超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

厄介者1

公開日時: 2020年11月8日(日) 16:00
文字数:3,963

 放課後。授業が終わった直後。

 課長室に入った夏彦は、自分がまとめた資料を胡蝶に向かって放り投げる。


「あー……久しぶりねぇ……夏彦君」


 胡蝶は相変わらず眠そうな顔をしている。


「それは、課長があまり仕事に来ないからです。で、それが例の監査していた外務会と生徒会の揉め事の資料です」


「ふむふむ……なあるほど、確かにこれは、校則の解釈によって外務会が違反してるかどうか判断が変わってくる……わね。判例とかはないの?」


 話している途中で、眠くなったのか胡蝶はこくこくと船を漕ぎ出す。


「調べたし、部下にも質問したんですけど、このケースは初めてですね。新しく判断しないと。多分、今回のが判例になります」


「ううん……困ったわね……この校則の『必要最低限の外部への情報提供はこれを除く』の、必要最低限っていうのが……会の業務の必要最低限なのか、それとも……ぐぅ……」


 胡蝶は頭を揺らしながら呻く。相当眠いらしい。


「ええ、それとも学園の自主性維持のための必要最低限なのか、で話が変わってきますね。十二条との関係を考えればここは会の業務上の話だと解釈するのが妥当なんですけど、そうなると実務上の問題として、公安会の存在自体が校則違反になる可能性が……」


「ああ……うん……なるほど」


 聞いているのかいないのか、もはや胡蝶は目を開いていない。


「だから、ここは十二条の再解釈も視野にいれて判断するべきだと思うんですが」


「そうなると……監査課じゃなくて立法準備室の方に要請回さないと……」


「はい、ですからその許可を――」


 業務上の話は、その後もしばらく続く。

 日が沈みかけたくらいの時間になって、ようやく業務上の連絡、報告、相談が終わり、通常業務は終了する。


「うーん……そう言えば……ねぇ、選挙管理委員の会議……次回に向けては準備してるの?」


 もう帰宅しようと資料をまとめながら、胡蝶が質問する。手を動かしながらも今にも眠りそうなんだから相当だ。


「ええ、まあ」


 夏彦は曖昧に返事をする。

 会議の前にトラブルを利用して優位に立とうと画策するのが準備に入るのかどうか自信がない。


「どんな準備?」


「いや、それは、色々です。、まあ、他の会への工作とかもあるんで……そう言えば、課長はライドウ先、じゃなかった、副会長と古い知り合いなんですか?」


 話を逸らすつもりで夏彦が訊くと、


「んん?」


 びっくりしたように胡蝶は動きを止めて、ようやくその顔から眠そうな気配が消える。


「よく知ってるわね、そんな情報を。そうそう、ライドウとは学生時代からの仲よ」


「昔から、あんな感じだったんですか?」


 あんな感じ、というのは夏彦が感じているライドウのイメージを指していた。

 スマートで、いつも軽くさらっと物事をこなしながら、苦労を見せることなく上へと昇っていく。誰にも人当たりがよく、副会長になってもその柔らかい態度に変わることはなく、会内での人気は高い。会長があまりにも特殊だから余計にかもしれないが。


「いや……あんな器用に何でもこなしていくタイプじゃなかったわね。ましてや、副会長になるような器じゃあなかったわ。昔は」


 懐かしむように胡蝶は視線を上げる。


「それを言うなら、あたしも課長なんて柄じゃあないけどね……ああ、でも、ライドウはちょっと夏彦君に似てるとこあったから、ひょっとしたら、昔から少しは素質あったのかもね」


「俺に似てると、素質あるんですか?」


「だって、夏彦君は一年生で課長補佐じゃない」


「なるほど」


 そりゃそうだ、と夏彦は頷く。

 その結果については、自惚れでもなんでもなく、納得するしかない。





 思ったよりも早く会での業務が終わり、夏彦は暇になる。

 本来なら、暇な時間なんて作らないくらいに予定が詰まっているが、昨日あれだけ学園長にぼこぼこにされたのに今日も体や技を鍛えようとする気にはならなかったし、部活も休みだ。


 とはいえ、うろうろしていたら大倉に目をつけられるかもしれない。他の会の役職者がいない状態でそうなるのは百害あって一理なしだ。


 さっさと帰って、寮の部屋にでも閉じこもっておくか。

 そう思った夏彦がこそこそと辺りを窺いながら帰っていると、長身に癖のついた長髪という見覚えのある背中を見つける。


「サバキ」


「んー? ああー課長補佐」


 振り返ったサバキは、相変わらずの精悍な顔とそれに不釣合いな間延びした口調だ。草食動物のような優しそうな目も相変わらずだ。


「今、帰り?」


「まあねー。役に立たない上司二人の尻拭いがやっと終わってさー」


 一応は上司と部下という立場だが、サバキはそれで態度を以前と変えるようなことをしていない。


 夏彦も別に気にしていないので、この対等な関係はずっと続いている。


「そんな役に立たないか? 俺が困った時にはサバキに頼ってるのは否定しないけど。胡蝶が滅多に仕事に来ないことはもっと否定しないけど」


 自然と、二人で連れ立って歩く。


「どうなの、ほらー、選挙委員の会議って」


「誠心誠意努力中だよ」


「あれ、俺を推してくれないー?」


「そういう個人的な頼みは聞けないよ」


 ただでさえ、お前を警戒しろって学園長に言われてるんだしな。

 夏彦は心中呟く。


「あっ」


 そこで思わず声を出しながら夏彦は思い出す。

 そうだ、学園長のサバキについての情報、本当かどうか確認する作業を忘れていた。


「ん、どーしたの?」


「ああ、いや、別に」


 俺が無能なんじゃなくて、問題、トラブル、やらなくちゃいけないことが一気に増えたのがいけないんだ。

 と、夏彦は必死で自分で自分に言い訳する。


「ま、まあ、またサバキの人脈に頼ることもあると思うから、その時はよろしくってことで」


「それはいいけどさー」


 明らかに様子のおかしい夏彦を見てサバキは訝しげな顔をしている。


「でも、あれだけ人脈あるんなら、すぐに役職者にでもなれるんじゃないの? なったらなったで、面倒なことも多いけど」


 かまをかけるつもりで夏彦は言う。


「んー、そんな簡単な話でもないと思うけどさー」


 サバキはふらふらと体を揺らしながら歩く。


 そうして、二人が学園の外に出たところで、


「おお、夏彦じゃねぇか」


 夏彦にとって、聞き覚えがあるがこのタイミングで聞きたくなかった声がきこえる。


 強張った顔で恐る恐る声の方を向くと、相変わらず凶暴な面相をした大倉が近づいてくるところだった。


「奇遇だな」


 奇遇というが、どう考えても校門の近くで待ち伏せしていたとしか思えない。


「あ、ああ、どうも」


「何だよ、他人行儀じゃねぇか」


 目が笑わないままで口だけで笑みを作り、大倉がすぐ傍まで寄ってくる。


 他人行儀も何も、ほぼ初対面みたいなもんだろうに。

 夏彦は思うが、当然そんなことは口に出せない。


「噂には聞いてるからなぁ。相当優秀なんだろ?」


「いやいや」


 夏彦は謙遜しつつ、目でサバキに余計な動きをしないように牽制する。


 一緒にいるサバキをあえて完全に無視して大倉が話しかけてきているのは、ここでサバキが口を出したにしても先に帰ったにしても、どちらに転ぼうともサバキに言いがかりをつけるつもりに違いない、と夏彦は予想する。


 とはいえ、このまま黙っていたら今度は挨拶がない、とかいう理由でサバキに言いがかりをつけるかもしれない。最終的に、サバキと揉めてそのまま俺と揉めるのが目的だろう。

 夏彦はそう考えて頭を悩ませる。


「大倉さんですね、お噂はかねがね」


 と、サバキが口を出してきた。普段の間延びしたものとは違う、きっちりと丁寧な口調で。


「あん、てめぇ――」


 途端、大倉は剣呑な表情になる。いきなり口を挟みやがって、とでも因縁をつけるつもりだったのか。

 だが、その企みは続くサバキの言葉で有耶無耶になる。


「そちらの副会長、レインさんとは懇意にさせてもらってます。司法会監査課のサバキです、以後お見知りおきを」


 そう言ってサバキは頭を下げる。


「お、あ、おお……」


 気勢を削がれたように、大倉は戸惑いながら頷く。


「お、お前、レインさんの知り合いかよ」


「はい、よくしていただいています」


 そうして、話が途切れ、不自然な沈黙が三人の間に流れる。


「それじゃあ、これで」


 ここで別れの挨拶をすれば、さすがに何も起こらないだろうと夏彦は頭を下げる。


「あ、ああ」


 毒気を抜かれたような表情の大倉を置いて、夏彦とサバキはゆっくりと歩いて校門から離れて行く。


「……よし」


 最初の曲がり角を曲がった瞬間、夏彦とサバキは同時に走り出しす。


 夏彦は一刻も早く大倉から距離を取りたかった。

 どうやらサバキも同じ思いだったようで、二人は全速力で走り続ける。


「あの大倉と、何だか揉めてるみたいだねえ」


 全力で走っているだろうに、それを感じさせないのんびりした口調でサバキが言う。


「一方的に目をつけられているだけだよ」


 足を止めずに夏彦は答える。


「そっちこそ、どうして大倉のことを知ってるんだ? 知り合いか?」


「初対面だけど、有名だからねー。凶暴な喧嘩屋でしょ。で、そいつがレインって風紀会の副会長だけには頭が上がらないってことも知ってるんだー」


「おお、それは俺も聞いたな。けど、お前が風紀会の副会長と関わりがあるとは」


「あるわけないじゃなーい」


 サバキは全力疾走でふわふわと笑う。


「えっ、じゃあ、あれ、はったり!? ごほっ」


 あまりのことに夏彦は大声を出してしまう。走っている上に大声を出したせいで、呼吸が乱れて咳き込む。


「どう見てもいちゃもんつけようとする感じだったから、何とかその場を切り抜けようと嘘をついたんだよね」


 悪びれもせずにそう言うサバキの目には、共犯者めいた笑いがこめられている。


「ああ、助かったよ」


 夏彦は苦笑する。

 しかし、とうとう仕掛けてきたか。この分だと、近いうちにまた同じようなことがあるのは確実だな。

 夏彦はうんざりとしつつも、その一方で喜びを感じた。

 なら、こっちからも本格的に仕掛けていくか。

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