1日で催眠術師になったのですが ヤラセじゃないかまだ疑っています

催眠術なんてあるわけない!のに、なんでみんなかかってるんだよ…(困惑)
アサミカナエ
アサミカナエ

13話・5

公開日時: 2021年3月12日(金) 20:02
更新日時: 2021年6月10日(木) 16:04
文字数:2,279

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 撮ったばかりの動画を確認するキョージンの作業音が、やたらと部屋に響いていた。

 小塚兄弟が帰ったあと、部員はソファに集まっていたけれど、その空気は重苦しい。

 沈黙は、キョージンの作業が終わるまで続くかと思っていたけれど。



「は? なにこの空気、クソみたいに地獄なんだけどっ!?」



 その前に佐々崎が爆発した。

 兄弟に深い催眠術をかけるため、撮影中は人払いをしていた。それで、外に締め出された佐々崎と日葉、明夢はどうなったかなにも知らない。

 立ち会ったおれと拝慈が伝えるしかないんだけど、二人ともどんよりと考え込んでいたから、佐々崎が怒るのも無理はないのである。



「えっとぉ。神、催眠術は失敗したのかな?」



 向かいのソファに座った明夢が、恐る恐るという風に聞いてきた。

 おれは膝に置いた手元を見つめながら、首を振る。


 結果だけ言えば、幻覚催眠をかけることはできたんだ。

 撮影するキョージンのほか拝慈にも立ち会ってもらったのは、拝慈のことがお母さんに見えるように催眠術をかけるためだった。


 兄弟同時に催眠術をかけると弟の大貴は早々に催眠から覚めていたが、兄の基樹は拝慈を見て涙をこぼした。

 基樹は拝慈の前にひざまづくと、泣きながら、母親の病気に気づけなかったこと、大貴のせいにしたこと、苦労をかけてしまったことをしきりに謝っていた。

 拝慈は、痛ましげな表情を浮かべると、基樹を黙って抱きしめた。

 かからなかった大貴は、複雑そうにしながらも二人を見守った。

 そうして、やらないかチャンネルは、“亡くなった母親に会って謝りたい”という依頼を見事完遂かんすいすることができたのだ。



「……で。幻覚催眠は二人を救えたの?」



 そう、佐々崎の言う通り。

 いい話風に終わったけど、おれたちはそれで、彼らを本当に救えたのだろうか。

 たとえ母親に見えたとしても中身は拝慈だ。彼らが求める母親の要素は、ひと欠片かけらもそこにはなかった。

 ……こんなその場しのぎ、インチキ能力者がやっていることと変わらない。


 おれは非科学的なことは信じていないし、幽霊も魂の存在も否定的だ。

 だからそもそも“死者に会わせる”ことに抵抗があった。

 物言わぬ死者を冒涜しているようで、心臓を撫でられるような不快さがあったんだよ。


 そのことを相談したとき、師匠の桑田さんは『よく相手を観察してごらん。すると、おのずとやることが決まるものさ』と言った。

 今日、彼らと向き合ってみた。

 その時は、眉唾まゆつばでもいいから会わせた方がいいと思ってそうしたけど……本当に、これでよかったのだろうか。

 後から出てくる迷いが幾重にも連なり、指先を氷のように冷やし、心臓を叩きつけた。


 佐々崎のため息が意図せずおれを非難しているように聞こえ、部室に気まずい空気が流れた。



「あ、えっと……あのさ!」



 部屋に似つかわしくない元気な声があがった。

 ……日葉だった。



「基樹は本物のお母さんには会えなかったかもしれないけど、会いたい気持ちがお母さんの幻覚に引き合わせたんだよね? だって幻覚催眠ってそもそも、見える人って少ないんでしょ? これだけでもすごく奇跡だって思うんだよ!」



 まるで難解な方程式を解いたかのように大仰おおぎょうに、日葉はこくこくと首を縦に動かした。



「少しでも基樹が前を向くきっかけになったのなら、いをりくんの催眠術は絶対に意味があったんだよ。倫理とか現実とかいろんな建前も気になるかもだけど、目の前の人が笑ってくれたかどうかってことの方がずっと大事なことなんだよ!」



 くもりない瞳で断言する日葉の優しさに、心のざらつきが拭われる気がした。

 おれは、お礼の代わりに小さく頷くので精一杯だった。

 それでも日葉は、柔らかく微笑むものだから。鼻の奥にツンと刺激が走った。



「私、催眠術はまだかからないし、非科学的なことは信じていないけど……」



 拝慈が顔を上げることなくつぶやいた。

 そういえばなぜか彼女も、おれと同じように俯いたままだった。



「小塚くんを抱きしめたときは無意識だったというか……。彼とは高校で知り合ったのに、ずっと昔から知っていたような、大切に思う気持ちに包まれたの。その不思議な感覚がまだ少し残っている気がして……この現象をうまく説明できないかも……」



 日葉と明夢の顔が、照明に電球をねじ込んだようにぱあっと明るくなった。

 佐々崎もまんざらでもない顔をして、丸椅子をくるくると回す。

 でも、おれは笑えない。

 だって、一瞬でも拝慈にお母さんの魂が……? いや、そんなことありえないし……。



「っぱー! 俺たちがやってるのって、正解や不正解があるモノじゃないんだと思うんだよ神ちゃん。あとで動画観てみなよ、きっと、やってよかったって思うぞ? っていう俺の編集スキルの自画自賛ッ!」



 キョージンがデスクから首を倒して、ニカッと歯を見せる。


 科学的に証明できないけれど、目の前で起きた不思議な現象。

 そして自分が信じていた“正しさ”の外から導き出された答え。

 そんな自分のキャパオーバーの物事が一斉に押し寄せて、頭がパンクしそうだ……。



『君、そうやって余白を持たずにギリギリで生きてると、いつか自分の理解を超えた現象にぶち当たったとき破滅するよ?』



 そういえば、師匠も言っていたな……。

 おそらく、偶然、今までそういうものを見て来なかっただけで、自分の考えが全てだと頭でっかちになっていたのがかなり恥ずかしい。

 それは、おれが他人と交わらなかったから。

 他人の意見や考えを、見ようとも思わなかった代償がこれだった。

 自分の核から外れた“グレーゾーン”を受け入れていくことも、人生には必要なことなのか……。


 ああ、つらい。

 おれは自分が思う以上に、世間知らずなのだ。

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