超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

暴の嵐1

公開日時: 2020年11月13日(金) 16:00
文字数:3,898

 罠は仕掛けたし、猟犬も用意した。後は罠にかかった虎を、猟犬が追い詰めるのを待つばかりだ。最終的には狩人である俺が直接仕留めなきゃいけないとはいえ、今は手を出すべきじゃない。

 夏彦はそう考えて、普通に仕事をこなす。行政会のアドバイザーだ。

 もちろん、仕事の合間に、更に情報を得ようと世間話をしていく。


「怪物って、あの?」


 二年生の役職者から聞いたのは、虎が例の怪物の話に興味を持っていた、という話だった。


「そう。役職なしでは知らない奴も多いんだけど、虎君は知ってたな。かなり興味を持って調べてたみたいだ。調べようにも、緘口令しかれてるから、なかなか情報は集まらないみたいだけどな」


 何でもない世間話として話されるそれが、夏彦には少しひっかかる。 

 確かに、怪物の話は興味深い。ゴシップとしても秀逸だ。詳しいことが知りたくなるのは別に自然な話ではある。

 ただ、虎が興味を持っているのが、その怪物に関係して誰かを脅迫できると判断したからだとしたら。

 これは面白くなるぞ、と夏彦の口の端が少し持ち上がって笑みを形づくる。

 怪物に関して、誰かが脅迫されるような弱みを持っていたとしたら、それを利用すればあらゆる会の上に食い込むことができるかもしれない。怪物の事件については、六つの会全てにおいて重大な事件として慎重に対応しているらしいからな。


 行政会での仕事が終わり、資料室に残って新しい情報を吟味しているところに、電話がかかってくる。

 サバキだ。


「もしもーし」


「ああ、どうした?」


「えー? どうしたも何も、例の虎って人が動いたからさー」


「もう!?」


 いくら何でも早い。


「で、どうなってる?」


「うん、ほら、旧開発地区の方に行ってるみたいだねえ」


「あの、廃墟や廃工場の多いとこか……」


 密談にはもってこいかもしれないな、と夏彦は思う。

 昼間でも、あまりにも人通りがないことで有名な場所だ。あまりにも寂しすぎて、不良グループすらたまり場にするのを躊躇うという話だった。


「とりあえず正確な場所を割り出すために尾行継続してもらってるけどさあ」


「ああ、頼む。正確な場所を割り出すまででいい。後は俺がやるよ。それ以上世話をかけはしない」


 というのは建前で、虎の持っている様々な人間の弱みという名の情報、その財産をうまくやれば奪い取れるチャンスを、わざわざ自分以外にも与える気にはならないだけだ。


「あー、了解」


 予め派閥等の裏での動きについて釘を刺しておいたからか、あっさりとサバキは退く。


「そうそう、あと、虎って人、学園出る前に各会の人間、かなり多数に連絡とってたみたいなんだけどさあ」


「ああ」


 それはそうだろう、と夏彦は思う。

 誰にも知らせず、一人で旧開発地区に行っても当然ながら何も起こらない。


「そのうちの何人かは分かったんだけど、連絡とってる人が――」


「……何?」


 その言葉に夏彦は耳を疑う。


「間違いないのか?」


「うん、もちろん、それ以外の人も含まれてたけど……割合にしても、連絡した相手の七割程度が、大体そうかなあ」


「……変更だ。もう少し世話をかける。俺が虎を直接調べた結果いかんによっては、公式な監査としてこの案件をあげるかもしれない。その時は報告書だの資料作成でもう一度お前の力借りるぞ」


「いいよー、その代わり貸しは二つね。でもさ、今から上に報告あげなくていいのかな? ことがことだけに、司法会や行政会だけの問題じゃないでしょー?」


「ことがことだけに、だ。ある程度確証がとれないと報告できない」


「あー、そっちの考え方か。了解」


 サバキは一度言葉を切って、


「あー……ねえ、夏彦」


「ん?」


「貸しは、多分すぐに返してもらうから」


 声に少し冷たさをこめて、サバキは電話を切る。


「……怖い怖い」


 そう言って、夏彦はしばらく携帯電話を眺めた。それを通してサバキを見ているかのような気分だ。


「さて、旧開発地区、ね……」


 呟くと、夏彦は資料室を出ると同時に携帯電話でタクシーを呼ぶ。


 大倉に襲われるのも嫌だし、タクシーで直接向かおう。





 タクシーの中でもサバキと連絡をとりあい、ついに突き止められた虎の密会場所とおぼしき場所までタクシーで向かう。

 もちろん、そのすぐ目前までタクシーで乗りつけるという目立つマネはせずに、少し前で降りて、そこからは歩くことにする。


「ここか」


 夏彦の目前には、巨大な生物の死骸にも見える、巨大な廃工場群があった。沈みかけた日に照らされて、赤く浮かび上がる姿と影のコントラストがグロテスクだ。

 なるほど、これは確かに、何の用もないのに近寄ろうとは思わないだろう。


 この場所のどこかに虎が向かった、ということまでは判明していた。具体的にどこにいるかは、いくつかある廃工場を虱潰しに調べていくしかないだろう。


 見つからないように、影に身を潜ませながら夏彦は廃工場から廃工場へと小走りで移動しては、その錆付いたドアや、あるいはぼろぼろと崩れかけているトタンの壁の穴から、工場内部の様子を窺っていく。

 日が沈みかけているために視界は良くない。廃工場の内部ともなればほとんど何も見えないに等しい。だが、これほど寂しい場所なら、逆に人目では分からないでも気配なんかで人がいるかどうかは分かり易い。

 それに何よりも、自分には『最良選択サバイバルガイド』というアドバンテージがある。

 夏彦はそう自負して、自らの直感に集中していく。


 そうやって、三つ目の廃工場を扉の隙間から覗き込んだ時、はっきりとは見えないが気配を感じる。


「ここか……?」


 目を凝らすと、ぼんやりとだが人影が見える。

 虎の後姿だ。

 何をしている? ただ人を待っているだけか?


「っ!?」


 夏彦は、唐突に虎以外の気配を感じる。

 誰だ、これは? 工場の内部じゃあない、俺と同じく、誰かが外にいる。俺のすぐ近くに。

 夏彦はその場所から飛び退き、覗いていたのとは違う、さっき調べて無人なのを確認した隣の廃工場に走りこむ。


 まずい。気のせいならいいが。

 祈るような気持ちで誰もいない廃工場、そこに多数置かれているドラム缶の陰に体を隠す。


 かつり、かつりと足音を響かせ、夏彦の後を追うように、無人の廃工場に一人、何者かが入ってくる。


 くそ、気のせいじゃなかったか。

 自分の直感が的中したことを恨めしく思う夏彦は、体を固くして緊張する。


「……いるんだろ? ああ?」


 聞こえてくる粗野な声に、夏彦は一番当たって欲しくない予想が当たったことを確信する。


 これ以上隠れていても、意味はない。相手からはばれている。

 観念して、ドラム缶をこんこんと叩きながら、夏彦は姿を表す。


「何隠れてんだよ、こんな場所で?」


 廃工場の中央に仁王立ちして嘲るように言うのは、見た目から凶暴さを撒き散らしている短髪の男だった。見覚えのある男。


「大倉……さん」


 呻く夏彦に、大倉は笑ってみせる。


「おお、奇遇だな、こんな辺鄙な場所で会うなんてよ」


 しらじらしく言って大倉は一歩夏彦に近づく。


「……俺は、仕事ですよ。司法会監査課の仕事です」


 夏彦は混乱しようとする頭を必死で押さえつける。

 落ち着け。どうしてこのタイミング、この場所にこいつが出てきたのかは分からないが、まだ何とか戦闘を回避できるかもしれない。それから虎の密談を調査して。くそっ、やっぱり厳しいか? いや、しかし。


「そうか、俺も仕事でな、ここら辺張ってたんだよ。そしたら、お前が来たのに気づいたってわけだ」


 笑う大倉の、目がひとつも笑っていない。ぎらぎらと光っている。

 一歩、また大倉が踏み出す。


 こいつ勘が限定能力並みに鋭かったな、と夏彦は思い出す。

 くそ、それにしても隠れていたつもりだったのに、気づかれるか。いや、だがそれにしたって。

 夏彦の頭で疑問がぐるぐると回る。

 そもそも、どうして大倉がここを見張ってるんだ?


「仕事って、風紀会がどういう仕事ですか?」


 近づいてくる大倉に対して、ゆっくりと夏彦は身構える。


「ああ、仕事っつっても、会じゃない」


 瞬間、筋肉を爆発させるようにして大倉が距離を詰めてくる。同時に、拳が振り上げられる。アッパーだ。

 とてつもない速度だ。反応が間に合わない。

 通常なら。


 だが夏彦は既に勘でその攻撃に対応するべく動き出していた。

 大倉の攻撃をいなし、その手首を掴むべく、体がほとんど無意識のうちに動く。

 いつも通りだ。いける。


「――なっ!?」


 だが、いなしきれなかった拳が夏彦の片腕を弾き飛ばす。

 あの時と同じだ。単純な攻撃のはずなのに、何故か捌けない。


「くっ」


 緊急回避として残った方の腕で防御して、次の攻撃に備える。


 一撃目の勢いを利用するように、体を回転させながらの拳が夏彦の防御に突き刺さる。


「ぐっう」


 とてつもない衝撃と共に、夏彦はガードごと吹き飛ばされる。

 廃工場の床をすべりながら、必死で立ち上がろうとする。

 このままじゃあまずい。次の攻撃に備えないと。


「終わりだな」


 だが、夏彦は体を起こそうとして、ちょうどしゃがんだような体勢になった時には、既に目の前に大倉の姿がある。


 両腕は、しびれていてしばらく使い物になりそうにもない。体全体にもしびれがある。ダメージは、決して軽くない。立っている大倉としゃがんでいて両手が使えず体もうまく動かない夏彦。

 ここに勝負は決したようなものだった。次の一撃で決まる。

 だが、それは二人だけの話ならば、だ。


「そこまで」


 冷たい声と、


「もうお縄につくっすよ、大倉くん」


 野太い声。

 どちらも聞き覚えのある声が、廃工場に響く。


「……てめぇらは」


「り、律子さんに、秋山さん」


 夏彦も大倉も同様に乱入者に驚きの視線を向ける。


 入り口から入ってくるのは、刀を既に構えて冷たい目で一点を見ている律子と、全身に力を漲らせている筋肉の塊のような秋山だ。

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