「限定能力?」
特訓を休憩している時にライドウが口にしたのは、限定能力という言葉だった。
「うん。ひょっとしたら、夏彦君が妙に技の覚えがいいのは、限定能力が関係してるかもしれませんね」
「あの」
「はい」
「あのですね」
「ええ」
「限定能力って、結局何ですか?」
「ええっ!? あっ、そうか、夏彦君には話してませんでしたっけ!?」
手を額にやって、ライドウはあちゃーと大袈裟に驚く。
「あーそうだ、どうせ今話しても信じられないからとか言って話さなかった」
「そうですよ」
夏彦としてはかなり気になっている。
なにせ、目の前で律子という少女が『斬捨御免』と呟いて、手品のように日本刀を出現させた場面を見ているのだから。
あれが限定能力らしいが、だとしたら一体それが何なのか気になるのは当たり前だ。
ライドウは武道館内をきょろきょろと窺う。
何らかの練習をしていた学生の半数近くは既に帰っており、残っている学生もそれぞれの練習に夢中でこちらのことは気にしていない。
「そうか。でも、律子君が日本刀を召還するところは見ているんですよね?」
ライドウの声は小さめだ。他の人に聞かれるのを警戒しているのだろう。
「召還っていうか、はい。日本刀が突然握られているのは、見ました」
合わせて、夏彦も声を小さくする。
「そっか。それなら、信じやすいかな。簡単に言うと、限定能力っていうのは超能力です。超能力という言い方が幼稚な気がして嫌なら、特殊能力でもいい。ただ、『限定』ってついてるだけあって、ノブリスの中でしか使えません。街や学園ではオーケーですが、外の世界に出たら無理ってことですね。あと、能力自体もそんな強力なものはないですね。あくまでも補助的だったり元々ある能力をちょっと強化したりとか」
「ちょっとちょっと」
あまりにも非現実的なことを当然のように喋るので、夏彦は慌ててライドウを止める。
もっとも、非現実的と言えば、ノブリス学園とその周辺にあるノブリスと言う街自体が現実離れしているし、六つの会なんてファンタジーだ。おまけに実際に律子が日本刀を出すところを目撃してしまっている。
「限定能力って、その、本当に超能力みたいなものって考えればいいんですか? で、ノブリス内でしか使えないと。どうして? それに、どうやったら使えるようになるんですか?」
疑問はいくらでも湧いてくる。
「さあ? 会長クラスなら知っているんじゃないですか? 僕はそういうことについてはほとんど知りませんよ。どうして限定能力なんてものがあるのかも、使えるようになる条件も。ただ、会員は大抵使えますね。どうしてかは分かりませんが」
ますます不思議だ。
「じゃあ、俺も使えるんですよね?」
そう夏彦が言うと、そこなんですよねとライドウは肩をすくめた。
「使えるようになるタイミングは人によって早い遅いがありますし、限定能力を自覚するきっかけっていうのも千差万別なんですよね。だからこそ、妙に覚えがいいのが限定能力かと思ったんですが」
どうなんだろ、それ。
夏彦は少し落ち込む。
律子が日本刀を呼び出していたというのに、俺の能力はちょっと覚えがいいだけかよ。
「限定能力についてですが、注意事項が。基本的には限定能力の内容は他人に知られない方がいいです。対策されてしまいますからね。それに、情報とは、少なくともこの学園では、完全に力と同義です。なるべく他人に渡さず、独占しておくべきですね。だから逆に、人の限定能力を知ろうとするのは喧嘩売ってるのと同義ですからお気をつけを。もちろん、正式な理由もなく自分の知っている他人の限定能力の内容を公表するのも同じです」
「なるほど、限定能力の内容は秘密、と」
知らなかったら、気軽に人に限定能力を質問して修羅場になっていたな、ほぼ間違いなく。
危なかったと夏彦は胸をなでおろす。
「ただ例外はあります。ひとつは、所属している会への報告義務。会がその会員にどんな役を振るか等決定するために限定能力の情報が必要です。だから直属の上司に限定能力を報告、そしてその上司は会のデータベースにその能力を登録するという流れです」
「ん? じゃあ、同じ会の人間の限定能力なら、データベースを見て知れるんですか?」
「ははは。データベースでどのレベルの情報まで閲覧できるかは役職によって決まっています。出世し続ければ、データベースでほとんどの同じ会の会員の限定能力を知れる立場にいけるでしょうけど」
長く厳しい道のりってことか。
「例外のもう一つは、多くの人間の見ている前で能力を使ってしまったり、あるいはその他の理由から、本人が公開してる場合がありますね。それこそ律子君だったり、あと、コーカ君のことは知ってますか?」
「知ってますよ、生徒会長ですよね?」
あんたが前話してたけどな、とは言わないでおく。
廊下に貼ってある選挙ポスターを夏彦は確認していた。そこにはさわやかなスポーツマンが映っていた。
生徒会だけは、六つの会のことを知らない一般の生徒にも周知されているらしい。考えてみれば、生徒会が投票やら選挙やらで生徒の大多数の意見の代弁者となるなら、当然一般の生徒に知られていなくてはやりようがない。
というか、はっきり言えば六つの会についても、別に隠されているわけではないのだ。何と言っても校則集に色々と会関連の校則が載っているし、そもそも入学式の時に机の上においてあった小冊子にさえ書いてあった。ただ、深く知ろうとしない学生が大部分なだけだ。
「彼も、自分には隠すことはひとつもない、ということで限定能力を公開していますね。裏表ないってことで人望を集めようとしているんですかね。『鋼鉄右腕』という能力です。右腕を任意のタイミングで金属化できるらしいですよ」
「へえ。でも、能力ばらしたら不利になっちゃうんじゃないですか?」
「一概にそうとも言えないですね。『能力限界のジレンマ』がありますので……体が冷えましたね、もう今日は特訓は終了して、帰りますか」
話の途中だが、ライドウに促されて夏彦は学生服に着替える。
ライドウはスーツに着替えながら話を続ける。
「『能力限界のジレンマ』っていうのは、例えばコーカ君でいうと、『鋼鉄右腕』という右腕を金属化させる能力だ、と公表していますね。そして、右腕に攻撃をしてみる等でそれを確かめることも可能でしょう」
ただ、とライドウはネクタイを締める。
「さて情報を持って夏彦君がコーカ君に戦いを挑むとします。さて、どういう風に戦いを組み立てますか?」
「どうって」
もちろん、右腕が金属になるわけだから、右腕は凶器なわけだ。ガードしてもガードごとへし折られるかもしれない。
「敵わないでしょうけど、それでもやっぱり右腕を警戒しながら戦いますね。最悪でもそれだけ食らわないように」
「間違ってはいません。けれど、実はコーカ君は左腕も金属化できるのでした。右腕を警戒していた夏彦君は左腕の攻撃を受けて死んでしまいました」
なるほど。
ライドウの言いたいことが夏彦には何となくだが分かった。
だから、能力限界のジレンマか。
「公表されている限定能力の内容が『本当にその内容が正しいか』かどうかは確かめられても、『能力がそれで全てか』を確かめる術はないわけですね。能力の限界がどこまでかを判定するのは難しい、のか……」
「そういうわけです。能力が公開されているので全てかどうかは分かりません。逆に、公開内容に囚われて不利になる可能性だってあります」
難しいものだな。
考えているうちに、夏彦は着替え終わる。
「さて、じゃあ、今日は帰りますか」
「はい。先生、今日一日ありがとうございました」
夏彦が頭を下げるのを無視して、ライドウは固まっていた。
「……? 先生?」
「こんな時間に電話か。嫌な予感が」
懐からライドウは携帯電話を取り出した。どうやら、携帯電話のバイブレーションで電話がかかってきたことに気づいたらしい。
「はい、もしもし……はい……はい……ええ、夏彦君と一緒でよろしいですか? ……ええ、新入生の……はい」
電話を切るとライドウは夏彦に向き直った。嫌そうな顔を隠そうともしない。
「よかったですね夏彦君、仕事です」
毎年よくある事件らしい。
別に難しいものでもないので、研修がてら一緒に来るように、と夏彦はライドウに言われた。
今、限界寸前まで疲れ切った体に鞭打って、全力疾走するライドウの背中を追っている。
事件は、新しく入った風紀会の会員による一般生徒への暴行。ちなみにその会員は、特別危険クラスの出身らしい。
特別危険クラスは風紀会によって押さえつけられる。だから、その関係で一番縁の深い風紀会に入会するケースは珍しくともなんともない。その圧倒的な力に惚れて何とかして風紀会に入ろうとする新入生も風物詩だとか。
ただ、会員となった後も本質は変わらず、他の生徒に対して喧嘩をふっかけたり、暴力を振るったりする生徒は毎年出るそうだ。そんな生徒は会員にしないように風紀会としても審査をしてはいるそうだが、それでもそんな奴をゼロにするのは中々難しいらしい。
「部活のために残っていた一般の生徒に、風紀会の馬鹿が暴力を振るったということです。俺は風紀会だぞ、みたいな頭の悪いことを喚いていないだけマシですが。そうなっていたら、最悪の場合にはその生徒の記憶から風紀会のことを消去するはめになっていたかもしれなかったですね」
疾走しながら軽く言う割には、ライドウの発言はかなり物騒だ。
「なる……ほど……とろこで、まだ……着きませんか?」
夏彦は息も絶え絶えだ。
「もうすぐ着きます。今回は、もう逮捕されていますからすぐ済みますよ。即席裁判にもっていければ楽なんですけど。すぐ帰りたいですしね」
やがて廊下の先に、男子生徒が男子生徒を押さえつけている姿が見てくる。
押さえつけている方の男子生徒は巨大で、筋肉の塊のような男だった。
押さえつけられているのは髪を茶色に染めた、目つきの悪い男だった。苦しげに顔を歪めて、何やらわめき散らしている。
「おや、秋山君ですか」
二人の前でライドウは足を止め、押さえつけていた方の男子学生、秋山に話しかける。
「ライドウ先生っすか。すいませんね、うちの身内の事件で」
「いえいえ。たまたま学校に残っていたし、新人の教育がてら、ね」
ちらりとライドウは目を夏彦にやる。
その夏彦は、廊下に屈みこんでえずいている。体力の限界値に達している。
「どうも……司法会の、夏彦です」
それでも、挨拶はしないといけない。よろよろと顔だけ上げて、夏彦は挨拶をする。
「夏彦……ひょっとして、律子がトレーナーやってる、つぐみだっけ、あの娘の知り合い?」
「はい……そうです……うっぷ」
また気分が悪くなって、夏彦は顔を下に向ける。
「あー、何となく話は聞いてるんすよ、先生のとこのクラスでしょ、つぐみもそこの夏彦も、あと、虎だっけ、そいつも」
「よく知ってますね」
「てめぇ、離しやがれ!」
組み伏せられている男子生徒が喚く。
「名前は?」
ライドウは男子生徒に近づく。
「うるせえ、何だてめぇ!」
「こいつの名前は秀雄っす。うちの新人すよ」
秋山が代わりに答える。
「秀雄ね。で、何をしたのか詳しく教えてださい」
「こいつは歩いている生徒にいちゃもんをつけたんすよ。通報があって、風紀会が駆けつけてみたら身内の新人だったってことっす。現行犯で逮捕っすね」
「出来の悪い新人を入れたもんですね……で、被害者は?」
「一応の事情聴取の後、家に帰したっすよ、で、今は――」
「ストップ」
秋山の続きの言葉を遮り、ライドウは夏彦を向く。
「校則集の司法会関連の校則は暗記しているでしょう? この場に被害者が居ないことから、現在どういう状況か分かりますか?」
いきなり現場でテストか。
ようやく息の整った夏彦は、体を起こして考える。
どういう状況かって、犯人が現行犯で取り押さえられている状況だけど、そういうこと訊いてるんじゃないよな、やっぱり。
「ええと、現行犯で事実関係に疑う余地がない場合は、捜査の担当者の判断で事情聴取後に被害者を解放することはできます。けど、その場合は確か裁判のための代理人が必要なんですよね? 代理人の資格がある者は、被害者が入会している場合は同じ会の人間。そして、入会していない場合は――」
「生徒会の人間です。よろしい」
ライドウは満足そうに頷く。
どうやら、夏彦の回答は合格ラインを超えていたようだ。
「その生徒会には連絡してあるんで、もうすぐ代理人到着すると思うっすよ」
「秀雄君だっけ、事実確認だけど、いちゃもんをつけて暴力を振るったのは認めますか?」
「ああ!? あいつがガンくれたのに口答えするから、ちょっとボコってやっただけだろうがよ! なん――」
「よし、事実関係に争いなし、と。単純な傷害事件だし、即席裁判でいけるな」
即席裁判。確か、事件の重要度や事実関係の争いの有無、被害者(代理人)と被疑者の存在など、いくつかの条件が合致すれば行える一番簡易な裁判だ。
夏彦は校則集の関連校則を思い出す。
確か、手近な教室を一時法廷にして裁判できるし、裁判自体もすぐに始めてすぐに終わることのできる、非常に面倒のない制度のはず。
一番近くにある教室を覗き込み、ライドウは頷く。
「よっしゃ、誰もいませんね。ここで裁判といきましょう」
まだ代理人たる生徒会の人間は来ていないが、それぞれが適当な位置につく。
ライドウは教壇へ。夏彦もその横に立った。
秋山は秀雄を片手で持ち上げて、そのままライドウから見て右手側の席のひとつに腰を下ろす。片手でがっちりと秀雄はホールドされており、喚きながらじたばと暴れている。
「あら、ここですのね」
涼やかな声と共に、学校には似つかわしくない和服姿の少女が教室に入ってきた。
その後ろを、眼鏡をかけた秀才然とした男子生徒がついてくる。
「大物だな」
ライドウが呟いて、夏彦の耳に口を寄せる。
「あれは生徒会顧問の月先生、あれでも教師です。『仏心鬼面』って限定能力を持っているそうですね。実質、生徒会のナンバー3だと思っていいです」
「あれで教師なんですか、どう見ても女子中学生ですけど」
ぼそぼそとライドウと夏彦が喋っている間に、月と男子生徒は教壇から見て左側に着席する。
「うちの新人の教育がてら、生徒会顧問の月、代理人として参上しましたわ」
「どうも、新しく生徒会に入りました黒木です」
男子生徒がぺこりと頭を下げた。
「どこも同じようなこと考えますね」
夏彦が囁いたが、ライドウは無視をして、
「それでは、これより開廷します」
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