「サーシャの祈りに応えよ。神器スコップ発動!」
「なにっ」
「ふせろっ」
「・・・・」
使い古したスコップは、やっぱりスコップだった。
「恥ずかしいよ。えいっ」
か~ん。スコップは兵士の鎧に当たって、先が欠けた。
「ヤバい、ヤバい。空間収納に女神が何か入れてないの?」
スコップ2本、銅のナイフ1本。投石用の石3個。残念なほど、今朝確認したまんまだ。
「このサーシャという女を捕らえろ。薄汚れているが、見てくれは悪くない。裸に剥いて、好きに拷問していいぞ」
くそっ、ヤられた上に殺されるのか。盗賊に捕まるより最低じゃないか。なんだよ、この泥沼にはまったような最悪の展開。
泥沼・・。そうだ鑑定士が言ってた「水溜まり」を作るスキル、私の中にだけ浮かんだ、このスキルの名前は「沼」だ。
「ふん、観念したか」
「するかボケ。これでダメでも死ぬまで抵抗してやる。「沼」発動!」
ピピピ沼レベル1ピピピ
ゆらゆら、ぽちゃん。
接見の間に敷いてある大理石の上に、直径80センチの、黒っぽくて丸い円が私の足元に出来上がった。なぜか、正確な大きさが分かる。
ゆらゆら、ゆらゆら。
私は手を伸ばし、下に向けて手のひらを開いた。
「な、なんだそら。足元に「水溜まり」ができてるよ。鑑定士が言ってた通りだ」
「ギャハハ、この人数を相手になに出してんだ」
「捕まえるぞ」
兵士Aが沼を右に避けようとしたとき、私は同じ方向に手を動かした。
すると沼も猛スピードで動いた。
とぷんっ。
兵士Aの片足がいきなり膝まで床に沈み、バランスを崩して左腕を大理石に打ち付けた。
「ぐわっ。何が起こった?」
「お、お前、なんで大理石に沈んでんだ」
驚愕の表現を兵士Bが見せたけど、私も同じような顔になっていたと思う。
「なんだ、うわわわああ!」
パニクった兵士Aが沼を叩くと、今度は両腕がぬるっと沈んだ。
「助けろ、おい女!」
声で正気に帰った私は、「沼」の使い方を理解し始めていた。
「強姦して殺そうとした相手に命乞い?あんたで二人目だよ。死ね!」
顔面を力一杯蹴ってやったら、兵士Aが完全に沼に沈んだ。
蹴るときに沼の端を踏んだけど、私は沈まないようだ。
呆気に取られてる兵士たち。
ここがチャンス。というより、今を逃したら殺される。
私を殺す指示を出した兵士長らしきやつの足元に沼を出した。
「うわっ沈む。おい、誰がその女を殺せ」
「はい、お待ちください」
剣を抜いた兵士Bの足元に、沼を移動させた。
両足が沈んだ兵士長がどうなるんだろうと思えば、嬉しい誤算が起きた。
「うわああああ!」
「ぐえっ」
なんと兵士長の両足をとらえたまんま、沼は兵士Bのとこに移動して、二人は激突した。
沼は、うつ伏せに倒れた兵士Bの顔面の下に移動すると、とぷんと兵士Bの首から上を吸い込んだ。
兵士Bの足がバタバタと動き、兵士長を激しく蹴る。
「ぐわっ、やめろ、いでっ、でっ」
わずか80センチの穴に大人二人がはまっているのだ。
ぐったりした兵士長はやがて沈みきるだろうが、相手は待っていない。
それは、私もだ。
走りながら、右手を目まぐるしく動かし、どんどん沼を兵士の足元に移動させた。
「うわあ!」
「離せ!」
「謝るから、助けてくれぇぇ」
「ひいゃああ」
体の一部を沼に引っ掛けられ、悲鳴を上げる兵士の塊を容赦なく左右に振りまくった。
ゴンゴンゴン!
一度に捕まえられるのは四人が限界だけど、回転しながら沼を移動させると、鎧を着た大男の塊は最高の武器になった。
私を捕まえて犯すのが目的だったから、抜刀してなかったのもラッキーだ。一人が15秒ほどで沈むと、空いたスペースで次の獲物を引っ掻ける。
私の容赦ない「沼兵士ハンマー」でほとんどの兵士が倒れたが、動かないやつにも追い討ちをかけた。
2人の兵士が反撃をあきらめ、貴族が去った方の扉に逃げた。
あいつらに沼が届かなかったと思った瞬間、射程距離は10メートルと認識した。
「うげ、ぐげ」
ゴキゴキゴキ。
わずか80センチの穴に4人の人間が吸い込まれているんだ。苦悶の声が聞こえてくる。
ピピピ沼レベル2ピピ
ピピ沼レベル3ピピ
目の前の残忍な光景はあっという間に終わり、いきなり沼のレベルが3まで上がった。
私自身が冒険者を3年やってレベル4だから、負けた気分だ。
なんて呑気なことばかり考えていられない。
脱出しないと。
この国の上層部は召喚者に嘘をつき、魔王様を倒させようとしているくらいの奴らだ。
うっかり拠点を名乗った私も殺しに来るだろう。
同じ世界から召喚された上に、神器をもらえなかったイレギュラーな存在。
生き残るためには、ただ逃げるだけではいけなさそうだ。
アルファポリスで先行掲載しています
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