は中学生のころから……もしかしたらもっと前からかもしれない。

 周りの人の期待を裏切らないように、努力を重ねてきたんだろう。

 でもそれをひた隠しして、涼しい顔でクリアして見せてきた。

 日葉だからできて当たり前。

 よっ安心の日葉ブランド。

 ……そんなの難儀すぎるよ、日葉。


 今回も先輩と同級生からのプレッシャーに押しつぶされそうになっているってことか……。

 おれはくしゃくしゃと自分の頭をかいて、日葉に伝える。



「……催眠術で身体能力を上げるのは不可能じゃない。この前、筋肉アイチューバーとコラボしたとき、催眠術で腕立て伏せの回数増えたし」


「! だったら!」



 日葉が顔を上げる。

 瞳孔を開き、キラキラした目で強く期待をぶつけてくる。



「……でも、勝ちたいのはみんな同じでは?」



 だって日葉の話した事情は……。

 普通に、どこの誰にでも当てはまるような。

 取るに足らない事情なんだって、彼女は気づいていないのだろうか。

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