超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

暴の嵐2

公開日時: 2020年11月14日(土) 16:00
文字数:4,299

「それにしても意外な組み合わせっすね。いや、組み合わせは、あれか、大倉君に絡まれてるって言ってたっすもんね、別に普通か。でも、どうして夏彦がここにいるんすか?」


 秋山が不思議そうな顔をして夏彦を見る。


 一方、律子はまるで夏彦が見えていないかのように大倉だけを氷のような目で睨んだまま、刀を構えている。


 余裕がないな。

 夏彦はその律子の姿を見て感じる。

 それほど、大倉が強敵だということなのか。


「秋山と律子……風紀会の腕利き執行人が二人か。こりゃまずいなあ、ええ、おい?」


 噛み付くような激しさでそう言いながら、もう夏彦には興味はないとばかりに大倉は二人に向き直る。


「全く、それをあんたが言うっすか? 執行人最強って触れ込みっしょ」


 軽口を叩き返しながら、秋山も構える。


 律子は一口も口を利かず、構えを崩さない。


「そうだ。俺は執行人最強だよ。だからこそ、だ。ええ、おい? まずいぜ、これは。お前ら二人程度で何とかなってると思ってるのが、だ。お前ら二人、殺されちまうぜ」


 みしみしと音をたて、大倉は額に青筋が浮かんでいた。


 怒っている。律子と秋山が自分の前に立っていること、それ自体が傲慢だと、自分を馬鹿にしていると怒っている。


 異常だ。

 しびれる体を何とか立ち上がらせようとしながら、夏彦は戦く。

 自分の暴力に対する、圧倒的な自信。それも単なる喧嘩自慢なんかじゃあない、異常なレベルだ。


「俺のバイトがバレたか。もう、学園に居場所はないな。いいぜ、最後に大暴れと行くか」


 青筋を浮かべて大倉は軽く首を回す。


 バイト? 何の話だ? ここに大倉と二人が来ているのに関係あるのか?


 夏彦の疑問は解消されないまま、秋山が動き出す。

 消して素早い動きではなく、むしろゆっくりとした動きで大倉へと近づく。秋山の巨体がじりじりと距離を詰めていく様は、まるで山が動くようだ。


 一方の律子は、刀を正眼に構え大倉に向けたまま、微動だにしない。


「はっ」


 だがその慎重な動きを嘲笑うかのように、笑い声と共に大倉は秋山に飛び掛る。


「むっ!」


 秋山はその太い両腕で頭を守るようにして、身を沈めた。まるで筋肉の要塞だ。


 それに向かって、大倉は全身の力を使って拳をぶつける。


「ぐっ、うっ」


 秋山の巨体がその一撃でぐらつく。ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしないように見えた巨体が、くらくらとたたらを踏む。

 それでも、口の端から細く血を流しながら秋山は不敵に笑う。


「かかったっすね」


 全力を使った一撃の後だけに、大倉の体は無防備だった。


 そこに秋山は組み付く。

 柔道がベースの秋山ならば、組めば即投げることができる。固いタイルの床に叩きつけられれば、それで終わりだ。


「なっ!?」


 だが秋山の不敵は笑みは消え去る。


 明らかに有利な状態から組み付いたはずが、大倉の異様な反応速度によって、秋山の襟も掴まれる。


 一方的に組み付いたのではなく組み合う羽目になった。

 秋山と大倉は、お互いにお互いの襟を掴み合っている。


 律子は、まだ動かない。


「ははぁ! どうした、組んだら勝てると思ったか?」


 歯をむき出しにして大倉が笑う。


「そう思ってるっす……『信用膂力オーバーワーク』」


 限定能力の名を呟いた秋山の体が、一気に膨らむ。


 みしみしと音を立てて、大倉の体勢がゆっくりと崩されていく。


「おお、て、めぇ、なんて力だよ」


 今度は大倉の笑みが消える。


「このっ」


 対抗しようと大倉も力む、が。


「ぬわわっ」


 叫んだ秋山の体が更に膨らみ、二人の足元、床のタイルがぱきぱきと音を立てて割れていく。


「があっ」


 力任せに、秋山が大倉の体を降る。

 がりがりと音を立てながら大倉の足先がタイルの床を削っていく。それでも勢いは止まらず、大倉の体がついに秋山に担がれる。


 次の瞬間、秋山は担いでいた大倉を床に叩きつけようとした。全身の筋力を活用しての投げ。床はタイルの下に固いコンクリート製。間違いなく、必殺の威力。


「ひひゃ」


 空気が漏れるような叫びをあげて、担がれた体勢から大倉は攻撃を繰り出す。

 夏彦の目には、大倉の手と足がぶれたようにしか見えなかった。勘でかろうじて顎と腹と金的に攻撃をしたと分かる。


 顎と腹に突き、金的に蹴り。一瞬で三撃。

 普通の体勢からでも余程の達人でなければできない程の速度の連続攻撃を、襟を掴まれて担がれた体勢から。


 攻撃を食らった秋山は体勢を崩して、大倉を掴んでいた手を離して倒れる。


 だが投げが途中で終わったからといって、それまでの勢いがなくなるわけではない。

 無茶な体勢から攻撃を繰り出した大倉は、当然無防備な姿で床に叩きつけられる。

 再起不能確実な状態だ。


「ぐっ、くっ」


 しかし、あろうことか大倉は更に空中で体勢を変え、受身を取りつつ衝撃を殺して床に落ちる。


 ありえない。

 一瞬のうちに大倉が行ったいくつもの動作を目にして、体を起こそうとしていた夏彦は目をみはるしかない。

 喧嘩自慢だとか、腕利きの執行委員だとか、そういう問題じゃあない。無茶苦茶な、セオリーに当てはまらない動き。暴力の天才、とでも表現すればいいのか。


 だが、大倉が暴力の天才だということを既に織り込み済みで動いていたのが律子と秋山だ。


 受身を取ったといっても、不完全ながら秋山の投げをくらった大倉は一瞬動きが止まる。当然だ。常人なら、そもそもその時点で再起不能になってもおかしくない衝撃なのだから。


 その隙を逃すことなく、むしろそのタイミングを見計らっていたように。


「しっ」


 全力で大倉に日本刀を振り下ろす律子の姿があった。


 決まった。

 夏彦は確信する。

 律子さんは、よっぽど大倉を強敵と認識しているんだろう、完全に殺すつもりで、手加減一切なしの全力で刀を振り下ろしている。地面に横たわった大倉があのタイミングで、あの速度の一撃をかわすことはできない。防ぐことも無理だ。あの本気の一撃は、腕で防ごうにも腕ごと一刀両断するだろう。


 大倉は、体を跳ね起こす。


 それだって、驚愕すべきことだ。受身したとはいえ、あの速度でコンクリートの床に叩き落とされた人間が次の瞬間に跳ね起きるなんて、本来はありえない。


 だがそれでも、この場合は間に合わない。

 そのはずだった。


「え?」


 ずっと無言と冷静な態度を貫いてきた律子。その態度が崩れ、口からは疑問の声が出る。


 日本刀による一撃は防がれている。

 真剣白刃取り、それも片手によるものによって。


 どういった反応速度と握力が可能にするものか、大倉は日本刀の一撃を、刀を片手で掴み取ったことによって防いでいた。


 あまりのことに律子は呆然とする。

 傍からみていた夏彦が信じられない光景に動きを止めるくらいだから、それも責められないだろう。

 それでも、律子はすぐに気持ちを切り替えて目前の敵に備えようとする。


 だが、その一瞬の心の隙を見逃すはずもなく、片手に白刃を握ったまま大倉は立ち上がり律子の懐に入る。そして。


「死ね」


 掴んでいるのとは逆側の拳が、律子に襲い掛かる。


 律子は日本刀を離して拳を避ける。


 その武器を持っていない律子の避けた先を狙って、凄まじい勢いの蹴りが放たれる。


 律子はその蹴りを更に避けようとするのではなく、


「『斬捨御免ブレイドライセンス』」


 大倉に掴まれていた刀を消し去ると、再び自らの手に日本刀を召還した。そして、蹴りを斬撃で真正面から向かい打つ。横薙ぎの一撃。


「なっ!?」


 大倉の顔が驚愕に染まる。


 このまま蹴りをすれば脚は真っ二つ。蹴りを止めればそのまま刀が体まで伸びてきて、全身を真っ二つにされる。


 だが。


「舐めるなクソアマがあ!」


 大倉は蹴りの軌道を変化させ、横薙ぎの一撃を膝、そして肘で挟み込むことで止める。


「嘘だろ……」


 夏彦の口から思わず声がこぼれる。それほど、現実離れした光景だった。


「律子、悪いけど我慢っす!」


 そこに、秋山の叫ぶような詫びが響く。


 いつの間にか立ち上がっていた秋山は、全身の筋力を全開にするようにして、もつれあっている大倉と律子に突進した。

 何の技術も打算もない、単なる全力の突進。だが、その勢いは牛でも突き殺しそうなものだった。


「――ふっ!」


 すぐに意図を理解したらしい律子は、日本刀から手を離して防御しつつ後ろに跳ぶ。


 日本刀を膝と肘で挟んでいた大倉は反応が遅れる。


「くそがっ」


 回避や防御は間に合わないと考えたのか、あろうことか大倉は避けるのではなく逆に突進してくる秋村に向かって全力で殴りかかった。


 ごっ、と重いものが落ちた時のような鈍い音が廃工場に響く。

 秋山の軽トラの暴走のような突進を、大倉は真正面から攻撃しながら、律子は衝撃を逃がしながら食らって、宙を舞う。


「――いっ、たあ……」


 先に地面に着地したのは律子だった。空中で体勢を整えて、美しく足から着地するが、それでもダメージは凄まじいらしく、そのままゆっくりと崩れ落ちていく。

 気絶したらしい。


 次に、秋山の両目がぐるりと白目を向いて、そのまま体は崩れる。

 先の攻撃でかなりのダメージを負っていた状態で、無理をして全力でタックルをして、おまけに大倉の拳と正面衝突した。意識があるわけがない。


 そうして、最後に。


「……二束三文の雑魚が、粋がりやがって」


 律子と同じように空中で体勢を立て直して足から着地した大倉が、吐き捨てるように言う。


 さすがにノーダメージとはいかないようで多少息は荒かったが、それだけだ。


 執行人最強とも言われる大倉が、律子と秋山を相手にして、数十秒のうちに圧勝した。


「ふん」


 大倉はとどめを刺すつもりか、まずは倒れている律子に歩み寄っていく。気絶している律子の顔に向かって、踏み潰そうと足を上げた瞬間。


「――っ!?」


 獣のような表情になった大倉はその場から飛び退き、そして睨み殺そうかとするような目で夏彦を見る。


 大倉を止めたのは、夏彦の殺気だ。


「そこまでだ」


 ようやく、何とか体を起こして、既に構えている夏彦は言う。

 目は、鋭く大倉を見返す。


「何だ、その面ぁ、ひょっとして、俺に勝てるとでも思ってるのか? ああ!?」


 威嚇する大倉。


 それには答えず夏彦は、無言でまた殺気だけをとばす。


 大倉の額に葉脈のように青筋が浮き出る。


「俺に本気で勝つつもりか? お前なんかが俺に勝てると思ってるのかよ!?」


 絶叫した大倉が、夏彦に向かって駆け出す。


 思ってないよ、と夏彦は内心応じる。

 勝てない――普通のやり方ならな。律子さんと秋山さん、二人を相手に圧勝したこいつは化け物。まともにやって勝てるわけがない。元々そう思っていたけど、目の前であの戦いを見せられて改めて確信した。


 夏彦は限定能力を使用して、自らの勘を限界まで強化する。

 律子と秋山が作ってくれた時間、先ほどの時間に直感と経験と理性を総動員して、勝利までの細い道は見出した。

 後は、その道をうまく辿れるかだ。

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