超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

料亭での密談2

公開日時: 2020年11月3日(火) 16:00
文字数:4,009

 するすると瞬く間に二個、三個と牡蠣を平らげて、学園長は話を続ける。


「二人とも知り合いだろう? 虎は君の友人だし、サバキは同じ会の同期で現在は部下だ」


「ええ」


 夏彦は二人のことを知っている。だからこそ、その名前が出てきて驚いたのだ。


「しかも、だ。二人とも、君を利用する形で力をつけてきている」


「俺を、利用?」


 どういう話か見当もつかず、生牡蠣を流し込んで夏彦は首を傾げる。


「君が急激に力をつけていることは言っただろう。その君への注目度を利用して彼らは力をつけている。君の部下、サバキが現在どういう状況かは把握しているかね?」


「さあ……サバキが同じ一年生だけど優秀なのは知ってますよ。色々な会に人脈がありますし」


 夏彦は、サバキの精悍な見た目と、それと裏腹な間延びした口調を思い浮かべる。


「そうだ。その人脈の話だ。君は嫉妬の対象になっている、特に同じ一年生からな。まあ、仕方がない。急激な出世とはそういうものだ。君だって、ある程度は覚悟の上だろう?」


「まあ、それは」


 茨の道、というのは覚悟の上でここまで上がってきた夏彦には、今更の話だ。


「サバキは元々の知り合いから、君に嫉妬する連中、君を超えてやろうという野心を持っている一年生に手を広げ、会を超えた巨大な派閥をつくり出した。もっとも、派閥の構成員は君への嫉妬で結びついているとは意識していないだろうね。上を目指す一年生の集まり、位にしか思っていないよ。だが、外から見ればそこに君への嫉妬が内在しているのは一目瞭然だがね」


 皮肉っぽく言うと、学園長は生牡蠣を掴みあげて、口に運ぶ。


「サバキの利口なところは、奴は派閥を作り上げたものの、決してその派閥の中心人物という顔をしていないことだ。そんな顔をすれば、嫉妬の対象が自分になることを理解しているんだろう。中々賢い」


「ただ単に、あいつがそういうタイプじゃあないってだけじゃないですか?」


 夏彦にとっては、サバキは優秀であるが、押しの強い奴という印象はない。口調のためか、常にのんびりとしている印象がある。


「それも否定できんがね。さて、頼みの一つ目はそのサバキに関するものだ。サバキは、選挙管理委員の候補者リストに入っているだろう?」


「はい。監査課ですし、優秀ですから」


 サバキを外す理由がなかった。


「私は、リスクマネンジメントの観点から、それをオススメしない。理由は言わずとも分かるな?」


「ええ」


 夏彦は頷く。

 つまり、サバキの派閥の中には、当然ながら役員になってやろうと虎視眈々の生徒会の一年生も存在するわけだ。そんな奴を、不正を絶対に防ぐべきこの選挙の選挙管理委員にするわけにはいかない。

 下手をすれば、その部分を他の会につつかれてやり込められるかもしれない。

 だが。


「教えていただいたことには感謝しますけど、実際にどうするかは俺が決めますよ。あくまでも、司法会のことを決めるのは司法会です。それに、このことで貸しを作ったと思われても困ります。最終的に候補者を絞る時点で、当然候補者のことは個別に調査しますから、どのみちそうなればその派閥のことも分かります」


 学園長の話に今のところ嘘はないように思える。だが、それでもその話に乗ってやるかどうかは別だ。


「分かっている。このことで行政会が司法会の上に立とうなどという意図はない。ただ、一応私の頼みを頭の片隅に入れてもらえば結構だ」


 食べ終えた牡蠣の殻を無造作にテーブルに放り出し、学園長は身を乗り出す。


「さて、もう一つの頼みだ。こっちが本題なんだが、虎の話だ。虎、形式上は私の部下にあたるが、奴は今や脅迫屋だ」


 脅迫屋、という単語に奇妙にも親近感をこめて、学園長は言う。


 衝撃的に思えるその発言を聞いても、夏彦は動揺しなかった。何故かは自分でも分からない。どうやら本当のことらしいと勘で分かっているのに、それでも特に心が揺れない。


 いや、正直なところ、最初に頭に浮かんだ感想は。

 あいつらしいな、だった。


「行政会では会同士のバランス調整も業務のうちだ。だから、他の会の秘密を知ることも多い。とはいえ、通常は彼のような役職なしが秘密を知る立場にはならないのだが――きっかけがあった」


 そのきっかけには、夏彦にも心当たりがある。


「料理コンテストの時の話ですね」


 あの時、虎は夏彦の知り合いだということで通常知るはずもない情報を知っていた。いや、知ってしまった。


「勘がいい。そう、あの時に知った生徒会や司法会の弱み、それを使って脅迫して、金と別の人間の弱みを握って、その新しい弱みと金を使ってまた脅迫する。虎という男はそれを繰り返している」


「いやいや、大して力を持っていない新入りがそんなことしたって、潰されて終わりでしょう」


 それでうまくいくなら、監査課なんて脅迫屋だらけになってしまう。他の会の秘密を知れる部署は数は少ないとはいえいくらでもある。


「ふむ、まだ君は自分のことをよく分かっていないらしい」


「え、俺ですか?」


 どうしてここで俺の話になる?


「確かに、ただの脅迫屋だったら潰されて終わりだろう。だが、奴は君の知り合い、急激に力をつけていると注目されている人間の知り合いだ。ちょっとした悪さなら、見逃してやろうということになる。その悪さをなくすよりも、重要人物との繋がりを保持する方を選ぶ。虎も、そこら辺を見越した上でやってるんだろうがね」


「はあ、なるほど。でもそれは、ちょっとした悪さの場合、でしょう?」


 急激に力をつけると表現されるレベルまで、脅迫で弱みと金を集めたら見逃されてるわけはない。


「だから、奴は最初はちょっとした悪さをして小金とちょっとした弱みを集めるだけのケチな脅迫屋だった。君との繋がりに隠れる寄生虫みたいなものだった。だが、ちょっとした弱みも、組み合わせれば爆弾になる。小金も集めて使えば人を動かせる」


 笑みを含んだ目で上目遣いに睨みながら、学園長は生牡蠣をすする。


「泥水をすすりながら虎は大きくなり、いつの間にか潰せば毒が撒き散らされるような厄介者になっていた。もう、少々のことでは潰せない。そして虎は、どの程度なら自分が潰されないかを分かった上で、そのラインギリギリで大きくなり続けている」


「わらしべ長者みたいですね」


「あんなポジティブな話ではないがね……どうした、手が止まっているぞ。この『みなかた』は牡蠣が美味いので有名なんだ。もっと食ったらどうだ」


「いや、もうお腹一杯です」


 相変わらず皿の上にかなりの量が残っている生牡蠣を見ながら、夏彦は腹をさする。

 腹が膨れただけではなく、一気に生牡蠣を食べたため胸焼けをしていた。


「そうか?」


 残念そうに学園長は日本酒を一口含み、また生牡蠣を次々と口に運んでいく。


「まあ、私の頼みは単純だ。虎を止めてくれ。さすがに目障りになってきた」


「……それを、俺に言いますか?」


「うむ。別におざなりな人選というわけではない。第一に、君と虎は親しい。第二に、君によってそれをすることで、脅迫屋と君とは結託していないというアピールになる。当初、奴が君との繋がりを盾に大きくなったことを忘れてはいけない」


「具体的に、どうしろと?」


 夏彦は受けるべきかどうか考える前に質問をする。混乱している。まず、自分がこの依頼についてどう感じているのかが分かっていない。時間稼ぎだ。


「君が虎の弱みを探れ。虎を潰せるくらいの強力なものをな。別に難しいことではなく、君の業務を――つまり、監査をすればいい。ただし、虎に対して、個人的にな。虎は様々な会を脅迫している。大義名分は充分だろう。なに、一撃入れてくれれば、後始末はうちの会がやる。多少の犠牲は覚悟で、奴を斬るさ。というより、監査課から指摘されれば斬らざるをえないだろう」


 毒を被るのが嫌で虎を斬るのを躊躇っている連中を、監査課からの指摘で無理矢理動かすのが狙いか。

 なるほど、と夏彦は納得すると共に、学園長の会での立場についても推測する。

 そんな手を打たないと会の連中を動かせないということは、どうも学園長の会での力はそこまで絶対的なものというわけでもないらしい。

 もしくは、行政会内で派閥争いでも激化していて、無理に動きたくないのか?


「俺にメリットは?」


 別のことを考えながら、夏彦は尋ねる。


「ふむ。もちろん行政会としては君に借りができる。それに、他の会の不正を潰したということで君本来の業務としての評価もされるだろう」


「気が進みませんね。友達を裏切るようで」


 少しわざとらしく夏彦が言うと、


「くく」


 と学園長は喉を鳴らして笑い、生牡蠣を食べる。


「心にもないことを言うな。もちろん、今回の選挙管理委員について、司法会に肩入れするように彩音には言っておく。どうだ?」


「悪くないですね」


 言いながら、夏彦はこの話を受けることを決めている。

 虎を裏切るということの罪悪感は全くなかった。どうしてなのか分からず、最初は戸惑っていたが、どうやら虎という男のキャラクターに原因がある、と夏彦は自分で結論をだした。虎が脅迫をしていると聞いても衝撃を受けなかった理由と同じだ。


「まあ、とにかく食え」


「いや、だからもうお腹一杯ですから。それより、お茶をもう一杯欲しいですね」


 夏彦は虎という男を、よく知らない。入学した時からの知り合いだというのによく知らないのだ。そして、夏彦は虎をある意味で本物の獣の虎と同じように考えていた。

 見た目が派手で陽気、乱暴で自分の欲望に忠実。そして危険。コミュニケーションはとれるが、いつこちらに噛み付いてくるか分からない。

 だから、殺した方がいいなら殺すだけだ。

 夏彦はそう考えている。


 だが、と夏彦は不意に自分のことがおかしくなる。

 にも関わらず、夏彦にとって虎は、表面上の友人関係ということだけではなく、やはり友人だ。一方的かもしれないが、友情を感じてはいた。

 妙なものだ、と夏彦は思いながら、虎の監査をどう進めたものかと思案をめぐらせる。

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