超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

『英雄賛歌(フーリッシュソング)』

公開日時: 2020年11月21日(土) 16:00
文字数:3,931

「今から思えば、どうして気づかなかったか不思議なくらいだ」


 夏彦の脳裏に、大倉について虎に訊いた時の光景が蘇る。


「大倉のことを訊いた時、お前は『知らない』と答えた。俺は、その答えに違和感を抱いた。端的に言えば、嘘だと思ったんだ。もう、この時点でおかしいだろ。お前の能力が嘘を信じさせる能力なら、俺が嘘だと気づくはずがない」


「ははっ、俺はもともと嘘が得意なんだけどな。それで気づくお前の勘が鋭すぎるぜ」


 虎は両手をポケットに突っ込むという、この緊迫した状況にはそぐわない行動をしながら体を揺らして笑う。


「他にも、これまでお前との会話で違和感を抱いたことは何度かある。それがおかしな話だ。それを抱かせないためのお前の能力なんだからな。お前があえて能力を使用せずに嘘をついた可能性も頭をよぎったが、それでお前にメリットがあるとは思えなかった」


 対する夏彦は淡々と語る。常に、虎を警戒しつつ話を続ける。少しでも時間を稼ぐために。


「そこまでくれば、話は簡単だ。お前の限定能力は『虚言八百スティング』じゃあない。虚言というなら、限定能力を会に報告した、その報告こそが虚言だ。お前はずっと、全ての人間に自分の限定能力を隠し続けてきた」


「ああ、そうだ。元々嘘が得意だからよ、嘘をうまくついといて、限定能力で嘘を信じさせましたって言えば上司だって疑わねぇよ。くく、お前が最初だ、ここまで辿り着いたのはな。おめでとう、なんかプレゼントでもいるか?」


 目が鋭いまま、虎の口調は軽薄だ。


 言葉と口調とは裏腹に、虎がいつでも襲いかかる隙を探しているのを夏彦は感じる。

 このまま話を続けるよりも、先手を取った方がいい。

 同時にそうも感じるが、夏彦はそれに関しては直感に従わない。

 ここは、勘が信用できないからな。

 内心呟きながら、夏彦は口を開く。


「プレゼントっていうなら、答え合わせをさせてくれ。お前の本当の限定能力、その内容だ。俺が予想しているので当たっているのか?」


「おいおい、愚問だろそりゃ」


 虎は大袈裟に肩をすくめた。


「だからこそ、お前は今、生き残ってるんだろ。じゃなきゃ、今頃大倉さんに殺されてるぜ」


 やはりそうか。

 夏彦は自分の答えが正しいと確信を持つ。


「人を争わせる……それが、お前の能力なんだな」


 それが夏彦の答えだ。

 大倉と戦った時、冷静に考えれば相手の自滅を待てばいいにも関わらず攻撃し続けた。あれは、虎の限定能力の影響だろう。

 周りに転がる死体の山。彼らが生き残りが出ないほどに激しく殺し合ったその理由もその限定能力のためだ。

 夏彦が先程から、いけそうな気がしても安易に攻撃に踏み切らないのも、その予想される虎の能力の影響で、自分の直感が狂っている可能性を考えてのことだ。


「あー、ちょっと違うな。そりゃ、正確じゃねえ。俺の能力はな、精神操作だ。俺の声を聞いた人間から、不安を取り除く。ほら、そんなお前が言うような血生臭い能力じゃねぇよ。むしろ、ポジティブな、人の役に立つ能力だ。カウンセラーとか向いてるんじゃねえの、俺?」


 不安を取り除く?

 予想と違う虎の答えに、夏彦は少し混乱する。


 その夏彦の様子を愉しげに眺めつつ、虎は続ける。


「人が人と争わないのは何でだと思う? 怖いからだよ。戦うってことはこっちが攻撃するだけじゃねえ、向こうからもやられる。下手をすりゃあ負ける。それが怖いから、なるべく戦うのを避けようとする。あるいは、少しでも勝率を上げようと工夫や努力する。そうだろ?」


 虎の言葉が、夏彦の脳髄に染み込む。リズムや音程がどこか心地いい。


「そういう怯え、不安を拭ってやったらどうなる? 負けるなんて思わない奴は自分の思い通りにするために戦うぜ。工夫も努力もせずにな。半分死にかけたって、最後には勝てる気がするから戦いから降りない」


 夏彦は思わず死体の山に目をやる。どういう経緯で、全員が死んでしまうような仲間割れが起こったのかが薄っすらとだが想像できた。


「くく。お前がいけると思って大倉さんと正面からやり合って死んでくれりゃあ楽だったんだけどな。まあ、いい。ところで、お前、さっきからずっと俺の話を聞いてるよな、結構長い俺の話をよ」


 ようやく、夏彦の勘が危険を察知する。

 だが、遅い。


「不安が薄れりゃ警戒も薄れる。隙だらけだぜ」


 ポケットに突っ込んだままの虎の右手がもぞりと動くのが分かった。

 夏彦は走ってその場から逃げようとする。

 だが、遅い。


 銃声。


「うっ」


 太股を撃たれた夏彦は、そのまま床に転がる。


「ち、かわしたか」


 舌打ちする虎のポケットには穴が開き、その周りに焦げあとがついていた。


「なんだ、それは……」


 夏彦は呻く。

 あのポケットに、拳銃なんて異物が入っている様子はなかった。


「あ? ああ、小型の隠し銃だ。外の組織からもらったんだぜ、いいだろ。ほら、スパイ映画なんかで口紅型とかペン型の銃が出てきたりするだろ。あの系統だ。弾数は少ないし威力も弱いが、暗殺にはもってこいだからな、常にポケットに忍ばせておくようにしてんだ」


「そうか……」


 説明を聞きながら、夏彦は撃たれた方の足をかばいつつ立ち上がる。

 これ以上、奴の話を聞くのはまずい。また能力の影響を受ける。こちらから攻撃して止めなくては。

 そう思うと同時に。

 早く攻撃しなければと思うこと自体、奴の能力の影響じゃあないか?

 その疑念が湧き上がり、夏彦は混乱する。

 どうすればいい? どうするのが正解だ? 勘は、奴の能力の影響をもろに受ける。信用できない。


「大分迷ってるなあ、おい」


 混乱を見抜いたのか、虎は夏彦に向かって無造作に歩いてくる。


「俺が能力の説明をした理由も分かっただろ? 説明を聞くためには俺の声を聞かなきゃならないし、そもそも」


 どうする、武器をまだ持っているか? 銃はまだ弾があるのか?

 迎撃しなければ。いや、迎撃していいのか? それは本当に俺の判断か? 相手の限定能力のためなんじゃあないか?

 夏彦は何をしていいか分からず、気圧されるように一歩下がる。


「能力の説明を聞いたから、有利になるような能力じゃねえんだよ、俺の『英雄賛歌フーリッシュソング』はな」


 一歩退いた夏彦を嘲笑うかのように、虎が一気に距離を詰める。


「くそ」


 悪態を吐いて、夏彦は覚悟を決める。

 なるようになれ、だ。


 撃たれた足をかばいながら夏彦は虎に向かって手を出す。


「ちいっ」


 その手を、虎は邪魔そうに手で払いのける。


「そこだ」


 瞬間、夏彦は逆に虎の手首を取り、勢いを利用して投げる。

 虎は背中から床に落ちる。


「う」


 虎の動きが止まる。


 ここだ。

 夏彦は追撃するべく足の痛みを無視して虎に寄るが、


「そこは判断ミスだぜ」


 虎はぎろりと睨むと倒れたまま蹴りを出す。


「ぐぅえっ!」


 みぞおちに蹴りが入り、夏彦は体を丸める。ぶるぶると震えて、そのまま固まる。


「不安のない奴は警戒心がない。だから、容易く騙される。そう思うだろ?」


 瞬時に起き上がった虎は、そう言い捨てて丸く固まった夏彦の体に掴みかかる。

 だが。


「ああ、そう思う」


 夏彦は丸まっていた体を思い切り起こす。


 虎の顎が、夏彦の頭に痛烈に打たれる。


「ぎっ――」


 衝撃で虎はふらつく。


「限定能力なしでも、お前は不安が足りない。自信家なのも考え物だな」


 こちこちと首を鳴らして、夏彦はふらついている虎に攻撃をしようとして。


「……やっぱ止め、だ」


 寸前で逆に飛び退く。


 飛び退いた夏彦をかするように、虎の蹴りが放たれる。もし追撃していたら、夏彦はその蹴りを後頭部にくらっていただろう。


「ち。本当に、いい勘してるな」


 ぺろり、と虎は唇の端からこぼれる血を舌で拭う。


「今のは勘というよりも、理性的な判断だ。お前の能力のせいか忘れそうになるが、俺はあくまでも時間稼ぎでいい。俺は、お前をこの場で倒す必要なんてないんだ」


 夏彦は撃たれた足に力を入れてみる。

 よし、動く。力もある程度は入る。大丈夫だ。


「むしろ、勘としては追撃するべきだと思っていた。つくづく、嫌な能力だな、お前の『英雄賛歌』とやらは」


「ははっ、気に入ってくれたか?」


 そう問いかけると同時に、またもや虎は突っ込んできた。全力で夏彦に殴りかかる。


「ふっ」


 だが夏彦はもうぶれない。

 ただ、攻撃を避ける。それだけだ。

 時間さえ稼げば、こちらの勝ちなのだから。


「ははっ」


 笑いながら虎は更に攻めてくる。息もつかせない怒涛の攻撃。


 それを、夏彦は冷静に、全てを避けて、捌いて、そして防御した。

 だが。


「ぐっ」


 夏彦の頭を狼狽が走る。

 違う。これは、違う。


 撃たれた足の傷、そしてこれまでのダメージのせいで、段々と夏彦の体力が持たず、攻撃に対して防御や回避が間に合わなくなってくる。


「ははっ、ははははっ」


 一方の虎は、全力で攻め続けてくる。


 まずい。防御が間に合わない。

 夏彦は焦る。

 読み違えた。虎の限定能力を警戒しているという俺の心理状態。時間切れでも勝てるという条件。ここから、俺が受けに徹して、決して反撃してこないと虎は読んだのか。

 だから、反撃を恐れることなく、ただただ全力で攻撃し続けてきている。


「ぐっ」


 気づいた時にはもう遅く、夏彦には今更反撃して虎の攻撃を遅らせるなどということはできない。それどころか、防御すら一手遅れる。


「はっ、捕まえた!」


 虎の歓喜の叫びと共に、夏彦の足の銃創に拳が打ち込まれる。


「がああっ!」


 激痛に動きが止まる夏彦。そこへ、今度は胴体に蹴り。


「あっ――」


 がきり、と。

 限界まで痛めつけられていた身体、その芯が壊れた音が聞こえた気がする。

 夏彦は、意識を薄れさせながらその場に倒れる。


「がっ」


 地面に後頭部を打ち、衝撃で意識が鮮明になった夏彦は、自分が仰向けに倒れていること。

 そして。


「よう」


 虎が自分に馬乗りになっていることを確認する。


 もう、自分が腕一本を上げる力さえ、残っていないことも。

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