間髪入れず、趣味の悪いシャツを着込んだ男とジャージ姿の男が、部屋に飛び込んでくる。
両者とも、手には刃物が握られている。
男たちが現れた瞬間、
「ばあん」
一切の容赦なく、緋桜はその男たちの顔に至近距離で銃口を向けて引き金を引く。
男たちは吹き飛び、至近距離で撃たれたためか血を撒き散らせる。
「ああら、汚しちゃったわね」
返り血を片頬に浴びながら、緋桜は微動だにせず、
「それじゃあ、アタシが先頭でこのビル出て行くから、ついてきてね」
ぴくぴくと痙攣している倒れた男二人には目もくれず、部屋を出て行く。
「わたくしたちも行きましょうか」
「ですね……っと」
月と一緒に部屋を出て行こうとして、夏彦は顔色の悪い男が空の金属ケースを呆然と見たまま動かないのに気づく。
「あの、もしもし、危ないですから早く行きましょう」
声をかけるが、
「馬鹿な……じゃあ、上は最初から俺たちを切るつもりで、いや、しかし、そんなことをして何の得があるんだ?」
心ここにあらず、で男はぶつぶつと独り言を呟いている。
「行きましょう」
多少強引に、夏彦は男の肩を掴む。
それでも、
「どうして……」
自分が裏切られていたことが信じられないのか、男は反応しない。
「夏彦君、早く行きますわよ」
月に促され、
「本当に、貧乏くじばっかりだな」
思わず夏彦は嘆息して、男を力づくで引っ張っていく。
部屋を出ればそこはもう戦場だった。
「おいっ、こいつもだっ、やれっ」
武装した男たちが四方八方から襲い掛かってくる。
「ちっ」
夏彦は月と、まだ呆然としている男をかばうように立ち回りながら、敵の手首を狙って攻撃する。ほぼ全員が何らかの凶器を持っている以上、まずは相手から凶器を剥ぎ取ることが先決だ。
「ふっ」
無論、隙あらば急所を狙う、あるいは地面に投げつけて完全に戦闘能力を失わせていく。
男たちはそれなりに経験はあるらしいが、所詮はそれなり。これまで何度も殺されかけてきた夏彦にとっては、対処できないレベルではない。
とはいえ、人数さがある。もしも、全員がずっと夏彦を狙っていれば、夏彦は対処しきれなくなっていただろう。
「ばあん」
だが、緋桜が銃を乱射しながらずっと場をかき乱している。
銃によって、次々と吹き飛ぶ敵。だが、純粋な敵戦力の消耗よりもむしろ、緋桜がいることによって場が乱れている効果の方が大きかった。
緋桜はまるで猫のようにするりするりと敵の大群の間を抜けて、縦横無尽に移動しては不意打ちのように銃を撃つ。敵の大部分は撹乱されてしまう。
「よっ」
その隙を突くようにして、夏彦は敵を捌いていけばいい。
それに、守る対象だったはずの月が積極的に敵を倒しているのも大きい。
「はあっ」
着物の裾をはためかせながら敵の攻撃をかわし、古武術の一種らしい、相手の反射を利用して投げつけるような攻撃で次々と敵を沈めていく。
「とはいえ……」
夏彦は敵を蹴りつけながらぐちる。
「数が多すぎるな」
「そうね、ちょっと敵の数も落ち着いたことだし、強行突破と行きましょ」
緋桜はそう言うと、やけになったように銃を四方八方に乱射し始める。
「うおっ」
危うく、夏彦にも当たりそうになる。
だが、そのおかげで敵も怯んでいる。
その隙を逃さず、緋桜は猫のようにしなやかに駆け出す。
「忙しないことですわね」
月がそれに続き、
「あ、あ……」
「いよっと、行き、ます、よ」
未だショックでのろのろとしか動かない顔色の悪い男を半ば担ぐようにして、夏彦も続く。
一時は怯んでいたとはいえ、敵もすぐに勢いを取り戻す。その敵の中を、泳ぐようにして必死でビルを出る。
かわす。
受ける。
蹴る。
投げる。
かわす。
捌く。
投げる。
蹴る。
出たところでも襲撃を受け、必死で逃げて細い路地に入って、追ってくる敵をいなしていく。
全力で走って逃げ、そして隠れ、追いつかれたら戦い、少しでも相手が怯めばまた逃げた。
路地から路地へ、もはや路かどうかも怪しいような狭い隙間をも、夏彦は男を連れて逃げ惑い、そして。
「……くそっ」
路地裏。ようやく敵の追っ手を振り切った。
夏彦は顔色の悪い男ともつれ合うようにして道に座り込む。
「……うう」
先程の激戦のためか、男は大分疲れきっている。そのまま道に仰向けに寝転がる。
しかし、それは夏彦も一緒だった。
しかも。
「……最悪だな」
気づけば、夏彦たちは緋桜と月とはぐれていた。
少しだけ道に寝転んだまま目を閉じて、夏彦は決断する。
「……電話、してみるか」
一応、月先生の電話番号は登録してあるし、向こうがどんな状況かは分からないが都合が悪かったら電話に出ないだけの話だろう。
そう思い、立ち上がった夏彦が携帯電話を取り出すと、
「電話で、お前らの本丸に助けを求めたらどうなんだ?」
弱弱しい声で、座り込んだままの男が言う。
「あー……学園の人たちに連絡するのが筋なんでしょうけどね。ここ、学園の外だから実質的に手貸してくれるのは外務会だけですからね。そっちには緋桜さんから連絡してるでしょうし。まあ、いまいち信用できないんですけど」
「それにしたって、事態がこうなったら報告は必要なんじゃないのか?」
意外にも冷静な男の意見に、夏彦は頷く。
「確かにそうですね」
今回の件に関して警戒すべき直属の上司である胡蝶はともかく、雲水とは約束を交わしている。
事態の報告をしておく必要もあるか。
そう思い、夏彦は会長である雲水に電話をする。
「雲水」
1コール目で雲水は即座に電話に出る。
「夏彦です」
「状況は外務会にいる子飼いから報告を受けている。司法会としては外に支援はできない。ライドウと胡蝶に不審な動きはなし。以上だ」
「は、はあ、どうも」
一気に必要事項を全て言われ、夏彦は言うことがなくなる。
じゃあ、もう電話切っていいかな、と思っていると、
「夏彦」
と雲水が呼びかけてくる。
「はい?」
「何としてもノブリスに戻れ。そうすれば、外からの襲撃はある程度防げる」
「つまり、外より安全なわけですね」
「そんなわけがない。選挙で殺気だっているし、殺し屋の噂も流れているくらいだ。ただ、やはり己の土俵の方が戦い易かろう? 地の利を活かすことができる。俺からの援助も含めてな」
「はあ……殺し屋の噂って、雨陰太郎とかいう?」
「知っていたか。ともかく、こちらもこちらで七難八苦なのは間違いない。が、ともかく外界よりは動くのも容易かろう。戻ってくるがいい」
「了解です」
戻れ、か。やっぱりそれしかないよなあ。
夏彦は電話を切って、そもそも自分たちの現在位置すら把握していないことに頭を抱える。
「……今、雨陰太郎って、言ったか?」
体を起こした男が言う。
「え? ああ、はい。知ってるんですか?」
「有名な殺し屋だからな。うちも何度か使った。あんたらの学園の邪魔者を消すのにな」
とんでもないことを、自嘲の笑みと疲れの入り混じったような顔で男が告白する。
自棄になっているらしい。
「ええっ!? ……でも、外の殺し屋がうちの学園の内部の人間を殺せるもんですかね? 結構難しい気がしますけど」
「ん、何だ、そこまでは知らないのか?」
男が意外そうに目を丸くする。
「雨陰太郎は結構以前から、ノブリス学園内部に潜入しているはずだ。だからこそ、うちは学園内部の殺しを奴に依頼したんだからな」
「……え?」
夏彦は驚く。
それは、これまで誰からも聞いていない情報だ。ひょっとして、これはかなり重要な情報ではないだろうか。
「本当に、知らなかったのか? 十数年前の依頼で、奴はノブリス学園に潜入して依頼をこなした。そして、それ以来ずっと潜入し続けているって噂だ」
学園に潜入。
現に、外の組織の連中の工作員が学園に入り込んでいたことを考えれば不可能ではないだろう。
だが。
「ど、どうしてずっと学園にいるんですか? あそこにいたら管理は厳しいし、ノブリスの外に出るのが制限される。殺し屋としては、不便しかないでしょう」
「確かにな。普通の殺しはしにくくなる。だが、その代わり、学園内の連中への殺しがやりやすくなるって利点があるんだよ。現に、それ以来ずっと、学園内の殺しの依頼は全て雨陰太郎に集まったって話だ」
そこまで喋って、ふう、と男は息を吐く。
疲れた、長い息だ。
「もっとも、実際に雨陰太郎を見たことはない。あいつは依頼人にも姿を見せないので有名だからな。噂では、どんな場所にも馴染んで紛れ、誰にも判別がつかないらしい。どんなに警戒していても、空気のようにいつのまにか傍にいて、殺される」
「ははあ、腕利きの殺し屋ってことですか。それにしても、よくご存知ですね……ええっと、そう言えばお名前まだ聞いてませんでしたね」
「いいさ、俺の名前なんて。所詮ただの雑魚だ。上に切られて、しかも未だにどうして切られたのか、その理由すら分からないくらいのな」
くく、と男は疲れた顔を皮肉げに歪める。
「そう卑下しなくても。うちだって裏切りやら陰謀やらに塗れてますし、俺自身何度も裏切られたりはめられたりして死にかけましたよ」
夏彦は、これまで巻き込まれた陰謀や事件、裏切りを思い出す。
「誰もが、自分の理想のために必死ですからね。能力のある人たちが、必死になって戦えば、綺麗ごとじゃあ済まないのは、まあ当たり前でしょう」
夏彦が言うと、男はぽかんとした顔をする。
「あんた、自分が裏切られたりしたのに、そういう考え方してるのか?」
「そういう考え方っていうか、実際そうですよ。少なくともノブリス学園で争ってる人たちは、まあ、虎っていう本当に虎みたいな奴がいるんですけど、そいつ除けば俺の知る限り、皆エリートですよ。高い理想と高い能力を持っている高潔な人たちですよ」
夏彦が言うと、男はふっと自嘲の笑みとは違う、面白がるような微笑を浮かべ、
「人は自分を映す鏡、か」
「それ、別の人にも言われたんですけど、どういう意味ですか?」
夏彦は月の顔を思い起こす。
「そのままだ。他人を見て思うことは、そのまま自分を表している。多分、自分が裏切られたり死にそうな目に遭ってもそんな感想を持ってるお前は、余程純真なんだろう」
そこで言葉を切って、男は「くく」と少し笑ってから、
「別の言い方をすれば、馬鹿だ。いや、役職者にまでなった奴が馬鹿なわけはない。狡猾で冷酷な部分もあるんだろうが、きっともっと根本的なところで馬鹿なんだろうな」
「馬鹿って……まあ、空っぽとはよく言われますけどね」
「ああ、空っぽか。そうだな、邪念がない。言葉遊びだ。別の言い方をすれば馬鹿だったり、純粋、純真ってことになるんだろう」
「空っぽだから、人の影響を受け易い、とも」
「想像できるな」
にやにやと笑う男。
ようやく、多少は余裕が出てきたようだった。
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