いつもの事ながら半ば強引に約束を取り付けられ、昼休みに清人と社屋ビル近くの天ぷら屋に出向いた浩一は、席に落ち着くなり不機嫌な表情を隠そうともせず、問いを発した。
「それで? 今日、俺を昼飯を誘った理由は何だ?」
(こいつがこんな胡散臭い表情をしてる時は、ろくでもない話に決まってる)
長い付き合いでそこら辺は把握済みの浩一に、清人はどこかのんびりとした口調で応じた。
「そんな堅苦しく考えるなよ。同じ社に勤務してるんだ。偶には可愛い義弟の顔を見ながら食事を」
「ふざけるなら帰る」
「お前がそんなに短気な奴だったとは知らなかったな。まあ座れ。真面目な話がある」
反射的に椅子から立ち上がった浩一を、清人は苦笑混じりに宥めた。そして不満げな顔をしながら浩一が再び腰を下ろすと、清人が口調を改めて話し出す。
「実はこの前、お義父さんに、お前の見合い相手について相談された」
湯飲みを手にしてお茶を飲んでいた浩一は、それを聞いてピクリと反応したが、少ししてテーブルに湯飲みを戻してから静かに問い掛けた。
「……それで?」
「率直な意見を述べただけだ」
「そうか」
それだけ言ってテーブルの上で両手を組み、いつも通りの顔を保っている浩一に、清人はやや意外そうな顔で声をかけた。
「怒らないのか?」
その問い掛けに、浩一は苦笑いして答える。
「怒る? どうして。俺の友人と言う前に、婿養子の立場のお前としては、父さんに意見を聞かれたら答えるだろうし、反対する理由が無いだろう」
「そうか」
今度は清人が苦笑いの表情になったが、それを眺めた浩一は、気分を害した様に言い募った。
「俺をあまり見くびるなよ? 『裏切り者と罵るのかと思ってた』とかぬかしたら、本気で怒るぞ?」
「本気で思ってはいなかったが、お前は天然の猫かぶりだから、昔から次の行動を予測しにくいんだ」
「……何だそれは?」
思わず眉を寄せ、憮然として浩一が問い質そうとしたが、そこで頼んでいた定食が運ばれてきた為、口を噤んだ。そして二人で食べ始め、なし崩しにその話題が立ち消えになったかと思いきや、ご飯と味噌汁を一口ずつ食べた清人が唐突に話を戻す。
「さっきの話の続きだが、俺は自分を自己中心的なろくでなしだとしっかり認識してるから、意識して猫を被っているんだ」
「そうだろうな」
笑うしかない浩一がそう応じると、清人が小さく肩を竦めてから続ける。
「お前は『品行方正な優等生であるべきだ』と周囲も自分自身も思っているうちに、無意識に猫を被る様になったから、ある意味自覚している俺よりタチが悪いぞ?」
それを聞いた浩一は、益々渋面になりながら確認を入れた。
「……それは貶しているんだよな?」
「半分は誉めているんだぞ? 無意識で善人ぶって居られるんだから」
「半分は貶しているとはっきり言え。俺が天然猫かぶりなら、お前は天然詐欺師の分際で、何をほざいてるんだ」
それを聞いた清人は小さく噴き出し、楽しそうに笑った。それに釣られて浩一も苦笑の表情を浮かべたが、すぐに両者は真顔に戻った。
「それでさっきの見合いの話だが、年内中に下調べして年明けにもお義父さんからお前に話があると思う。一応、対応を考えておいた方が良いだろうな」
「……そうだな」
如何にも気が重そうに溜め息を吐いた浩一に、清人が淡々と告げた。
「お前の現状については、お義父さんには詳しく話してはいないが、時間も経っているし意外に何とかなるんじゃないかと、楽観視している様だ」
「大方、お前がそう匂わせたんだろう?」
「そうとも言える」
小さく睨んだ自分の視線を真っ向から受け止め、平然としている清人を見て、浩一は文句を言うのを完璧に諦めた。そして話は終わったらしいと見当をつけた浩一が、食べる事に専念しようと箸と口を動かしていると、少しして清人が思い出した様に口を開く。
「……それで、この際あいつにも、適当な相手を世話してやろうかと考えていてな」
清人がそう口にした途端、はっきりと固有名詞を出していないにも関わらず、誰を指して言っているのかすぐに分かってしまった浩一は、箸の動きを止めると同時に向かいの席に鋭い視線を向けた。それを清人は、面白そうに笑いながらいなす。
「途端に怖い顔をするなよ。これだから天然はタチが悪い。今、自分がどんな顔をしてるか、分かって無いだろう?」
「嫌なら怒らせるな」
如何にも不愉快そうに吐き捨てた浩一に対し、清人が淡々と主張した。
「そう言われても、俺は一応あいつの“御主人様”だしな。あいつも三十になるし、いつまでも馬鹿な事ばかりさせてるわけにいかないだろうが」
「散々彼女に馬鹿な事をさせてきたお前が、今更それを言うのか?」
「だから余計にだ。そろそろ面倒見が良くて、些細な事には拘らなくて、あいつの借金を肩代わりしてくれる金払いの良い相手を見繕ってやるのも、“御主人様”の義務だと思わないか?」
しれっとしてそんな事を口にした清人に、浩一は唸るように小声で尋ねた。
「彼女の意志は?」
「あいつなら『はい、分かりました。その方と結婚します』で終わりだな。真澄との離婚届を賭けても良い」
「…………」
その言わんとするところは、間違い無く恭子が自分の言うとおりにすると清人が確信していると言う事であり、浩一もそれを認めて黙り込んだ。それから気まずい沈黙が1・2分続いてから、清人が呆れ気味の口調で浩一を宥めてくる。
「そもそも当初から、お前が言っていたんだぞ? 『彼女がちゃんと幸せに普通の生活を送っているのを、陰から見られたらそれで満足だから』って。今更ガタガタ文句を言うな」
それを聞いた浩一は、舌打ちしそうな表情で言い捨てた。
「分かった、もう何も言うな。飯が不味くなる」
「ああ、この話は終わりだ」
そうして二人で黙々と食べ続けながら、浩一は何事かをひたすら考え込み、清人はそんな浩一の様子を注意深く観察していた。
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