超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

インターバル2

公開日時: 2020年12月12日(土) 16:00
文字数:3,943

 鍋を食べながらそれとなく選挙について聞いてみたが、誰からも特に新しい情報は手に入らない。

 結局、シメのうどんまで食べ終えた後、後片付けをしてから解散ということになった。


「そうだ」


 思いついて、帰り支度しながら夏彦は他の人間には聞こえないようにつぐみに近寄って、


「ちょっと聞きたいんだけど」


「ん?」


「風紀会の役職者でさ、レインさんって知ってる?」


「ふぇ? レインさんって、副会長のレインさん? もちろん、知ってるけど」


 唐突な質問に片付ける手を止めてつぐみは振り返る。


「どんな人?」


「ええっと、こう、いつの間にか人の懐に入り込んでくる人ね。で、こっちに言うことを聞かせるように誘導するのがうまいというか……ここだけの話、あれって限定能力じゃないかなって疑ってるわ」


 結構踏み込んだ意見まで教えてくれるな、と夏彦は驚く。


「でも、どうしてレインさんのこと訊くの?」


「いや、ちょっとその人の話を聞いてさ、興味があったんで」


「ああ、あの人、有名人だもんね」


 別に疑うことなくつぐみは納得する。レインの知名度に救われた形だ。


 もちろん、単にレインの話を聞いたからここで質問したわけではない。

 本当は、夏彦がこれから虎に紹介してもらう公安会の人間、それが風紀会副会長のレインだからだ。

 それを言えるわけもなく、夏彦は曖昧に笑う。





 治安の悪い第九校舎の最上階を夏彦と虎は昇っていく。

 この校舎は特別危険クラスの人間が授業を受けている校舎だ。そして、だからこそその連中を押さえ込むために、風紀会の本部はこの第九校舎にある。

 夏彦と虎は、風紀会本部、その副会長室へと向かっている。

 たどりついたのは、何の変哲もない、一見ただの教室への入り口と思われる部屋だった。だが、確かに「風紀会副会長室」と札がかかっている。


 無遠慮に虎がノックすると、


「どうぞ」


 とよく通る声が返ってくる。


「レインさん、失礼しますよーっと」


 がらがらと扉を開けて、虎が入るので、夏彦も付いていく。


 室内で待っていたのは、髪を無造作に伸ばした、肌の浅黒い男だった。整っているが、同時に鋭い目鼻立ち。野生的な美男子、と表現すればいいのか。


「ようこそ、虎君に夏彦君。特に夏彦君は初めましてだな。俺が風紀会副会長、レインだ」


「ういっす」


「どうも、司法会監査課課長補佐の夏彦です」


「座ってくれ。といっても、パイプ椅子しかないが」


 お言葉に甘えて、虎と夏彦は椅子に座った。


 レインも同じようにパイプ椅子に座って、夏彦たちに向く。


「さて、余計な前置きはなしだ。貴兄らがここに来たということは、多分夏彦君が俺に訊きたいことがあるということだろう?」


 ちらり、と横目で虎を見るが反応がないので、夏彦は仕方なくそれに自分で答える。


「はい、そうです」


「結構、それで訊きたいこととは? いや、やめておくか、馬鹿馬鹿しい。茶番だな。このタイミングで貴兄の知りたいことなど、公安会がどうして外での襲撃事件で動いているのか、に他ならない。だろう?」


「ええ」


 何も間違っていないので、短く肯定する。


「いいとも、別に隠す必要はない。ああ、とは言っても、俺が話したことを他に喋られたら困るがね。俺が公安会所属だということも含めて」


「それは当然ですね」


「結構。それでは簡潔に答えよう。今回の件、公安会が動いたのは指示されたからだ」


「指示? 誰から?」


 というか、独立して他の会の不正を許さないはずの、少なくともそういう建前の公安会が、どうして誰かに指示されるってことがありえるんだ?


「公安会の先人からだ」


 先人?

 意味の分からない単語に、夏彦は混乱する。


「OBってことですか? けど、それこそ意味がない。いくら元公安会だからといって、外の意向を受けて公安会が動くなんて――」


「違う。そういう意味じゃない。公安会の、かつての意思と言えばいいのか。つまりだな」


 野生の獣のように美しく鋭い顔をもどかしげに歪めるレイン。


「命令されていたんだ。いつからかは知らない。俺が公安に入会した時には既にその命令はあった。郷土研究部のメモについての外との取引、それについてのアクシデントについては、全面的に外務会に従うように、とな。会の内部での命令は絶対だ」


「……何ですって?」


「へえー、面白え」


 驚く夏彦と興味深げに目を輝かせる虎。


 それは、つまり。

 夏彦は頭の中を必死でまとめる。

 あの襲撃は、少なくともレインさんが公安会に入る以前に、予定されていたっていうのか?


「仕組まれていたってことですか? 今回の襲撃が?」


「少なくとも、あのテキストの取引について、何らかのアクシデントが起こることはある程度予期されていた、ということだろうな。何故かは俺も知らない」


「けど」


 夏彦は自分の声の温度が下がっているのを自覚する。

 路地裏で死んでいった男の死に顔、レッドの銃撃されたシーンが脳裏に張り付いている。


「けど、外務会のトップクラスなら、つまり今回公安会に指示を出した側なら、当然からくりを知っているはずですよね」


 だとしたら、ケジメをつけさせなければいけない。


「だろう、が……それも難しいな。外務会の会長は学園の理事の一人でな。こいつは、まあ、外のでかい組織とやり取りする時の顔役みたいなもんだ。で、実務を取り仕切ってるのは副会長のクロイツという男だ」


 だらけている男の印象があったが、あいつが全部仕切ってるのか。

 夏彦はクロイツの印象を改める。


「じゃあ、クロイツさんを問い詰めればいいですね」


「おいおい」


 横から虎が口を挟む。


「問い詰められねえだろ、司法会も動くなってお達しが出てるんじゃねえの?」


「ああ。けど、建前上は監査課が監査することに問題はない、だろう? そのためにあるんだから。第三者の目の前で、監査の権利を叫んでやれば、誰も表立って反対はできないはずだ」


 刺し違えてでも、今回の事件の真相を暴いていやる。

 夏彦の中で覚悟が決まる。

 あの件がクロイツによって予定されていたとしたら、俺も含めて全員が承知の上で危険にされされたことになる。つまり、捨て駒にされたと。

 黙っているわけにはいかない。

 それに、あの男と約束もしたことだし。


「勇ましいな」


 好ましいものを見るようにレインは目だけで笑う。


「だが、それでも無理だ――貴兄らにはまだ情報は伝わっていないだろうな。緘口令が敷かれているからな」


「何の、ことです?」


 意味が分からず夏彦は虎の顔を見るが、虎も怪訝な顔で首を振る。


「情報制限ももう限界だろうな。目撃者も多いし、事件自体も大きい。今日一日、むしろよくもった方か」


 レインは立ち上がると、窓によって夏彦たちに背を向ける。

 そうして、窓の外の景色を眺めながら、


「本日早朝、外務会副会長クロイツが殺害された。首の頚動脈を刃物で切られたことによる失血死。そして、妙な話だが――」


 そこで、レインは振り向いて鋭い目を夏彦に向ける。あまりのことに呆然と立ち尽くす夏彦に。


 目で射抜かれた夏彦は、その迫力に一瞬体を強張らせる。


「現場には署名が残っていた。雨陰太郎のな」


 思いも寄らない情報に、言葉もなく立ち尽くす夏彦。


 その隙を突くように、するりとレインが夏彦の目と鼻の先まで近づいてきた。


「――っ!」


 我に返った夏彦が身構えようとするよりも早く、


「そう固くなるな」


 ぽん、と肩を叩かれる。


「意外な話ばかりで混乱するのも分かるがな。気をしっかり持て。じゃないと、俺が貴兄を招いた意味がない」


 そうして夏彦は気づく。

 そうだ。現場にいた人間の意見を聞くというだけで、俺をわざわざこんな場所まで誘導するようなマネをするわけがない。何か、俺にさせたいことがあるとしか。


「何を、すれば?」


 ごくり、と唾を飲み込んだ夏彦はレインの目を至近距離で見つめる。


「いい目だ。貴兄と、虎君に是非協力して欲しいことがある」


「え、俺も? いいけど、メリットあるんすか?」


 あけすけな虎の物言いに、レインは顎に手を当てて少し考え、


「メリットとは少し違うが、貴兄らも興味のあることだと思う。ある意味で、今回の件の真相に近づくことだからな」


「俺たちに、何を?」


 夏彦の質問に、額をぶつけるくらいにして顔を近づけたレインが、鋭い目鼻立ちとは裏腹な柔らかい声で答える。


「雨陰太郎の正体を暴いて欲しい」





 虎と夏彦が去った後の教室。


 パイプ椅子に座って足を組んだレインは、しばらく何事か考えるように天井を眺めていたが、やがて諦めたように首を振った。


 そして、


「大倉。よく抑えたな」


 声に応えるように、ドアを開けてフードを被った男、大倉が身体を揺らしながら教室に入ってくる。

 まだ完治してないからこそのぎこちない動きだが、本来ならば生きているだけで幸運、動けているだけでも奇跡のような状態だったのだ。それが、もう普通に歩いている時点で、この男の異常さは推して知るべきだった。


「レインさん、あいつにやらすのかよ?」


「夏彦君と虎君。状況によっては組織に反抗でき、そしてまた状況によっては組織を利用できる人材だ。今回の件については最適だと思うがな」


「けど、いいのかよ? そのために公安会だってことまでバラして――」


 詰め寄ろうとする大倉。


「口を塞いだ方がいい、と。くく、貴兄は夏彦君を自分の手で殺したくてたまらないようだな。まあ、しばし待て」


 レインの目が不思議な色を帯びる。

 その目で見つめられて、大倉の動きが止まる。


「今回の件、おそらく裏にあるものはとてつもなく大きい。どぶをさらえば、鼠ではなく巨象が出てくるかもしれない。そうなれば、学園は混乱する。あの二人はその混乱の口火を切るための、生贄になるだろう」


 そこで、レインは大倉ですら寒気を覚えるような獰猛な笑みを作り、


「生贄を祭壇で殺す役目は、貴兄が担えばよかろう」


 その圧に押されて反論できず、大倉は無言で頷いただけだ。

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