先生達が配る寿司桶と、緑茶のペットボトルを各々受け取り、真樹達はお寿司を頬張った。美雪にタコをあげ、自身は彼女からコハダをもらう。
「んー、美味しー! 今日来てよかった!」
体育館のフローリングの上に車座になり、美味しいお寿司に舌鼓を打つ。それはある意味、非日常的な光景だった。
(今のこの感じって、回転ずしのお店にいる時よりもみんなとの距離近いかもなぁ)
真樹はふとそう思い、顔を綻ばせた。
友達と膝をつき合わせて食事をし、冗談や下らない話で盛り上がる。――大人になった今、こんな機会にこの先あと何回恵まれるだろうか。
「――さてと。ケーキもらいに行こっかな。美雪も食べる?」
寿司桶をすっかり空っぽにした真樹は、デザートをもらいに行くために立ち上がった。
「うん。じゃあ……、モンブランがいいな」
「オッケー☆ じゃ、あたしの分と一緒にもらってくるねー!」
ステージの前まで行くと、甘いものは別腹なのか、並んでいるのは圧倒的に女子の方が多い。
やっと順番が回ってくると、真樹は美雪に頼まれていたモンブランと、自分の分のチョコレートケーキの皿を手に取って戻った。
他の友達も各々好きなケーキやシュークリームを選んでいて、真樹がホクホク顔でフォークを動かしていると……。
「――真樹、俺の分も食っていいぞ」
「へっ?」
突き出されたチーズケーキの皿に、驚いて顔を上げれば、持ってきたのは岡原だった。
「なんであたしに? アンタが食べたくてもらってきたんじゃないの?」
「違ぇよ。ダチがくれたんだって。『お前、甘いモン苦手でもコレなら大丈夫だろ?』って。……けど俺、よく考えたらチーズもダメだったこと思い出してさ。もったいねぇからお前にやるよ」
「……あっそ。ありがたく頂いとく」
だったら最初っからもらわなきゃいいじゃん、と思いつつも、「ん」と突き出された皿を、真樹は受け取った。
「……岡原、アンタ甘いもの苦手だったの? 中学の時から?」
「まぁな」
「なのに、あたしのチョコは受け取ってくれたんだ?」
「…………いいだろ別にっ! じゃあな!」
真樹が問い質すと、岡原は吠えてからプイッと顔を背けて行ってしまう。
衝撃の事実に真樹は茫然となる。
「……さっきの、どういう意味だったんだろう?」
チョコケーキの載っていた紙皿はすでに空だったけれど、彼がくれたチーズケーキにはまだ手をつけられずにいた。
「あたしからのチョコは特別だった、ってことなのかな」
自分で口に出して言ってみるものの、「まさか」と否定するもう一人の自分がいることに、真樹は気づいていた。
そんな真樹の隣で、美雪が何やらニヤニヤしている。
「ありゃ、確信犯だね」
「……は? 岡原のこと?」
「違う違う」
美雪は目を丸くした真樹に手を横に振って見せ、ドヤ顔でのたまった。
「アイツじゃなくて、アイツのダチの方。そのチーズケーキ、岡原がチーズ苦手なの分かっててさ、わざとアイツが真樹んとこに持ってくるように仕向けたんだよ」
「ほえー……」
岡原の友人がなぜわざわざそんなことをしたのか、全く見当がつかないほど真樹もバカではない。
(美雪、スゴいな。あたしより作家に向いてるかも。しかも推理小説の)
思いがけず親友の名探偵ぶりを目にした真樹は、彼女の勘の鋭さに改めて脱帽した。
「まあ、それに乗っかる岡原も岡原だけど。――そのケーキ、せっかくだから食べちゃえば?」
「うん、そうする」
せっかくの彼からの厚意だから、ムダにしたくない。――真樹はフワフワのスフレ生地にフォークを入れ、口に運んだ。
「ん~っ、美味しい!」
濃厚なチーズの薫りと優しい甘さが口の中でフワッととろけて、真樹は顔を綻ばせる。
ふと岡原のいる方を見れば、一瞬目が合った彼も笑っているような気がした。
(……マジ? 美雪がさっき言ったこと、当たってんの!?)
彼はすぐに目を逸らしたけれど、その後友達に茶化されて顔を真っ赤にしている彼を目にして、真樹にも事態が呑み込めた。
やっぱり先ほどの彼の言動は、彼が友人の一人である村川に唆されてやったことだったのだ。多分チーズケーキを取りに行ったのも村川で、彼はもちろん岡原がチーズ嫌いなことも承知のうえだったのだろう。
そのうえで、岡原にこう言ったのだ。
『お前が食えねぇんならさ、真樹んとこ持ってけば?』と。
……つまり、だ。
(アイツらにも、あたしの岡原への気持ちはバレバレだったワケだ……。そりゃそうだよね。チョコ渡しに行った時、アイツらもあの場にいたんだもん。全員じゃなかったけど)
少なくとも村川は彼と同じクラスだったので、居合わせていたはず。
そして美雪や友達の話によれば、真樹と岡原の関係は傍から見れば付き合っているように見えていたらしい。岡原の気持ちはともかく、少なくとも真樹が彼に好意を寄せていることくらいはみんな火を見るより明らかだったろう。
(……いや。もしかしたら、男同士だからこそ岡原の気持ち分かったってこともあるのかもしれないなぁ)
だからこそ、村川はこの同窓会の日に、わざわざ岡原にお節介を焼いたのではないだろうか――。
「……真樹、どした?」
フォークを咥えたままボーッと考え込んでいると、美雪に軽く肩を叩かれた。
「ううん、別に何でも。――あっ、コレ食べ終わったら、みんなのお皿とフォーク回収して、寿司桶と一緒に持っていくね!」
「あっ、じゃああたしが桶持ってくよ」
ふと見れば、美雪を含む友人みんなの皿がほとんど空になっている。真樹が今食べているチーズケーキも、あと一口か二口くらいで食べ終えるはずだ。
「先に寿司桶持ってくからさ、あんたはそれ食べちゃってからお皿とフォークの方よろしく」
「ありがと、美雪。ゴメンね?」
真樹は親友の厚意に甘え、残りのチーズケーキを平らげ始めた。
本当はもう少しゆっくり味わいたいけれど……。だってこのケーキはただのチーズケーキじゃなくて、岡原の気持ちかもしれないから。
「……ふーっ、美味しかったぁ! ごちそうさまでした」
みんなの紙皿とプラスチック製のフォークを回収し、真樹もステージの前のゴミ袋まで持って行った。
ステージ上では何かの上映の準備だろうか、ロールスクリーンが引っぱり出されていたり、煌々とライトが点いたプロジェクターやノートパソコンの操作が行われていたりとバタバタ忙しそうだ。
『――えー、皆さんの昼食が済んだところで、ここからは中学時代を振り返るスライドショーを上映したいと思います。どこでも自分の見やすい場所に移動して観賞して下さいねー』
バタバタが落ち着いたところで、またもや田渕くん登場。これから、同窓会ではド定番のスライド上映会が始まるらしい。
「好きな場所で見ていい」ということなので、さっきまでのグループからバラけて他の場所へ移動する子が続出する。
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