1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

16話・5

公開日時: 2021年4月23日(金) 11:11
文字数:2,280

 顔が一気に熱くなり、刹那、思考力は雲散霧消した。



「んんーーーっ!?」


「あ、違うっ、違うの〜。本当に、喋れないと思っ」


「んんんんんんんんんんんんんんん!!」



 叫んでも今までの行動は消えないなんてわかってる。

 でも理性ではない。おれの気の持ちよう。

 内なるたけりをおさめようと努力するほどストレスゲージが溜まっていく。

 もういい。とにかく立ち上がって、明夢の頬をつまんで引っ張った。

 思いのほか柔らかくよく伸びた。



「あうああ〜〜、さあってうよ〜〜〜?」


「これは触るとかじゃない。天誅! だ!!」


「ひはい〜ごへんはーー」



 思いのほか大きかった声が気になって、仕方なく手を離した。

 けど許したわけじゃない。腕組みして明夢を見下ろす。



「はぁ〜。神はいつもスンッとしてるのに。んふふ。こぉゆうのになると表情変わる〜」


「もう一回引っ張るか」


「で、でもほら、ね! 喋れたよぉ!」


「からかったな……」


「違う違う、本当に最初は無理だって思ったのぉ〜!!」



 明夢が顔の前で手をばたばたと振る。

 またほっぺに手が伸びそうになるのをぐっと我慢して、おれは目を閉じ唇を震わせた。



「普通のあたしじゃ、やっぱ喋るなんて無理だよーって思ったの。でもね、なんか、神があまりにも、あまりにもおかしくって。ぷっ。ついツッコミたいなって思ったら、喋れたんだよぉ〜!」



 ……おれが滑稽だったせいかよ。



「もう無理。恥ずかしくて死ぬ……」


「神、乙女か〜」



 手で顔を覆うおれの頭を、明夢が笑いながら撫でた。

 だからもー触るなって。あ゛〜〜〜!!



「今日は神がおもしろいから大丈夫だったけど、学校じゃまだちょっと自信ないな……。でも、ぜったい頑張るからっ」


「……なあ。どうしてそこまで」



 そこまで言うと、明夢の手がピタリと止まった。



「……そんなに辛い思いしてまで、すぐにやめようとしなくてもいいよ。朝ちょっとかければいいだけだし……」


「辛くないよ。少しは大変かもだけどぉ……」



 顔を覆っていた手を下ろして、立っている明夢を見上げる。



「じゃあどうしてそんなに青ざめているんだ」



 弾けるように明夢は自分の顔を手で包むと、恐る恐る触って確かめた。

 その顔はやはり真っ青で、笑顔はまるでなっていない。



「もちろん催眠術なしで喋れるようになるといいけど、そんな顔をするほどならまだタイミングじゃない……んだと思う。無理しないでいい。少しずつ、慣らしていけばいいよ」


「で、でも……あたし、迷惑……っ」



 狼狽うろたえる明夢の瞳が、涙で輪郭を失う。



「なんでだよ。おれは、迷惑なんて思ったことない」


「神ぃ……」



 明夢は雑に涙を拭うと、スカートを握りしめた。



「だってぇだってぇ……。神は一日3回しか催眠術使えないのに、そのひとつがあたしなんだよ? それで、神ができないこと増えるのはやだよ! あたし、みんなの足引っ張りたくないよぉ〜!」



 喋れなくなることが怖いくせに。

 この子はどうして、自分を抑えてまでそう言えるんだろう。


 催眠術の回数は確かに減っている。

 けど今までそれが原因で困ったことはない。

 むしろ今日みたいに助かることもあるほどなのに。

 でも彼女にとっては自分のための1回が後ろめたくて、喉に小骨が引っかかるようなまどろっこしいことで。

 蓄積されたプレッシャーがじんわり心をむしばみ続けて、ついに溢れ出してしまったのかもしれない。

 でもさ、おれは……。



「……朝、二人で催眠かける時間。わりと好きなんだ」


「……え?」


「おれ朝の教室のうるさすぎる雑音が苦手で、だからずっとイヤホンしてたんだけど。でも最近、HR前に部室で待ち合わせて催眠やるだろ。あれ、結構癒されてたから……」



 涙をこぼしながら、あうあうと口を開いて明夢は震える。

 そこまで意外なことでもないと思うけどな……。



「じゃあ神は、あたしのこと面倒じゃないの?」


「思ったことない」


「嫌いじゃない?」


「嫌う理由がない……」



 明夢がじっと瞳を覗き込んでくる。

 心のうちを探ろうとするような彼女に、おれも真面目に視線を合わせた。

 そして、ようやく明夢は小さく息をはくと、力が抜けたように肩を落とした。



「そんなはっきり嫌いじゃないって言ってくれる人、初めてだよぉ……」


「えっ、変……なのか?」


「ううん、ううん。……ありがとぉ」



 ゆっくりとした口ぶりに合わせて、首を大きく振る。

 彼女の挙動はすべてが年齢よりも子どもっぽい。

 けれど、それが彼女の魅力だと思う。



「えへへ。神ぃ」


「うん?」



 甘えた声でふわっと明夢が笑った。



「うれしい、大好きだよぉ〜」


「……」



 ……あれ?

 この人、今さらっと大変なことを言わなかった?



「なに〜、どうしたの?」


「い、いや……」



 な、なに? ど、どういう状況?

 好きってライクって意味なのか?

 でも大好きはライクとは違うだろさすがに。

 ええっ、どうしたらいいんだこれ……。



「ほら、神は〜?」


「えっ! あ……うん。おれ、も…………?」


「えへへ〜」



 明夢は満足そうに笑った。

 あーこれ、女子同士で言うノリのやつだ……?

 よ、良かった。恥かくような勘違いしてなくて。

 だいぶ小っ恥ずかしいことを口にした気もするけど……。

 でも、彼女の無邪気な顔を見ていると。まあ、喜んでるしいいか……って生ぬるいことを思ってしまった。



 明夢の催眠術をやめたいという話は説得して、夏休みの部活だけ「喋るのが楽しい催眠」をかけずに、様子を見てみることにした。

 なにかあったらおれも側にいるし、少しずつ慣れる練習にはなるだろう。


 今みたいに、かけなくても喋れる時間を増やして、少しずつ彼女の自信になればいいなと思う。

 時間はかかるかもしれないけれど。

 おれは朝のあの時間がまだしばらく続くことに安堵していた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート