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昼飯をさくっと食べて職員室に開部届けを出しに行くと、普通に「催眠術部なんて怪しい、ダメ!」と門前払いを食らった。なにこれ、早速前途多難。
「先に顧問を見つけて、他の先生方を説得してもらうかー」
キョージンはそれも予想通りというふうにまったく挫けた様子もなく、あごに手をやり視線をよこした。
「なあ、オカルトっぽいの好きな先生いなかったっけ?」
「あー。どっちかっていうとオカルトじゃなくて、心理学とか脳科学の分野らしいぞ……」
「えっ、そうなん?」
おれもあれから少し調べたけど、調べるうちに催眠術を教えてくれた桑田さんが「科学的に説明できるもの」と言ってたことが、少しずつ納得できるようになってきた。
催眠術はもちろん魔法でも気のせいでもない。
確実に、人の潜在意識にアクセスする作業をしている。
潜在意識ってなんだよ……っていう疑問は、まだおれの中では残っているけどな……。
「脳ねぇ」
胡散臭そうにキョージンは眉をしかめたが、すぐに目を開く。
「そういえばうちの担任って、特別教室に不登校の生徒集めて、箱庭とかやってなかったっけ?」
「確かスクールカウンセラーしてるって、自己紹介で言ってたかな。つか、よく思い出したな」
1年A組の担任は20代半ばで、英語を教えている女性教師だ。しかし死ぬほど影が薄い。
入学時、女性の先生が担任とうわさを聞いて、クラスの男子たちは色めきだっていた。
そんな生徒たちの前に現れたのは、肩ほどの髪の毛を雑に後ろでひっつめ、カーキ色のつなぎを着たおしゃれに無頓着そうな先生だった。化粧っ気がなく喋り方も印象もぼんやりしていて、教室の温暖化現象は一瞬で終焉を迎えた。おれはそれを他人事に思えず、気付けば祈りを捧げていた。
彼女自身の印象が薄いせいで、せっかくSCをやっていても覚えている人はいなさそうだけど。相談行く人いるのかな……。
「おっし、聞いてみようぜー!」
ともあれ、心理学がわかる人ならおれたちの顧問にもちょうどいい。ゆるい人なら今後の活動も楽そうだ。
おれはキョージンに頷き返した。
………………
…………
……
教務棟の最上階で「心の教室」を見つけ、何度かノックをしてみる。しかし中から返事はない。
誰もいないのだろうか。
ドアノブをひねると鍵は開いていた。ドアを少し開け、中を覗いてみる。
真っ白な部屋だった。
ソファが2脚とローテーブル、本棚や箱庭など、基本家具は白い。だけど左奥のデスクセットだけ、職員室にあるものと同じグレーだった。
その目立つデスクにふせってわりと豪快ないびきを立てて寝ているのが、おれたちの担任・一ノ瀬夏海先生だ……。
「……」
影が薄いという紹介をした後に、前情報をひっくり返すほどのインパクトでご登場されたが……。
先生も見られたくないだろうと思い、おれは思わず口元をおさえて静かに後ずさる。
「せんせー!!」
そんなおれの配慮をすぐ無碍にするよね。狂人だもんね。
寝ていた一ノ瀬先生はキョージンの大声で目が覚め、寝ぼけながらゆっくりと頭を起こして軽く振った。
そしてドアを開けて立つおれたちに気づいて「ぎゃっ!!」と叫ぶと、慌てて髪の乱れを直し始めた。
「おはよっ。せんせっ」
「あ、き、京村くん? どど、どうしたんですかこんなところに……え、本当に何?」
寝ぼけて狼狽する一ノ瀬先生に、キョージンは構わず話しかける。
「先生って部活の顧問やってないですよね? 新しい部を作ろうと思うんですけど、一ノ瀬先生に顧問をお願いしたくってー」
「いや……。なんで、よりによってあたしなんですか……」
部活の顧問……と言ったところで、一ノ瀬先生の態度がスーパー物憂げに変わった。
話を聞くのすら億劫とでもいうように机に肘を立て、重量感のありそうな頭を支えて下を向く。
「一ノ瀬先生が心理学にお詳しいって聞いたからですよ! もー、先生しか適任はいないってビビッときましたよね!」
「はぁ。また一体、なにをする気ですか。さすがにあたしでは京村くん系の人の心理に関しては役不足ですよ? 専門家をあたったほうが」
「俺系……って、なんのことです?」
素でぽかんとしながらキョージンが聞き返す。
まだひと月しか付き合いないのに、キョージンの中身に言及してきた一ノ瀬先生……推せる。
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