「勘、第六感でもいいけど、それって一体何だと思いますか?」
日の暮れた校庭で、ライドウは足を止めて夏彦の限定能力についての説明を始める。
「何って、そうですね、嫌な予感がするとか、勘が良くて隠し事が分かるとか、そういう時に使う言葉ですよね。勘は、やっぱり勘、としか言いようがないんじゃないですか」
答える夏彦の声に力はない。どんな能力かと思いきや勘の強化ということで、正直へこんでいる。
「それでは、例えば勘には全く根拠がないと思いますか?」
それはどうなんだろう、と夏彦は考える。
例えば、よく漫画なんかであるのは、修羅場を潜り抜けてきた歴戦の戦士が人間離れした野生の勘みたいなものを発揮するとかだ。根拠がないなら、そいつが修羅場を潜ってきたかどうかなんて関係ないはずだ。ということは、何となく経験は勘と関係あるイメージがある。
「経験から来るものですかね。でも、何というか、言語化できないというか」
これまでの経験からしてこの場合はこういうことが多い、とか、そういう風に言葉で表していたらそれは勘ではなくて、経験からきた立派な理論だろう。
そうではなくて、これまでの経験からして「何となく分かる」のが勘、な気がする。
そんな風に考えていくうちに夏彦は徐々に気を取り直してくる。
「いいとこ突きますね。そうですね、経験その他もろもろから、無意識のうちに発生する感覚、僕はこれが勘だと思っています。ミソなのは無意識のうちにってところでですね」
ライドウは例として職人の勘を挙げる。熟練の職人の持つ勘。あれはまさに、膨大な経験から無意識のうちに現出した感覚の好例だ、と。
「ははあ」
無意識のうちにねえ、と夏彦は秀雄に襲われた時のことを思い出す。
あの時、自分は燃えている秋山さんを先に見たわけだ。そうしてこちらに向かってくる秀雄。あいつが人を燃やすようなものを持っているんじゃあないか、体の動きとかから何が投げつけてくるつもりなんじゃないか、と無意識のうちに疑っていて、そしてそれが「飛び退くべきだ」というあの感覚を産み出した。
そういうことか?
「まだ納得できない顔してますね」
「……はい」
なにせ、夏彦には実感がない。
「とりあえず、お腹空きましたね」
「え?」
疑問の声を夏彦は上げたが、時計を確認してみれば確かに夕食の時間を過ぎている。
「ちょっと腹ごしらえをしましょうか」
ライドウに連れられて、夏彦は学園の近くにあるファミリーレストランに入る。結構学生の客が多い。
注文が済むと、料理が運ばれてくるまでの間にゲームをしようとライドウが提案してくる。
「ゲームですか?」
「その前に、夏彦君、限定能力自分でオンオフ切り替えられます? スイッチみたいなものを頭の中にイメージすればいいんですけど」
「やってみます」
夏彦は素直に頭の中にボタンのようなものを思い浮かべてみた。これを押したらオンオフが切り替わる、としよう。そしてボタンを押すイメージ。
はっきり言ってこんなことでうまくいくとは思っていなかったが、
『最良選択』
意外にも、脳内に響くその言葉と共に世界が切り替わる。
「うわっ――あれ?」
脳の奥で、何かが凄い勢いで稼動しているのを感じる。
「こ、これですか? あ、できました、多分」
「結構。ちなみに、常に使ってると脳とか体に悪影響でしょうから、必要のない時はオフにした方がいいですよ。それはともかく、いきますよ」
ライドウは両手を夏彦に向けて突き出した。両手は握られている。
「これ、どっちかに硬貨が入っています。勘でどっちの手か当ててみてください。勘ですよ、妙に考えたりしないで。とりあえず十回くらい連続でやってみますか」
考えずに、適当に。
夏彦は左手を指差す。ライドウが左手を開ける。何もない。
ライドウは両手を後ろに隠して、再び両手とも握って差し出してくる。
今度は夏彦は右手を指差す。開ける。硬貨が握られている。
それを繰り返した。
左。右。右。右。左。右。右。左。
当たり。ハズレ。当たり。ハズレ。ハズレ。ハズレ。当たり。ハズレ。
「これ、確率五割切ってるじゃないですか」
全然当たってない、と夏彦は愕然とする。
何と言うハズレ能力だ。
「まあまあ、まだ料理来ないし続けましょう」
二十回を過ぎても、まだ確率は五割程度。
夏彦は、自分の限定能力が勘の強化だというのが信じられなくなってくる。
風向きが変わったのは、四十回を超えたあたり。
当たり。ハズレ。当たり。ハズレ。当たり。当たり。当たり。ハズレ。当たり。当たり。
「おっ」
七割正解。
だが、これも偶然の域を出ていない。
「お待たせしましたー」
ウェイトレスが料理を運んでくる。
だが、料理には手をつけずに、ライドウと夏彦はゲームに熱中して続行している。
やがて百回目を超えてからは、正解率はほぼ九割を超えるようになった。
「ここまで来ると、偶然ではないでしょうね」
満足そうに言って、ライドウはゲームを終了し、ようやく食事に手をつける。
「おそらく、同じことを続けている間に、僕の癖――硬貨を持っている方の手に力が入っているとか、それを無意識のうちに学習したんでしょう。だから、勘が当たるようになっていったんですよ」
「そうみたいですね」
ここまで正解率が上がった以上、異を唱える気にもならず、夏彦も料理を口に運ぶ。
「護身術にしても、何度か練習するだけで、うまく技を極める感覚を学んだんでしょうね。普通なら、鍛錬の末、少しずつ掴んでいく感覚をたったあれだけで。うらやましいことです」
「うらやましいですか? こんなしょぼい能力……」
正直なところ、勘の強化がそこまでいい能力だとは夏彦には思えない。
だって日本刀出したり、片手が金属になったり、凄い速度で走ったり、筋肉の塊だったりする人に比べて、あまりにもひどい。心を読むとかならまだしも。
「限定能力は基本的にそれ単体ではそこまで大したことないものが多いですよ。律子君の『斬捨御免』だって、彼女自身の剣術の腕前がなければただの手品ですよ。日本刀を召還するだけなんですから。あの黒木とかいう奴の速筋強化だって、もともと鍛えてなければ体壊して終わりです。要は、限定能力をどうやって利用するか工夫し、そして努力することです」
「いやー、それにしたって地味というか、何と言うか」
「大体ですね、僕は何かを強化する能力じゃないですから、強化系の能力者がうらやましいですよ。ノブリス外でも利用できる副産物がありますからね」
「副産物?」
「ええ。例えば速筋の強化ですけど、強化して使ってれば当然ながら速筋自体も鍛えられます。ノブリス外に出たら、その鍛えた筋肉が突然消えると思いますか?」
「そうか、能力自体は消えても、能力の使用で鍛えられたものは残るわけですね。とすると、俺の勘もひょっとして鍛えられた分は残るんですか?」
「おそらく。もちろん、強化は消えるからレベルは格段に落ちるでしょうけど」
ううむ。ひょっとして思ったほど悪い能力でもないのか?
夏彦は悩む。
食事が終わって(会計はライドウが全部出してくれた)二人が外に出ると、夜の風が冷たい。
夏彦が時計を見れば、九時を回っていた。今日色々あったせいか、もう既に眠たい。
「明日も護身術の訓練したいんですけどね。あと、司法会の他の面々の紹介も兼ねて本部にも行きたいですし。あ、結局、公安会と外務会の説明もしてませんでしたよね。あれもしとかないと」
やること一杯ですね、とライドウは頭を抱える。
「それが全部出来ればいいんですが、今日の件の事情聴取が確実にありますからね。どこまでスムーズに話が進むことやら。今日は初日から変なことがありましたし、明日に備えてぐっすり休んだ方がいいですよ」
ライドウの言葉に、半分眠りながら夏彦は頷いた。
「そうします」
ファミレスの前で夏彦はライドウと別れ、疲れと眠気でほとんど意識のないまま寮の自室まで帰った。
「ぐうう」
あれだけ汗をかいたのでさすがにそのまま寝るのには抵抗があったので、夏彦は体に鞭打ってシャワーを浴びる。シャワーで暖められると、疲労の溜まっていた体が思い出したように更なる痛みと疲れを訴えてきたが、それすらも心地いい。
スウェットを着ると、夏彦はふらふらとベッドに倒れこんで、何とか目覚まし時計だけはセットした。そして、そのまま完全に意識を失う。
翌日、目覚まし時計のアラームで起きた夏彦が初めに見たのは、メール受信を示すランプの点滅しているスマートフォンだ。
「ん、う?」
もぞもぞと手を伸ばして確認する。
前日の深夜に受信したそのメールの送信者は虎だった。
文面を見て、夏彦は一発で目が覚めると同時に血の気がひく。
「To:夏彦 From:虎
件名:緊急連絡
夏彦。今日、何かしら厄介な事件があったらしいな。
その事件の重要参考人として、ついさっき、つぐみが風紀会に拘束された。
どうも、俺もお前も同じクラスってことで事件に一枚噛んでると疑われているらしい。
行政会情報だけど、かなり俺たちの立場まずくなってるみたいだ。
このままだと出世を諦めなきゃならないどころか、消されるかもしれない。
お互い、頑張って何とかしようぜ^^」
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