超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

胎動2

公開日時: 2020年11月29日(日) 16:37
文字数:4,204

 久しぶりに訪れたパズル研究部。

 相変わらず乱雑に並んでいる数々の玩具に夏彦は思わず眉をひそめる。


「やあやあ、久しぶり。どれくらいぶりかな、どうでもいいけど」


 部室の中央にあるソファーにほとんど寝転ぶようにして座って、クロイツが第一声を発する。


「入学してすぐの久々津の事件以来ですよ。ご無沙汰してます」


 軽く頭を下げて、夏彦はソファーの正面にあるパイプ椅子に腰を下ろす。


「それで、どんなご用件ですか?」


 単刀直入に夏彦が切り出すと、


「ずばっとくるねえ」


 ぼさぼさの髪をがしがしとかきながら、クロイツは薄笑いを浮かべて手を伸ばし、近くの雑貨の山の中からルービックキューブを拾い上げる。


「前に会った時はもっと遠慮がちだった気がするけど。どうでもいいけどね」


「身もふたもない話をすれば、忙しいんですよ。例の選挙が始まって、しかもそれが相当にきな臭い。課長が働かないので責任者が俺なんです。今、てんやわんやですよ」


 腹芸をするつもりもないので、夏彦は正直に打ち明ける。


「ああ、出世しちゃったもんなあ。司法会の麒麟児だろう?」


 クロイツはルービックキューブをかちかちとゆっくりと回す。


「副会長なんて地位にある人から言われても、嫌味にしか聞こえませんよ」


「おいおい、俺がこの地位を手に入れるのにどれだけ時間かけたと思ってるんだよ。どうでもいいけど。一方の君はまだ一年生でそれだもんな、凄いよ」


 クロイツは無精ひげを撫でる。


「もう留年できないんですっけ?」


「そうそう、もうさすがに卒業だね。ま、歳はくったけど、外務会副会長って肩書きとそれなりのコネを手に入れての卒業だから、十分でしょ」


「十分過ぎますね。間違いなく、エリートです」


 本心から夏彦が言う。

 彼にはこれから、栄光の未来が約束されているだろう。


「へへへ、ありがとさん。さて、本題だけどさ」


 いつの間にかクロイツの手にあったルービックキューブは全面が揃っていた。それをクロイツはもともとルービックキューブがあった雑貨の山に投げ捨てる。


「夏彦君に個人的に直接頼むのは、ちょっとした調整でね。実は、うちの会はそっちの監査課にある監査を依頼するつもりなんだけど、それの担当を君が引き受けて欲しいんだよ」


「お断りします」


 夏彦は即答する。

 ここで安請け合いすれば、後々痛い目を見るのは自分だ。


「さっきも言ったように、今、俺は生徒会選挙の担当なんです。他の件を抱えてさばけるような能力は持ってませんよ」


「ああ、それは問題ないよ。うちの会からも、君のとこの胡蝶さん――課長を動かすようにお願いするからね」


「……どうしてそこまでして、俺に担当して欲しいんですか?」


 他の会の内部に干渉してまで俺をその監査の担当にしたいってことか?

 その理由が思いつかず、夏彦は首をひねる。


「今回の選挙、それに司法会で一番関わっているのが君だからだよ。特に、選挙管理委員の各会の定員数に関してはうまく立ち回ったらしいじゃない」


「ということは――」


 話が大分読めてきたな、と夏彦はパイプ椅に体重をあずける。


「今回の選挙に関係した監査ってことですか。でも、それを外務会が?」


 内容が予想がつかず、夏彦は問う。

 生徒会からの依頼ならともかく、外務会からそんな話が来るだろうか?


「うん。まあ、話は簡単なんだ」


 クロイツはソファーで伸びをする。


「あるノブリス学園内の文書が、外に流出した可能性があることが分かった。外務会はこれから学園外で情報流出の拡大の阻止と文書の確保を目的として活動することになる。ほら、校則でも外務会が学園外で活動する時は監査の対象になるってあるじゃん」


「ええ」


 学園内で完結するはずのそれぞれの会の活動、それが外から影響を受けたり逆に外に影響を与える場合、当然それには慎重にならざるをえない。監査の対象とされているのも当然だ。


「こっちとしても痛くもない腹探られるのもあれだし、こっちからその活動の監査依頼を出そうと思ってね」


「だから、それをどうして俺が担当することになるんですか?」


 話を聞く限り、至極まっとうな監査依頼だ。わざわざ個人的に話を通してまで担当を指名する話だとは思えない。


「流出した文章が問題なんだよ。そのテキストに書いてある情報は学園内において非常に価値を発揮するものらしい。内容を詳しくは知らないけどね。『郷土研究部のメモ』って呼ばれるものらしい」


「郷土研究部のメモ?」


「まあ、名前はどうでもいい。問題はそのテキストが手に入れれば学園で力を持てるものであり、そのテキストがどこに流出しているかの情報がよりにもよってこのタイミングで外務会に知らされたことだよ」


「外務会に知らされたって問題はないじゃないですか」


 問題が分かっていながら、夏彦はかまをかけるつもりでそう言う。


 案の定、クロイツは顔をしかめる。


「意地悪を言うなよ。裏切り者ってのはどこにでもいるもんだよ。ある程度は、この情報は全ての会に流れたと見て間違いはない。それはいいよ、別に。その情報を知ってテキストを自分のものにしようとする奴らを排除するのも、外務会の役割だからね」


「その文章、取り戻した後はどうなるんですか? 外務会が保管ですか?」


「ああ、そうなるね。君が心配するように、そうなると外務会が貴重な情報を手に入れるようになる」


 にやりとクロイツが笑う。


「文句があるかい?」


「ありませんよ。司法会が裁判記録という貴重な情報を持っているのと同じです。それぞれの会が活動の結果として力を持ったり有利になるのは当然の話です」


「冷静だねえ」


 クロイツがこきこきと首を鳴らす。


「一年生でそこまで出世した君のことだ、てっきりテキストの話を聞いて、それに対する興味で熱くなるかと思ったけど」


 そのセリフに夏彦は思わず笑ってしまう。


「大体、あからさまに餌を見せつけるようなマネして俺に監査の担当させようって言うのが見え見えですよ。で、やっぱり問題はタイミングですか」


「ああ、このタイミング、選挙の真っ最中にこの情報が流れた。しかも、はっきり言ってこの選挙、生徒会長と副会長の代理戦争のようなものだ。生徒会長はともかくとして、副会長はね」


「副会長は、隙あらば狙っていく人みたいですね」


 夏彦はノブリス学園料理王決定戦のことを思い出す。

 あの時は、生徒会長の副会長への警戒心を利用して都合のいいように話を進めた。逆に言うならば、そうできるほどに生徒会長にとって副会長が油断できない存在だったということだ。


「この選挙、副会長にとっては生徒会のトップに立つことのできる大きなチャンスだ。ここで乱暴な手を打ってきてもおかしくない。ここに全てを賭けるというのも、そこまで分の悪いギャンブルというわけでもないからね」


「副会長が、そのテキストをかすめ取ろうと動くって言うんですか?」


 夏彦には信じられない。

 そんなことをすれば生徒会長になるならない以前に校則違反だし、公にならないようにうまく成功したとして、外務会から敵視されることは間違いない。

 あまりにも乱暴な手だ。


「なりふりを構っていない感があるよ、生徒会長になる千載一遇のチャンスだと思っているんじゃない? 現に、外の殺し屋を雇ったって噂まで流れてるからね」


「殺し屋?」


 あまりにも現実離れした単語に夏彦の声が裏返る。


雨陰太郎っていう結構裏の世界では有名な殺し屋らしいけどね。外の殺し屋雇うなんて噂が出るところから考えても、副会長が今回の選挙になりふり構ってないのが分かるでしょ」


「確かに……」


 副会長がそんな状況だったとしたら、このタイミングでのその文章の情報は、餓えた犬の前に肉を転がすようなものだ。

 クロイツが警戒する気持ちが夏彦にはようやく理解できた。


「手に入れれば選挙を有利に運ぶことができるかもしれない文書、生徒会副会長が少々乱暴な手を打ってでも奪おうとするかもしれませんね」


「だろう? ま、俺としてはどうでもいいんだけどさ、会としては、ねえ? だから、今回の活動の監査を君に引き受けて欲しいんだ。副会長へのプレッシャーになるからね。もし君が見張っている状況で妙な動きをすれば、君を敵に回すことになる。そうなれば、選挙で自分の派閥が勝つことは絶望的だ」


「ちょっとちょっと」


 夏彦は慌てる。


「俺はそんな力持ってませんよ。まるで、今回の選挙を支配してるみたいじゃないですか」


「まあ、確かに今のは言い過ぎたけどね」


 クロイツは体を起こして、座り直すと真剣な顔をする。


「でも、少なくとも周りから、君が今回の選挙に大きな影響力を持っていると思われてることは事実だよ。そう思われるような実績を君は持っている」


 だから、と似合わない真剣な顔のままクロイツは続ける。


「依頼の件もそうだけど、今回は個人的に忠告をするつもりでもあったんだ。ひょっとしたら、君個人も副会長やその他の選挙の利害関係人に狙われるかもしれないよ。案外、例の殺し屋も君を殺すために雇われたのかもね」


「やめてくださいよ、縁起でもない」


 夏彦はげんなりとする。

 どうして、厄介ごとが向こうから押し寄せてくるのだろう。


「まあ、殺し屋に殺されないように気を付けながら、今回の件の監査お願いね」


 ふっとやる気のないいつもの顔に戻ったクロイツは、そう言うとソファーに寝転がる。


「前向きに考えておきます……ところで、気をつけろと言われても、その殺し屋ってどんな奴でどう気をつければいいんですか?」


「それが分かってたら凄腕の殺し屋でも何でもないじゃない――ただ、結構自己顕示欲強いらしいよ。必ず雨陰太郎だって分かるように殺しを行うらしい。名刺でも置いていくのかな?」


「漫画みたいですねえ」


「とにかく、頼むよ」


「だから、前向きに検討しますって」


 果たして、クロイツの言ったことのどこまでが正しいのか、監査課のネットワークを使って確認しなければいけない。勘では嘘を言っていない気はするが、念のためだ。

 そう考えて、一応答えを保留する夏彦に、


「そう言わずにさあ、これあげるから」


 クロイツは無造作に何かを放り投げてくる。


 片手でキャッチしたそれを夏彦が確認すると、


「……何です、これ?」


 それは拳大の木彫りの犬だった。


「それ、彫刻みたいだけど実はパズルなんだよ。手足と首が回るんだ。正しい手順でしたらばらばらになるの」


「ありがとうございます」


 全然欲しくないのを隠そうともせずに夏彦は礼を言って、木彫りの犬をポケットに押し込む。

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