思い出す。
タッカーが敵なのか、と思った途端、夏彦の脳裏にはかつての光景がほとんど強制的に思い出される。
はっきり言って、タッカーとはつい最近出会ったばかりで、大した付き合いがあるわけでもない。それなのに彼が敵であることをここまで夏彦が苦々しく思ってしまう、おそらくはその理由の一つでもある光景。
第三料理研究部での、一幕。
車座になって座り、皆で料理をつつきながら、話題はノブリスネームになった。
「そういや、夏彦って、本名夏彦なのか? ああ、もちろん答えたくなかったら答えなくていいぜ」
そんな虎の一言がきっかけだった気がする。
「ああ、そうだけど」
「適当な奴だなー…………あのな、わざわざノブリスネームなんてシステムがあるのは、個人情報握られて外の家族親族友人恋人を人質に取られたりとか弱み握られないようにするためだぜ。ここで上を目指すなら個人情報につながるようなものをノブリスネームにしちゃやばいだろうによ」
呆れながら口いっぱいに虎は料理を詰め込んでいく。
「まだいいっすよ。俺なんて大して考えずに姓の方を名前にしちまったんすよ。まあ、そこまで珍しい名前でもないからいいっすけど」
「た、確かに…………私もあまり考えずにそのまま名前をノブリスネームにしちゃったけど…………そこまで、珍しい名前じゃなくて本当によかった」
上品に一口ずつ料理を口に運びながら律子が入ってくる。
「ああ、律子さんも名前なんだ。俺、オリジナルのノブリスネームかと思ってた。己を律する、とか、律子さんっぽいし」
夏彦の感想に、
「え、え……うへへへ」
戸惑ったあと、少し気持ち悪い笑い方をする律子。
「虎、つぐみ、アイリス、タッカーとかは…………もちろん本名じゃないよな?」
一応、夏彦は確認する。
「そりゃそうだろ。俺は好きな動物」
虎の答えに、超シンプルだな、と夏彦は感心する。
「私もそうね。私のノブリスネームは好きな鳥。これにするかオムレツにするかで迷ったわ」
「はは、冗談でしょ…………冗談だよね?」
つぐみの顔が真剣そのものだから夏彦は仰天する。
つぐみじゃなくてオムレツって呼ばなきゃいけなかったかもしれないのか?
「アイリスとタッカーは?」
と、話を何の気なしに振ってみると、
「あっ、そう言エばアタしタッカーの知らナイ」
「アイリスの改めて聞いたことなかったな」
と互いに言っている。
嘘だろ幼馴染だろ、と夏彦は驚く。ドライというか、なんと言うか。
「アイリスってイウのは、花ノ名前」
それくらいは夏彦も知っている。
「花言葉ハ希望だから、いイカなと思って」
結構普通の理由だな。
夏彦は拍子抜けする。ロボットなんだから(いや違うが)、ロボットに関係あるノブリスネームにすればいいのに。
「つうか、俺たちのいた院のシンボルマークがアヤメ――アイリスだったらってだけだろ」
幼馴染ならではのタッカーからのツッコミに、
「バレタか」
とアイリスは舌を出す。全然ロボットらしくない。
それきり、会話が途切れる。全員がスプーンを動かす音だけが響く。
「タッカーは、どうなんだよ?」
しびれを切らして、夏彦が水を向けると、
「いや……俺は」
言い淀み、何度か首を振ってから、
「まあ、適当だよ」
とあからさまに誤魔化そうとした瞬間、
「あ、分カッタ」
アイリスが言ってタッカーの顔が苦く歪む。
「思い出した、あレデしょ、工具」
「工具――ああ、そういや、タッカーってあったな」
虎が手を打つ。
「ええと、あれだ、ステープルだろ、あれだ。知らないのかよ、お前ら。あの、建築用の超強力なホッチキスだぜ、要するに」
「それソレ。うちの院、いつもどコガが壊れてたから大人が直してたケド、確かタッカーってよくそれ手伝ってタモンね。気に入ってずっとタッカーもっテタっけ。タッカー係みたいニナってた、確かに」
そんな理由ならさっさと話せばよかったのに、どうして誤魔化そうとしたのか。
不思議に思った夏彦がそれを突っ込んで訊こうとしたが、その前に。
「料理でキナインデそれは任せルカら、自分は大工になって皆を笑顔にする。二人でそうヤッテ皆を笑顔にしてイコうとか、よく昔は言ってタモんね」
と、アイリスが続けるので納得する。
なかなか恥ずかしい――というか、プロポーズみたいなことを言ってたもんだな。
全員の生暖かい視線が集中して、タッカーはどんどん顔を苦くして料理を食べるのに集中して誤魔化そうとしている。
我慢できずに、虎が吹き出す。
回想を打ち切って、夏彦は大きく息を吐く。
切り替えて、捜査に戻らなければならない。
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