取調施設、禁固棟、矯正施設、そして刑場等々。
ノブリス学園内に存在する、一般生徒はおろか会の人間、学校関係者ですら簡単に入ることが許されない施設の数々。
それが集められ、フェンスによって外部と隔絶された地区が存在する。『封鎖特区』と呼ばれているその区域には、風紀会の係員が常時見張っているゲートを通ることでしか出入りできない。
深夜、その封鎖特区に建ち並ぶコンクリート製の古いビルのひとつ、その一室に明かりが灯っていた。
その部屋の中央には、会議机が四角形を描くように並べられていた。
四角形の外側にはオフィスチェアーが六つ並べられており、六つのうち四つは、既に人が座っていた。
「おっと、皆さんお早いですね。まだ時間はあるのに」
軽やか声とともに、白い歯を輝かせて男子生徒が入ってくる。
爽やかで健康的なスポーツマンそのものの外見と雰囲気を持つ生徒会長、コーカだ。
六会代表者会議。
学園にある六つの会、その代表者が出席する会議だ。
前にこの会議が開かれたのは、入学式が始まる直前だったか。
コーカは思い出す。
公安会からの新入生に注意しろという警告と、外務会からの外の組織の妙な動き。これに関する六つの会全ての情報共有と意見統一、これが議題だったな。
で、今日の議題も同じような話か。
「やれやれ」
コーカは椅子に座ったまま、思い切り伸びをする。
今日も長くなりそうだ。
その後、しばらく時間は経つが、椅子のうち、一席は空席のままだった。
「そろそろ時間ですが、今回も公安会は不参加みたいですね」
「いつものことだね、どうでもいいけど」
コーカの発言に、苦笑しながら答えるのはクロイツ――外務会副会長のクロイツだ。相変わらずのだらしのない着こなしの学生服に、ぼさぼさの髪と無精ひげ。目を細めて笑いながら、細身の体を椅子にあずけている。
「参加しなくてもこの会議の結果は向こうに届くし、向こうに意見があればメールでこの会議に届く。問題ないといえばないからねえ」
「だから参加しなくてもいい、というならこの会議の意味がなかろう」
真っ白く長い髪と髭の老人、行政会代表として出席しているノブリス学園の学園長が言う。
老人とは思えない巨体をスーツ、更にコートに包んでいる。
「仰るとおりですけどね。まあ、判断は今回の主催者に任せましょうや」
クロイツは顎をしゃくって促す。
その先にいた少女――ウェーブのかかった銀色の髪を物憂げにかきあげる、フランス人形のような少女は目を閉じている。
いや――彼女が目を開けることは、ないのだ。
相変わらず同い年とは思えないな、とコーカはぼんやりと思う。
かといって年上のようにも年下のようにも見えない。結局、普通の人間と同じ時の流れの中にいるように思えないのだ。
少女は血の通っていないような白い肌をしている。手足がまるで骨と皮ばかりの如くに細いこともあって、どこか病的な印象を与える。そうして、決して開けられることのない目。
儚い、弱弱しい人形のような、盲目の少女。
だが、彼女こそが風紀会のトップ――風紀会の会長、『眼球造神』の瑠璃だ。
「この会議の中止や延期は問題外。今、決めなければならない議題が存在。公安会の代表者を待つのは不可」
鈴を転がすような声で、瑠璃が言う。
瑠璃の学生服は改造されて、袖口やスカート部分など、ありとあらゆる場所にフリルがついている。
「ただし、このまま会議を始めるのは不可。司法会代表者に説明が必要。彼は初参加」
「あ、そうだったな。すっかり忘れてた」
クロイツは手を叩いて、無言でたたずんでいる男の方に目をやる。
つられるようにして、コーカも男を見る。
この男を見るのは二度目だな、と思う。
一度見ているとはいえ、その男の醸し出す異様な雰囲気には慣れない。
その男は、学生服を着ていながら学生には見えない。
シャツを着ず、学生服のジャケットを素肌にそのまま羽織るようにしている。そして顔の右側に、酷い火傷の痕があり、右目には眼帯をしている。長めの髪はオールバックだ。
だが、男が学生に見えないのは、その格好の特異さばかりが原因ではない。
全身の筋肉、体だけでなく顔の筋肉までもが、異様な状態だ。
それは、例えば学園長のように巨体で、筋肉が発達しているということではない。いくら発達していようとも、いくら鍛えようとも、筋肉は筋肉だ。強固でありながら弾力性を持つ。当然だ。筋肉は収縮することによってその力を発揮するのだから。
にも関わらず、男の全身の筋肉は、見たところ弾力性を感じさせない。
一体、どのように鍛えればこんな筋肉ができあがるのか。体を徹底的に鍛えているという自負のあるコーカにも分からなかった。
鉄、いや石。男はその筋肉のためか、巨大な石から無駄な部分を削り取って出来上がった彫刻を連想させる。
「構わぬ。俺とて規矩くらいは知っている。会議を進めてくれ」
石のような男は、短くそう言う。
声もまた、硬く静かだった。
規矩っていうのは、確か規則のことだったか。何の用語だったか、確か――仏教か何かか?
コーカは頭の中で確認する。
「いいのかい? だって君、まだ司法会の会長になって間もないだろう。代表者会議の詳しいルールとか司法会の現状、分かってないんじゃないの? ま、君がいいならどうでもいいけど」
珍しくクロイツが忠告をする。
「気遣い無用。この地位は簒奪したものとはいえ、嗣法は済んでいる」
嗣法が、師匠から法を受け継ぐことだったな。この場合は、既に大体のところは済んでるってことだろう。
翻訳をしながら、コーカはうんざりとする。
この男はいちいち回りくどい言い回しをするので、話すのが疲れる。
だが、この男を、司法会の会長となった男子学生――雲水を無視して会議をするわけにもいかない。
「しかし、会長とはいえ新入生ですからね。分からないことがあったら何でも訊いてくださいよ。別の会に属しているとはいえ、遠慮は無用です」
コーカは親切のつもりで言う。
そう。
この男、雲水は新入生だった。
先の事件、裁判で暴動が起きたあの事件。あれは目晦ましだった。その裏で、外部の組織からの介入によってひっそりと進行していた本命の陰謀を、全ての会が一丸となって追った。
そしてその捜査の末に明らかになった事実。それは一握りの上層部にしか共有を許されなかった。あまりに衝撃的な内容ゆえに。
裏で動いていた陰謀、それに深く関わっていたのは、あろうことか六つの会のうちの一つ、司法会の会長、そして副会長だった。
会のナンバー1とナンバー2が、外部の組織の陰謀に関係していた。いや、むしろ立場的には限りなく首謀者に近い位置だった。
公安会がそれを探り出した時、その事実を知った誰もが大戦争を覚悟した。ノブリス学園が戦場になると、大多数の死者が出ることになると予想した。
「――もっとも、自分の会の会長と副会長の首を獲った男に、遠慮も何もないかもしれませんが」
だが、事件は思いも寄らない終わりを迎えた。
会長、副会長を初めとした司法会に巣食っていた外の組織の協力者、その全てが、始末されたのだ。
たった一人の新入生によって。
――それが、雲水だった。
彼は、新入生で権力も人脈もない状態でありながら、自らの暴力、知力のみを使って、自らが所属していた会の裏切り者を探り出し、そしてその全員を始末した。
極めて速やかに、静かに。
正直なところ、六つの会の上層部では司法会の会長、副会長を捕らえて情報を引き出そうという動きがあったため、その動きの邪魔をしたという一面もあった。
しかしながら、ノブリス学園を大混乱させかねない、そして下手をすれば司法会の存続さえ危うくなりかねない事件を、雲水は被害を最小限で終わらせたのだ。
評価せざるを得なかった。
そして、雲水は会長、副会長以下十数人の裏切り者の首を手土産に、そして会長と副会長さえも裏切り者だったという事実の隠匿を条件に、全ての会の上層部に自らの司法会会長就任の同意を迫ったのだ。
結局、経験豊かな人間を副会長に就任させ、雲水の後見人とすることを条件に、雲水の会長就任に全ての会の上層部は同意した。
そんな話に同意しなければならなかったほどに、その時のノブリス学園の上層部は混乱していた。それどころではなかったのだ。
今思えばそれも奴の計算のうちだったのかもしれない。
コーカは思う。
雲水は、一番学園が混乱しているタイミングを見計らって、その混乱を力づくで解決してみせたのかもしれない。そうして、まだ混乱が続いている状況下で、自らの会長就任という難題――というよりも荒唐無稽な提案を呑ませるように動いたのではないか。
いずれにしろ、油断のならない男であることは間違いない。
「ご配慮、痛み入る」
ほとんど姿勢を崩すことなく、雲水はかすかに背を倒して一礼する。
「そういうことなら会議を開始。ここで連絡事項。現時点で、本件は、この場にいる代表者以外、他言無用」
瑠璃が言うと、部屋の空気が引き締まる。
これは、妙な話が始まりそうだな。
コーカは警戒する。
この場にいる代表者以外に他言無用。
つまり、代表者が自らの会に戻って役職者たちと相談することすら禁止ということだ。六会代表者会議においても、そうそうあることではない。
その重大性が部屋の隅々まで行き渡るのを待つように、瑠璃はしばらく無言で自らの髪を撫でた後、口を開く。
「――現在、我々風紀会は、一匹の『怪物』を捕獲」
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