超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

ノブリス学園料理コンテスト決勝1

公開日時: 2020年10月18日(日) 16:53
文字数:4,222

 さすがに事情を選手に全て話すというのはまずい、特に一般の生徒には。

 それが夏彦とつぐみの共通認識だ。

 なので、聞き込みする際にもある程度は誤魔化しつつ行おう、と打ち合わせをしながら、二人は休憩中の選手の姿を探す。


 しかし、見つからない。

 それも当然で、休憩中とはいえ会場では多くの人が歓談している。この中で特定の人物を探すのは中々に骨が折れる。


 休憩時間は限られているのに、と夏彦は焦るが、焦ったところで見つかるわけもない。


「夏彦君は、あの仮説の通り、選手に犯人側がいると思ってるの?」


 歩き回り、きょろきょろと辺りを見回しながら、つぐみが訊いてくる。

 彼女もかなり焦っているようだが、それはそれとして話をする程度の余裕はあるようだ。


「ん? ああ、あの仮説は生徒会長を説得するためのものだからな、どうだろ? 選手に後ろ暗い奴がいる確率は、まあ、五分五分くらいじゃないか?」


「また適当な……ん?」


 きょろきょろと動いていた視線を一箇所に止めて、つぐみは目を見開く。


「四人で食事でもして、今戻ってきたみたいね……ほら、あそこ」


 つぐみの指差す方向を見ると、出入り口の一つから談笑しながら会場に入ってくる四人組の姿が夏彦にも確認できる。


 アイリス、タッカー、律子、秋山。


 四人の姿を見て、時間がないと焦っていた夏彦は急いで駆け出す。つぐみも少し遅れてそれに続く。


「おーい」


 夏彦が叫ぶと、四人はすぐに気がつく。


「お、審査員お疲れ様っす」


「あ、あ、夏彦、君……」


 まず二年生組が夏彦とつぐみに駆け寄ってくる。


 アイリスとタッカーは、何か揉めているらしく、お互いに言い合いながらゆっくり歩いて近づいてくる。


「あれ……あの二人どうかしたんですか?」


 追いついてきたつぐみはアイリスとタッカーが気になるらしく、すぐにそう訊く。


「ああ」


 秋山は振り返って、後ろで言い合ってる二人を確認して苦笑する。


「予選で出した料理について、お互いに納得いってないみたいなんすよ。食事中もずっと言い合ってたし」


「仲良きことは美しきかな、ですね……にしても、どちらの組も予選通過なんて凄いじゃないですか。あの、律子さん」


 できるだけにこやかに夏彦は律子に話しかける。


「ふぁ、は、はい、な、何?」


 話しかけられて、律子はびくりと体を震わせる。


「律子さんが予選で作ったナポリタンって、ひょっとして魚介系の出汁の入った和風のやつじゃないですか?」


 まずは世間話から、と思い夏彦は話を振ってみる。捜査中だと勘づかれるわけにはいかない。

 予選で印象に残ったナポリタン、それが和風であるように感じたから、何となく和食を得意とした律子を思い出した。

 なので、ほとんどあてずっぽうのつもりで言ったのだが、それを聞いた律子は目を丸くする。


「す、凄い、凄い、ど、どうして分かったの? うん、そう、かつおと昆布の出汁を入れたの、ナポリタンに!」


 珍しく声が大きい。


「ほら、やっぱり分かるもんだって。あのナポリタン、和風で律子っぽさが出てたし美味かったから食べたらすぐ分かるって、俺言ったじゃないすか」


「お、美味しいって……へ、へへへ……秋山君、やめてよ、て、照れるし……」


 にまにまと締まらない顔をする律子を見て、夏彦は安心する。

 どうやら秋山と律子も良好な関係を築けているようだ。


「ところで、お二人にちょっと質問したいんですけど--」


 笑顔を浮かべたまま、つぐみが切り込んでいく。


「この大会って、優勝賞金凄いもらえるじゃないですか。誰か、妙な動きしている人とかいませんでした?」


「へ? 不正ってことすか?」


 意外なことを聞いた、と秋山は口を開ける。

 あれだけ料理について真摯な態度だったつぐみがそんなことを言い出すのを不自然に感じたのかもしれない。


「い、いや、ほら、皆さん頑張ってるみたいだから、それに誰か茶々入れるようなことしたら嫌だなーって。あたし、一応会場の警備担当だし」


 不審がっている秋山に、慌ててつぐみが言い訳をする。


「ふーん、まあ、そういうこと考える奴がいてもおかしくないっすけど……別段、俺らの周りではおかしなことはなかったかな……律子はどうすか?」


「えっ、な、何も、なかったと、思う、けど……」


 ふむ、と夏彦はこっそりと腕を組んで考える。

 律子さんはコミュニケーション能力には難ありだが、別に勘が鈍かったりするわけじゃあない。この人が何も気づいていないということは、そこまであからさまに怪しい動きをした奴は、少なくとも律子秋山組の近くにはいなかったと考えていいか。


「おーい、ちょっと、そこのカップル」


 次にアイリスとタッカーに話を聞こうと夏彦はまだ言い合ってる二人を呼ぶ。


「ン? 何?」


「ああ、ごめんね、こいつが分からず屋でね」


「どッチが。あト夏彦君、別にカップルじャナいから」


 文句を言い合いながら二人が寄ってくる。


 気を使ったのか、律子と秋山が入れ替わりに下がっていく。


「何をそんなに言い合ってるんだよ?」


 夏彦が気になって訊くと、


「ああ、予選の時の料理、貧乏臭いから俺やめろって言ったんだよね」


「失礼ダと思わナイ?」


 タッカーの発言にすぐアイリスが食いつく。


「うるさいなあ……ほら、俺たちが孤児院出身だってことはもう言ったよね?」


「ああ」


 孤児院のこと自体はつぐみたちも聞いているのか、返事をした夏彦以外は大人しく聞いている。


「そこでよく、他の子たちにアイリスが作ってあげてた料理を予選で出したんだよね。お金がないから、材料費をけちって豆腐と鶏ミンチで作ったハンバーグだね」


 ああ、あれか。

 夏彦はその料理のことを思い出す。

 なるほど、確かに材料費もあれなら抑えられる。コストのことまで考えて審査していなかったから気がつかなかった。


「ケチった言ウナ。工夫ト言え」


「それじゃあ、あのハンバーグは思い出のレシピだったんだ」


 思うところがあるのか、つぐみは柔らかく微笑む。


「思い出ね、そうだね、確かにね。懐かしいね。他が年下ばかりだったから、俺がお兄さんでアイリスがお姉さん。アイリスは他の子ども笑わせようとしてロボットのマネばかりして、癖が抜けずに未だにロボットだもんね」


「ウルさい」


「ロボット口調ってそんな由来があったんすか」


 感心したように秋山が話に入ってくる。


「へえ、なるほど。確かに、子どもには結構受けるかもな、そんな喋り方で動作もちょっとロボットっぽくすれば」


 夏彦も少し感心する。

 てっきり、単に変わった趣味の女だとばっかり。人に歴史ありだ。


「ま、マア、そんなこともアッタけど」


 と珍しくアイリスは顔を赤らめる。


「思い出すね……晴れの日の夜はいつも、孤児院の庭にあったテーブルでロボットアイリスが工夫した安い料理を子どもたちに振舞ってたね」


「子どもだけじゃなくテあンタも料理食べテタでしょ、あト安イ料理じゃナクテ、工夫しタ家計に優シい料理ネ」


「あの外での夕食、夏は虫に刺されるし冬は寒いしで俺はちょっと嫌だったんだけどね。何度文句言っても外で食べようとしたよね」


「イイデしょ、星が綺麗なンダカら。満点の星空の下、アタシの料理を食べル。こレ以上の贅沢ガアる?」


「普通、そこで自分の料理を最高の贅沢のうちに入れないよね」


「タッカー、さっきからウルサい」


 ぎゃあぎゃあと文句の言い合いは続くが、夏彦には思い出話を肴にいちゃついているようにしか見えない。


「その話はおいといて、ちょっといいか?」


 あまり無駄話している時間もないので、本題に入る。


「本題? アア、ありガトウ」


「何だよ、突然礼なんか」


「エ? 本題ッテ本戦出場のお祝イじゃなイノ?」


 ああ、確かに普通に考えたらそれが本題だと思うか。

 夏彦は納得して、


「いや、それもあるけど、別の話だ」


 そうして夏彦は、律子や秋山の時と同じ質問をしてみる。


「うーん……変な動きをしてる人なんていなかったけどね」


「あたシは、料理に集中シテてあまり周り見テなカッタなー」


 二人とも嘘をついている様子はない。

 空振りか、と夏彦は落胆する。


「そうよね、本戦に出るくらい一生懸命料理作ってるんだもんね……ねえ、本戦で、ひょっとしたらアイリスとタッカー君って、律子さん秋山さんと戦うかもしれないんだよね?」


 眼鏡をくいと指で押し上げて、つぐみが言う。


「うん、そうだね。同じグループになったらね」


 ちらちらと後ろの律子と秋山に目をやりながらタッカーが答える。


「やりにくいであろうけど、正々堂々やってよね、二人とも。約束よ」


 にっこりと、まるで邪気のない笑みのつぐみ。


 だが本能的に危険を感じて夏彦は思わず一歩退く。


「そうね、正々堂々やりマショ」


「うん、そうだね」


「ええ、約束よ」


 妙にしつこく、つぐみが約束にこだわる。


「分かったね、約束ね」


「ウンウン、約束」


 少し呆れたように笑って、タッカーとアイリスが言う。


 そのタイミングで、夏彦の携帯電話が鳴り出す。


「ん?」


 液晶を確認するが、見たことのない電話番号が表示されている。


「もしもし」


 誰だ、このタイミングで?

 不審に思いながら夏彦が電話に出ると、


「ああ、もしもし、夏彦君? コーカです」


「――ああ」


 反射的にアイリスとタッカーの顔色を伺い、話の内容が聞こえないようにそろそろと離れる。


「もしもし、どうしました?」


「問い合わせの結果が出たので、報告までと思いまして」


 早い。

 夏彦は驚くと共に喜ぶ。

 これで、本戦に間に合う。

 だが、続くコーカの言葉はその期待を裏切る。


「ただ、残念なお知らせです。決定的な情報にはなりませんでした。味覚を操作できる可能性のある能力者は、風紀会に一人、行政会に二人、外務会に一人。計四人です。そのうち、大会に関してアリバイが成立して、確実に不正に関与していないのが一人。残り、犯人候補が三人いるので、誰が犯人とも確定できませんし、氏名も明かされませんでした」


 それを聞いて、


「ああ……」


 と夏彦は嘆息する。

 そうか、犯人でない可能性がある程度高くないと、名前を明らかにされることはないか。無実の罪で限定能力を明かすわけにもいかにものな。


「それぞれの会に、その該当する能力者に関して調査をお願いしているけど、本戦には間に合わないのはもちろん、下手したら大会終了までそっちの方向での解決は間に合わないかもしれません」


 つまり、限定能力を材料としての犯人捜しを本戦までに間に合わせるのは絶望的だということか。


「お役に立てず申し訳ありません」


「いえ、わざわざありがとうございます」


 電話を切って、夏彦は頭を抱える。

 どうしたものか。

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