1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

18話・10

公開日時: 2021年6月13日(日) 11:11
更新日時: 2021年6月19日(土) 20:54
文字数:2,009

「げ、きっも。まだ催眠術アップしてるんだけど」


「日葉も圦本ゆりもとさんも出てないよね?」


「いや、さすがにもう出ないっしょ……」



 心理研究部は解散したが、やらないかチャンネルは生きていた。

 放課後の部室にはもう誰も来ることはない。

 だから、おれの元SNSみたいに退廃した部室で、動画を撮り、編集し、アップまでひとりで行った。



『こんにちは。高校生催眠術師の神多いをりです。今日は遠隔催眠やっていきますー』



「てか、全然懲りてなくない? 誰が見るんだよこんな暗い動画、超キモい!」



 後ろで女子が騒いでいた。

 つばがおれの背中に飛んでいるかもしれない距離で喋っていたし、本人に聞こえたらどうしようという気遣いは微塵もないらしい。

 それでも、頑張って話しかけていたときよりも体調がいいというのが皮肉である。


 予鈴が鳴ればその声も散り散りになり、今度は遅刻ギリギリの生徒たちがペンギンの群れのように教室に次々に飛び込んできて慌ただしさをさらっていった。

 なぜかその中に、キョージンと明夢の姿があった。

 明夢だけはまだ朝の催眠術は続けているんだけど、今朝は催眠術に来ないと思ったら、キョージンに引き止められていたのか。遅刻寸前で顔真っ青じゃん……。

 担任の一ノ瀬先生も、存在感を消して前のドアから入って来た。おれの方を見て何か言いたげにしていたけど、おれは頬杖をついて窓の外へと目を向けておいた。

 どうせ動画についての小言だろうし、聞きたくないっす。


 HRはだいたい5分ほどで終わる。

 今日もそろそろ締めかというところで、なんの前触れもなく、生徒の一人が手を挙げた。



「ど、どうしましたか、京村くん」



 うろたえながら一ノ瀬先生が名前を呼びかけた。

 なんだ、あいつ。クラスでは目立ちたがる方じゃないのに、珍しいな。

 キョージンはわざわざその場に立ち上がり、クラスのみんなも不審そうにその姿に注目する。



「えっとー、俺も前に関わってたし、罪悪感あるので言います。少し前に神多が催眠術の動画で炎上しました。空気が悪いんで早くやめてもらいたいんですけど、今日も懲りずにアップしていました。先生からもなんとか言ってやってください」


「えっと京村くん、あなた何を言って……?」



 一ノ瀬先生が助けを求めておれを見る。

 いや、こんなの聞いてない……。

 ……キョージン?

 キョージンはおれと目を合わせようとしないで、発言を続ける。



「うちのクラスの問題なのに誰も問題にしないのも変だし、ここいらで解決しときましょうよ! 普通にクラスのほとんどのヤツが嫌がってるし。だよなー、アキラくん」


「え、あ、ああ……」



 急に話を振られた山根アキラは驚いていたが、注目を浴びるのはやぶさかではなさそうに、こくりと大仰に頷いた。



「そういえば俺も前に、無理やり催眠術をかけられそうになったことがあって気分が悪かったな」


「そ、そうなんですか?」



 あー。催眠術を始めたころ、日葉以外にもかかるかどうかって、山根に実験をお願いしたことがあったっけ……。

 あのときはハッキリと断られたけど、嫌そうにしてたし。ネガティブさが残っていて、記憶を盛ったな……。

 記憶なんて曖昧なものだから仕方ないとしても、そんな不利な情報をわざとここで引き出してくる真正の狂人キョージンの方がなに考えてんだよふざけんなって話なんだけど。



「あの、俺からも一言いいでしょうか」



 新たに挙手をしたのは、クラスカーストのトップで……(名前は忘れたけど)、日葉と同じクラス委員の男だ。

 直接話したことも絡んだことも記憶にないけど。え、なに言われんの……。



「別に神多くんが何しようと勝手だし、多様性は尊重したいとも思うよ。でも、炎上したのに身の振り方を変えないのは、違うんじゃないかって。みんなはどうかな?」



 正論でしかない耳障り良好で無責任な言葉を、クラス委員の男はよく通る声で美しく並べた。

 それは見事なお膳立てだった。

 彼の言葉が、胸にすえかねたクラスメイトの気持ちを一本釣りのように引きずり出していく。



「それなすぎ!」


「催眠術とかキモいんでやめてほしい!」


「日葉にも関わるな!」



 大糾弾きゅうだんは次々に標的へと着弾。

 クラスのほぼ全員がおれに非難の銃口を突きつけているわけだから、その威力は語る間でもない。

 なんとなくウザがられてるとか嫌われてるのは知っていたけど、ここまで明確な人数を見るとさすがにこたえる。

 言葉で死ねるなら、そのまま身をゆだねたい気分……。

 だけど、おれはきっと死にきれない。

 なぜなら日葉が場違いのように真っ青な顔をして、教室を見回していたから。



「待って! あたし、なにもされてないよ!」


「ほら! かわいそうなんです! 日葉、洗脳されてるんですよ、先生!」



 クラスがさらに大きくざわついた。

 指さして大声で怒鳴り散らすやつもいる。

 おれを殴ろうと立ち上がり、止められている男もいる。

 クラス全体が修羅場と化すなか、人と人の間からやっとキョージンと目が合った。


 まじか。

 あいつこの状況で笑ってんだけど……。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート