超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

乱戦と策略1

公開日時: 2020年11月6日(金) 16:00
文字数:3,604

 みなかたで生牡蠣を食べた日の翌日、その放課後。

 夏彦は痛む体を引きずりながら街を歩いている。

 別に生牡蠣にあたったわけでも、何かトラブルに巻き込まれたわけでもない。昨日の今日で、学園長が稽古をつけてくれた結果だった。


「いてて……」


 歩きながらしかめられる夏彦の顔には、新しい生傷が無数にある。学園長との稽古の結果だ。


 稽古は、小武道館をひとつ、貸しきって行われた。

 それは稽古と表現するのも間違っているような、一方的なものだった。

 最初は、とにかく学園長が打つ、蹴る、叩く。夏彦はそれを防戦一方で必死に防ぎ、避け、捌こうとする。だが、防戦一方にも関わらず防ぐことすら満足にできなかった。

 まず、体が攻撃に反応できない。とにかく速いし、またこちらの意識の隙間を突くようなタイミングで、予備動作のない攻撃をしてくる。

 たまに反応できたとしても、学園長の攻撃は生半可な防御、受けが通用しなかった。両腕でガードすればガードした腕を弾き飛ばして攻撃が通る。弾かれなように必死で腕で固く守れば、今度は攻撃で腕ごと体を吹き飛ばされる。

 守るのですらそれだから、当然避けたり捌いたりがうまくいくはずもない。

 そうして、ひたすら攻撃されて十分。

 それが終わると、今度は十分間攻撃してこいと言われ、夏彦は学園長を殴り、蹴ろうとした。

 その全てを捌かれ、防がれ、避けられた。

 ならば、と掴みかかろうとすると、掴んだはずの夏彦が投げられ、崩され、床に叩きつけられた。


 結局、それで計二十分の稽古は終わった。ぼろぼろにされただけだ。

 何故か稽古の終わりに学園長は満足げに頷き、「中々見所がある」と言っていたが、夏彦はどこをどう見たらそうなるのか想像もつかなかった。


 もちろん、稽古を受けただけでなく通常の監査課の業務もしていた。


「どうしたものかな」


 学園長から受けた虎の調査、通常業務、そして次の会議に向けての方針。一体どうやってこれらをこなしていくか、未だに答えは出ていなかった。


 だから、夏彦は痛む体で、喫茶店に向かおうとしていた。そこで考えをまとめようと思っている。

 ちなみに向かう先の喫茶店の名前はジャンプ。学園に入学してすぐに巻き込まれた事件で知った店だ。それ以来、何度か一人で落ち着きたい時にはそこでコーヒーを飲むのが習慣になっている。


「しかし、どいつもこいつも無茶ばっかり言うよな」


 もう半分癖となってしまったため息と一緒に夏彦は愚痴る。

 思えば、会に入ってからずっと無理難題ばかり押し付けられた気がする。

 夏彦はげんなりとする。

 全ての責任を押し付けられ、命を賭けるはめになったこともある。学園長いわく、俺は出世株で嫉妬の対象らしいが、俺に言わせてもらえれば無理難題を解決し続けてから嫉妬してほしい。トラブルが向こうから舞い込んでこない環境なんて、それこそ俺からすれば嫉妬したいくらいだ。


「おっ」


 そんなことを考えていると、突如として携帯電話が鳴り出す。

 確認すると、それは司法会全体に送られる緊急メールだ。


 内容は、特別危険クラスの数人とそれにつるんでいる生徒で構成された不良グループが、街で揉め事を起こしているらしい。それも、現在進行形で。相手は学園外の人間だそうだ。

 迅速に解決するため、即座に風紀会が現場に直行、同時に被害者側とスムーズに交渉、事後処理を行うため外務会も現場に向かっているとのこと。

 そして、加害者側がグループで大勢いるため、また学園外との間の事件なのでさっさと処理するため、できれば近場にいる高等裁判人の資格をもつ人間は現場に向かい、即席裁判で犯人たちの刑を決定して、それをもって外務会と被害者側の交渉をよりスムーズに行われるようサポートしてほしいとあった。


「……ほらな」


 思わず、といった感じで夏彦は独りごちる。

 今ある問題だけで手一杯だというのに、トラブルが向こうから舞い込んで来る。代われるものなら誰かに代わってもらいたい。


 緊急メールに書かれた現場は、何度その住所を読んでも、夏彦の現在地から数分の場所だとしか読めなかった。ただでさえ高等裁判人の資格を持っているのは少ない。夏彦よりも現場に近い資格所持者がいるとは思えない。


 それに、と夏彦は思う。

 こういうところで風紀会と外務会に接点を作るのはメリットのある話だろう。次回の会議までにどういう手を打つべきか決めあぐねている現状からすれば。


「仕方ないな」


 すぐに夏彦は緊急メールに自分のいる場所を返信する。すぐに司法会のオペレーターから、折り返しの電話がかかってくる。


「はい、監査課課長補佐の夏彦です……はい……はい……でしょうね、分かりました。とりあえず俺が行きます。何か問題があって人手が欲しい場合はまた連絡します。ええ……資格を持ってなくてもいいんで、補助人として何人か現場に……はい、ええ、それはもちろん、はい」


 電話を切ると、夏彦は深いため息と共に肩を落とす。そして、切り替えるように顔を空に向ける。


「よし、行くか」


 夏彦は駆け出す。面倒なことはさっさと終わらせるに限る。歩いて数分の現場まで、夏彦は全力疾走で向かう。





 そして、すぐに現場について後悔する。


「あ、早すぎたか」


 現場に到着した夏彦の目に飛び込んだのは、数十人の学生が争っている姿だ。


 このような乱戦になった場合の同士討ち予防のため、風紀会は状況によって腕章をつけることが義務付けられている。今回もその状況にあたるらしく、学生グループの一方、腕章をつけている方が風紀会のグループだとすぐに判断できる。


 だが、数で言えば腕章有りの方が圧倒的に少ない。腕章有り、つまり風紀会が1としたら腕章なしは5だ。当然、風紀会が押されている。


「仕方ないな」


 ここで見捨てて、勝負がつくまでじっと待っていて裁判だけする、というわけにもいくまい。どうせ、すぐにもっと風紀会も援軍が来るはずだ。


「司法会だ。全員、止まれ!」


 夏彦は大乱戦の学生たちに大声で怒鳴る。


 もちろん、これで止まるとは微塵も思っていない。ただ、こう言っておかずにそのまま乱戦の中に突入したら、下手したら風紀会に不良グループの一員だと思われて攻撃されるかもしれない。


 だが、怒鳴ったことで風紀会の人間も夏彦を認識したし、それ以前に。


「何だてめぇ!」


 不良グループの面々が夏彦に目をつけて襲い掛かってくる。

 よし、あとはこいつらをぶっ倒していくだけだ。

 夏彦は殴りかかってくる学生の腕を取るとそのまま地面に投げつける。一人、二人。

 三人目を投げようとしたところで、『最良選択サバイバルガイド』が発動し夏彦は体を低くする。

 殴りかかってきていた男の腕が、ぐにゃりと曲がってありえない軌道を描く。頭を下げていたおかげで何とか避ける。


「限定能力か」


 呟く。

 鞭のように腕をしならせた男が、追撃をしようとするよりも早く、夏彦の踵が男の脛に突き刺さる。


「ずっ」


 息が漏れるような音を口から出して、男の頭が下がる。


 そこに渾身の力をこめて夏彦はアッパーを叩き込む。


 物も言わず、糸の切れたマリオネットのようにその場に男は崩れ落ちる。


 これで三人。


 夏彦が他の敵に向き直ろうとした瞬間、嫌な予感がしてそのまま前に転がる。


「くそっ」


 いつの間にか後ろに忍び寄っていた男の鉄バットの一撃。避けられて、男は毒づく。


 回避したのはいいが、夏彦はその鉄バットの男ともう一人、角材を持った男に前後で挟まれる。


「ああ、もう」


 だが、夏彦に全く危機感はない。

 これなら、ついさっき学園長に好きに攻撃してみろと言われた時の方が緊張した。

 夏彦は、無造作に前に進んで角材の男に近づく。


「おらっ」


 後ろからの鉄バットの攻撃を、見もせずに勘でかわす。まったくの素人の、力任せの攻撃。この程度、目で確認するまでもない。


 そのまま、角材の先を片手で握る。


「てめっ」


 男は自分の武器から夏彦の手を離そうと角材を振り回そうとする。


 そこで、夏彦は握った角材の先に、適切なタイミングで、適切な力を込める。


「がぁっ!?」


 そうして逆に夏彦によって角材は振られ、男の体は泳いで、地面に叩きつけられる。


 同時に空いていた方の手で夏彦は裏拳を放つ。


 振り向かず放ったそれは後ろの男の顔の中心に鈍い音をたてて当たり、男の目がぐるんと回転する。そのまま白目をむいて後ろの男は倒れる。


 前の男が起き上がろうともがいたのを、夏彦は踏みつける。


「げっ」


 みしり、という音がして男は体を一度震わせてから、動きを止める。


「おいっ、あの傷だらけの奴、強えぞ」


「囲めっ!」


 遅れて登場した夏彦が危険人物だと気づいた不良グループのうちの数人が、夏彦を取り囲むようにする。


 まずいな。

 夏彦は平気な顔をしながら内心焦る。

 四人以上、それも武器持ちを相手にして有利に戦闘を進める自信はない。予想よりも状況が悪い。風紀会のメンバーは押されているし、援軍も未だに来ない。


「……『最良選択』」


 集中力を全開にして『最良選択』に叩き込み、夏彦は勘を限界まで研ぎ澄ませる。

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