超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

ロボット少女1

公開日時: 2020年10月1日(木) 22:34
文字数:4,316

 月初、ついに1-10クラスに配属されて初めての登校日がやってきた。さすがに色々と慣れているので、入学式の時と比べれば雲泥の差の緊張ではあるが、それでもやはりある程度は緊張するものはする。クラスメイトも全員変わる。虎もつぐみもいないのだ。


 多少緊張しながら教室のドアを開けると、結構な人数が既に席についていた。さすがに、これまでのクラスとは違って出席率が高い。7割程度だろうか。


 だが、夏彦が予想していたような疎外感のようなものはなかった。自分ひとりが知り合いがおらず取り残されて、周りは皆楽しそうに喋っている、というような光景を想像していたが。

 実際には、ほとんどの生徒が教科書、参考書を机に広げて自習していたり、窓の外の景色を見ていたりだ。


 そうか、ほとんど皆、自分と同じ立場というわけだ。

 夏彦は察する。

 クラス替えの試験で、この1-10クラスの生徒も大量に入れ替わったのだろう。基本的に、上のクラスの方が入れ替わりが激しそうな気がする。上にいるのは皆、上昇志向の強い奴らだろうし、逆にやる気がなければすぐに落ちていく。

 つまり、入学して一ヶ月経ったというのに、このクラスの生徒はほぼ全員が初対面ということだ。


 やがて見覚えのない教師が入ってくる。担任なのだろう。

 そうして朝の朝礼が始まる。




 昼休憩になっても、夏彦には一緒に食事に行く友達がいない。さすがに携帯電話で呼び出してまで虎やつぐみと食べる気にはならない。

 別に一人で食べることにそこまで抵抗もないので、学食に行くか、と席を立つ。

 さすが上位クラスというべきか、出席している生徒のほとんどは、昼休憩になっても席から動こうとしていない。教科書、参考書を読みながら携帯食を食べる者、校則集を片手にサプリメントを飲んでいる者、果ては背筋を伸ばして瞑想している者までいる。


 ひえー、凄い。

 素直に感心しながら教室を出ようとしたところで、


「ちょっと」


 と声をかけられる。


 クラスメイトの一人だった。

 女子生徒だ。赤っぽい髪の毛をポニーテールにしている。背は低めだが、少しだけ釣り気味の大きな目といい、つんとした形のいい鼻といい、元気の塊のような印象を持たせる少女だった。


「ご飯、食べニ行くんデスか?」


 妙なイントネーションで少女は言う。

 夏彦はテレビの地方紹介番組ですら、こんな妙なイントネーションを聞いたことがなかった。下がるべきところが上がり、上がるべきところが下がっている。よく調整されていない合成音声みたいだ。


「そう、だけど」


「あたシも、つイテいくワ」


「えっ……いや、別にいいけど」


 まさか。

 夏彦は愕然とする。

 ついに、いわゆるモテ期が到来したのだろうか。一生のうちに三度あるという。

 そろそろ一回目が来るんじゃあないかと予想はしていたが。

 ただ、悲しいことに、勘が「そういうことじゃないぞ」と叫んでいる。


 ともかく、こうして、二人で学食に向かうことになった。





 少女はアイリスと名乗った。

 学食で、夏彦はカレー、アイリスはハンバーグ定食を頼んで、二人はテーブルに向かい合わせで座る。


「……」


「……」


 何となく、お互いに相手を窺っていて、食事に手をつけられない。


「あの、アイリスだっけ?」


「はイ?」


「その、初対面の人にこういうこと言うのは非常に失礼だと思うんだけど」


「ハい?」


「喋り方、ちょっと、その、変わってる、よね?」


 決死の思いで夏彦が言うと、


「ああ、ダって、アイリスはロボットでスカら」


 マジかよ。

 夏彦は仰天する。

 どう見ても人間だけど、ノブリス学園にはこんな、人間そっくりのロボットまでいるのか? いや、これはアンドロイドって奴じゃあないのか? 食事もとるわけだし、アンドロイドだな、さては。凄い、凄すぎる。六つの会とか限定能力リミテッドアビリティとかでも驚いたけど、まさか科学力でもここまで常識外れだなんて。


「アれ? その顔、ひょっとシて、信じたノか?」


「えっ」


「ンナワケないでショ――子ドもの頃に、ロボットに憧れテイて、ロボっぽい喋り方ヲシてタの。こレハその名残ってイうか、癖になっテトレなくテ」


 何だ、ただの変人か。びっくりして損した。この程度の変人なら見慣れている。具体的には律子さんとか。


「ふうん」


 さて、と夏彦がスプーンを手にしたところで、


「待っテ」


 と例のイントネーションの不思議な言葉で、アイリスが夏彦の手を止める。


「え……何?」


「カレーを……こレカら食べルノよね」


「そりゃ、そうだけど……そっちだってハンバーグ食べるんだろ?」


「食べナがら、ナルべく美味しそウに描写しテクレない? グルメレポーターみタイに」


「え?」


 突然の、しかしつい先日ライドウで要求されたのと同じような発言に、夏彦はその時の会話の続きを思い出す。





「君を、監査課に配属したいんですよ、というか明日、月が替わったら配属されます」


 昨夜、ライドウはそう言った。


 監査課。司法会に存在する課のひとつで、他の課が校則に違反することがないか監査することを目的とした課だ。

 風紀会は校則違反が明白になったり事件が起こった時点で、捜査や取締りに動くが、監査課は校則違反がされていない状況で、違反が起きないように監査するのが目的だ。つまり他の会に口出しするのが仕事であり、平等を旨とする司法会だからこそ許される業務だ。


 そういう意味では、監査課はかなり公安課とも役割が被っているが、決定的な違いもある。

 司法会は、監査課について情報を公開している。つまり他の会が「今、どの会の誰を監査しているのか」とか「監査課に配属されているのはどんな連中なのか」ということを知ることができるのだ。


 要するに、監査課は牽制の意味合いが強い。監査中だというのに危ない橋を渡る馬鹿もいない。

 しかし、それにしても他の会に積極的にくちばしを突っ込んでいることに違いはない。はっきり言って他の会との摩擦が一番起こりやすい難しい課であるため、配属の際には能力のある人間が選ばれ――だからこそ、そこでうまくやれば出世コースに乗ると噂の課でもある。


「どうして、俺が?」


 それを知っているからこそ、夏彦には合点がいかなかった。


「いえ、簡単な話ですよ。ほら、例の事件で、夏彦君は活躍しましたし怪我までして命の危険すらあったでしょう? はっきり言って、あの事件の主犯が所属していた風紀会と生徒会は、あなたにかなり借りがある状態なんですよ」


「その二つの会に対して、摩擦が起こりにくい状態ってことですか」


「ぶっちゃけそうですね。ただ、あの課は出世コースですしエリートしか入れません。新入生がいきなり配属されることもないわけじゃあないですけど、毎年一人か二人です。だから、そこに配属されるには当然、能力を示さなくてはいけません」


「あっ」


 それでようやく、夏彦はこれまでのライドウの指示に思い至った。


「下級裁判人の資格を取れとかって、そのためですか?」


「ええ。先の事件で活躍したとはいえ、それだけではさすがに監査課に推せないんですよね、周りの目もありますし。それで課題を与えたわけですが、夏彦君は見事達成してくれました。これで、私が推せば配属させられます」


「ライドウ、先生……」


 そこまでして、自分を出世コースに。

 感動して、夏彦は声を詰まらせた。


「監査課に手駒がいてくれると凄い便利なんですよね」


「……そうですか」


 乾いた声、棒読みで夏彦は返事をした。

 感動を返せ。


「で、それとさっきのグルメレポーターみたいなのと料理コンテストが何の関係が?」


「君は、ノブリス学園料理コンテストについて、どのくらい知ってますか?」


 そう言われても、夏彦としては何も知らないに等しかった。

 この数日、二週間後にその大会が開催されるというので廊下にぺたぺたとポスターが貼られているので、存在は知っていた。それだけ。

 後は、全て推測だ。


「二週間後に開催されるんですよね。で、字面からして、料理の大会でしょう? あと、多分こういうイベントって仕切りは生徒会なんじゃないですか?」


「おお、正解です。すばらしい。ええ、実はそこに予備審査員として参加して欲しいんですよ。さっきのグルメレポーターの練習は、そのための資質を試したと思ってください」


「いや、だから、どうして予備審査員に?」


 夏彦は料理にはまるで詳しくない。

 家で自炊するといえば、冷えたご飯に納豆、豆腐、そして梅干をぐしゃぐしゃに混ぜたものをかけて食べる「大豆丼(命名・夏彦)」くらいだというのに。ちなみに、気持ち悪がられるかもしれないと思ってその料理のことは今まで口外していなかった。


「予備審査員をしながら、料理コンテストの監査をして欲しいんですよ、監査課配属後の初仕事としてね」


「はあああ?」


 思わず大きな声が出てしまった。

 意味が分からない。どうして、料理の大会を監査する必要があるんだ。


「料理の大会を勝ち抜くために校則違反とかが起こるっていうんですか? 限定能力使ったりとか? ありえないでしょ」


 学園の公式な大会等での限定能力の使用は禁止。

 また緊急かつ重大な目的のためでなければ一般の生徒の前での使用も厳禁。

 校則にはそう書かれてはいるので、料理の大会も監査の対象になるかならないかで言えば、それは一応なるのだろうが。

 校則違反する奴がいないだろう、大体。


「それがありえるんですよ……夏彦君、大会のポスターをちゃんと読みましたか?」


「いえ、ちゃんとは読んでないですけど」


 ひょっとして、小さな文字で何かとんでもないことでも書いてあるのだろうか。

 

 そして、その夏彦の予想は当たった。


「ノブリス学園料理コンテスト――優勝賞金は、一千万です」





 回想を打ち切り、夏彦は目の前のアイリスに意識を集中する。

 このタイミングでグルメレポートの練習をさせるとは、ひょっとしてこいつ、俺の同僚? 司法会監査課なんじゃないのか?


 どういうことだ、と夏彦はアイリスをじっと見る。


 すると、アイリスも見つめ返してくる。


 視線を外すタイミングを逃して、スプーンを持ったまま夏彦はアイリスとじっと見つめ合うはめになる。


 なんだよ、これ。


「――うっ!?」


 突如として、夏彦は寒気を感じる。

 殺されたかけた時ですら感じなかったような、絶対零度の寒気。背筋が、文字通り凍りつくようだ。

 一体、何だ? まだ、『最良選択サバイバルガイド』を使用してもないのに。


 危険を感じて夏彦が辺りを見回す。


「……あ」


 その寒気の原因は、二人が座っているテープルのすぐ横に立っていた。夏彦がうかつにもいるのに気づかなかったのが不思議なくらいの近距離に。


 きっと、偶然通りかかって、さっきの夏彦とアイリスが見つめ合っている場面も、しっかりとこの近距離で目撃していたのであろう。


「……夏彦君」


 律子が、瞳孔の開いた眼でぬらり、と夏彦を凝視している。

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