超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

獣たち1

公開日時: 2020年11月1日(日) 16:00
文字数:3,761

 生徒会は、人事が選挙という、会の外から決められる唯一の会だ。だからこそ、その選挙については清廉潔白、公正明大であることが求められる。特に、その中でも重要な選挙というものが存在して、例えばそのうちのひとつが、夏休み前に行われる新役員の選挙だった。


 卒業等で空いてしまった役員の穴を埋めるためのその選挙では、生徒会の非役員がそれまでの活動内容をアピールして新しい役員の座を争う。万が一にも不正は許されず、粛々と進められることをもってよしとされる。


 では、一体誰がその選挙が適正に行われるかどうかを判断するのか?


 生徒会? いや、それでは内部で不正が行われる可能性がある。


 別の会に委託? そうなれば、その会が生徒会に対して一方的に強い影響力を持つことになる。


 会に所属していない一般の学生による組織? 限定能力を使った不正が行われた時に、対処のしようがない。


 ということで、いくつかの会から選出された代表者で構成される選挙管理委員会、これが選挙が適正に行われているかどうかを監査、判断するというのが通例だった。


 その選挙管理委員会についての諸々を決定する会議に、夏彦は出席することになっていた。会議には、公安会を除く各会の代表者が一名ずつ参加する決まりになっている。今回は司法会の代表が夏彦ということだ。


 第一校舎にいくつか存在する小会議室の一室。

 長方形になるように組まれた会議机とパイプ椅子、そしてホワイトボード以外は何も置いていないその殺風景な部屋に、夏彦は一人座っていた。


 ぎしぎしと音をたてるパイプ椅子の背もたれに体重をかけながら、夏彦はぼんやりと天井を見上げている。

 早く到着しすぎたな。

 夏彦は後悔している。

 あまりにも無駄な時間になってしまう。さすがに、会議の開始一時間前に到着は早すぎた。とはいえ、仕方ないか。万が一にも、他の人より遅れるわけにはいかないしな。

 夏彦がそう考える理由は簡単で、この会議に参加する他のメンバーは自分に対して厳しい見方をしていることが予想されるからだ。おそらく他のメンバーは全員夏彦よりも年上だろうし、ひよっこの新入生が運よく役職者になっただけという風に夏彦を見てくるだろう。

 そんな状況で、夏彦が他のメンバーよりも送れて会議室に入れば、運だけで役職者になった小僧が調子に乗ってると思われて、反感を持たれるかもしれない。

 持たれなくてもいい反感を持たれて、会議がスムーズに進まないなんてことがあっては困る。そう思って夏彦はわざわざ一時間前には会議室に着いているようにした。


「はぁ……」


 ため息を吐いて、夏彦は懐から三つ折にされた紙を取り出す。何度も見返したそれを、今一度開いて見返す。


 委任状だ。

 胡蝶から渡されたものだ。内容は、要するにこの会議に自分の代わりに参加しろというもの。


 そう、本来は胡蝶が出席するべき会議だった。

 この会議は選挙管理委員会についてのもの。選挙管理委員となる代表者は、司法会の場合は監査課から選ばれる。これは業務内容からすれば当然だ。だから、この会議には監査課の役職者が出席することになる。そして課長補佐である夏彦がまだ一年生だということを併せて考えれば、出席者は課長である胡蝶しかありえないはずだった。


 それが、何の因果かこんな事に。

 いや、本当は、どうしてこうなったかは夏彦にも薄々分かっていた。ただ、それを認めたくないだけだ。そのことを考えれば、これからの会議に参加するのがますます嫌になる。

 けれど、どう考えても、自分がこの会議に出席するようになったのは、司法会の意向のわけがない。会議慣れしていない役職者になったばかりの自分を代表として会議に出席させて会にとって得はない。

 ようするに他の会から圧力がかかったのだろう。是非、お宅の新進気鋭の夏彦君を今度の会議に出席させてください、というように。監査課の課長補佐が代表者となること自体は何もおかしなことはないから、会としても圧力に抵抗しづらかったのだろう。

 そこまで考えて夏彦は思わず顔をしかめる。つまり、自分は舐められているということだ。若造が会議に出席すれば、赤子の手を捻るように意のままに操れると。


「目に物見せてやる……ってな」


 威勢のいいセリフを言いながらも、夏彦は弱弱しく苦笑している。

 自分を鼓舞しようとしているだけで、本心から言えばこれからの会議について不安でならなかった。もっとも、役職者になってからの業務の全てが初めてのことばかりで不安はつきものだったが。


 だがそれでも、上に昇る。昇ってやる。そう思ってここまでやってきた。力を手に入れるためだ。もう二度と、あんな理不尽を許さないために。友人を殺さないために。エリートになってやる。エリートのトップに。


 委任状を再び折りたたむと指先でくるくると回し、これからの会議についてどう立ち回ればいいのかを夏彦は考える。そして、委任状が届いた日、副会長であるライドウに呼び出されて一緒に食事をした時のことを思い返す。





「選挙管理委員会についての会議、結局のところ何を決めるための会議なのかは知ってますか?」


 ファミリーレストランで、ハンバーグステーキをばくばくと平らげながらライドウは訊いてきた。


 こうしてライドウと会うのは夏彦としても久しぶりだが、洒落っ気のある細身のスーツに若々しい髪型と、見た目はもちろん、態度もあまり変わっていなかった。副会長になったからといってすぐにそういう部分に影響がでるものでもないらしいな、と何故か夏彦は少しほっとした。


「何って、ルールを決めるんじゃないですか?」


 数日前の事件で口の中をひどく切った夏彦は、なるべく染みないものをと頼んだ冷製スープをスプーンですくいあげながら答えた。


「間違いじゃあないですけど、正解でもないですね。いいですか、夏彦君。例の会議には公安会以外の会の代表者が出席します。そして、何を決めるかというとですね、結局のところ、選挙管理委員の数です。いえ、全体数ではありませんよ、どの会が何名の選挙管理委員を出すか、という話ですよ」


「選挙管理委員は、管理される側の生徒会と実態が不透明な公安会以外の会から選出されるんでしたっけ。で、どこから何人出すかって、そんなに重要なんですか?」


 いまいち理解できなかった夏彦が質問すると、


「重要ですよ。例の会議では、生徒会はまず間違いなく、各々の会から出す委員数が同数になるようにしてくるでしょうね。一方で、それぞれの会は、自分の会の選挙管理委員が一人でも多くなるように必死で会議を誘導します」


「ああ、なるほど」


 そこでようやく趣旨が理解できた夏彦は、スプーンを置いた。


「生徒会に対して影響力をどれだけ持つかって話なんですね。いや、どれだけ影響力を持っているように見せるかって話かな」


「鋭い。いやー、いいですね、夏彦君。話が早いと助かります。そう、実際は一人や二人、どこかの会から出る選挙管理委員が増えたところで生徒会への影響力なんて関係ありませんよ。ただ、生徒会はどこかの会が大きく影響力を持たないように、どの会からも選出される委員は同数になるように努めることが会則で決まっていますし、通例です。その中で自分の会からの委員を一人でも多くできれば」


「それすなわち、それだけその会が意を通す力があるってことですか。で、そのアピールがまた実際に影響力を生むと。鶏が先か卵が先か、みたいな話ですね」


「ふふん、でも実際、そういう親殺しのパラドクスみたいな妙な理屈の話がこの世界多いですからね。真面目に考え出したら馬鹿をみるだけですよ」


 いつの間にかライドウは料理を全て平らげていた。綺麗に空になった皿だけがライドウの前に並んでいた。


 一方、染みるからちょっとずつ飲んでいるというのもあるが、それしか頼んでいない夏彦の前にはまだスープが半分近く残っていた。


「……それで、結局俺に何を言いたいんですか? 俺がスープ飲み終わるまでにはっきり言ってください」


「だったらスローモーションで喋っても間に合いますよ。さっきから猫みたいにちろちろ舐めてるだけじゃないですか。まあ、要するに、です」


 親しみをこめたようにも観察しているようにも見える、人を不安にもさせる目でライドウは夏彦を射抜いた。


「今度の会議で、我が司法会が生徒会に多大な影響力を持っているというのを、他の会に見せつけてやってくださいってことです」





 がらり、とドアの開く音で夏彦の回想は打ち切られる。


「あら、先客がいるとは」


 驚きつつ会議室に入ってきたのは、落ち着いた雰囲気の女子学生だった。軽くウェーブのかかったダークブラウンのショートボブと無難な着こなしの学生服がその雰囲気を出しているのかもしれない。


「――ああ、ひょっとしてあなたが、夏彦君かな?」


 合点がいったというように女子学生は眉をあげる。


「ええ、司法会監査課課長補佐の夏彦です」


 名前を知られてるのか、と多少警戒しながら夏彦は自己紹介する。


「ご丁寧にどうも。あたしは、行政会の人事官、彩音あやねよ。三年生ね。以後よろしくってとこかな」


 そう言ってにっこりと笑う彩音だが、夏彦はその目が笑っていないように感じる。『最良選択サバイバルガイド』も、油断するなと警鐘を鳴らしている。


 一人目からこれかよ、と夏彦はうんざりする。


 どうやら、気の抜けない会議になりそうだ。

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