超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

エピローグ

公開日時: 2021年1月16日(土) 18:48
文字数:2,764

 結果として。


 ノブリス学園はなくならなかった。


 あの混乱は、突如として強権を発動させた行政会によってほとんど無理矢理に押さえ込まれていった。その時点で、ほとんどの会は弱体化しており、それに異を唱えられるのは風紀会だけという状況だったが、その風紀会がその流れに加担したというのが大きい。


 二大巨頭体制で急激に統治されていくノブリス学園に違和感を持つものも多く、その者たちはほとんど潰れかけていた生徒会を旗印に終結し、再び学生による自治を叫んだ。


 それも、今は昔。


 つぐみたちが二年生になる春休みには、騒動は落ち着いていた。


 現実の国家さながらに、行政会、風紀会、生徒会の三つの会によって行政、司法、立法とバランスがとられるようになった。


 行政会は外務会を吸収し、風紀会は司法会を吸収した。生徒会はその二つの巨大な権力に対抗する学生の自治団体として、かつての存在理由を取り戻していた。


 結局、何も変わらなかった。

 大きな混乱の後に、少しだけ変化した秩序が出来上がる。

 それも、世の常なのかもしれない。





 つぐみは春休みの最後の日に、学園に来ていた。

 春休みだからといって休んでいられなかった。特に、混乱の中、風紀会は大活躍だったのだから。

 だが、この日、つぐみが学園にいたのには仕事以外に理由があった。


「どうぞ」


 風紀会の会長室のドアをノックすると、声が返ってくる。


「失礼します」


 緊張しながらドアを潜ると、部屋には、風紀会の会長である瑠璃、そして副会長のレイン、副会長補佐となった雲水の姿がある。


「ああ、よく来た。座ってくれ」


 レインに促され、つぐみは椅子に座る。


「もうすぐ、二年生だな。卒業しているのに居座っている俺や瑠璃もいなくなる。もう、君達の時代だ」


 レインは遠い目をしている。


「笑止。感傷的。それに私もレインもいずれ戻ってくる算段」


「それはもちろん。俺たちは自分の優秀さを信仰しているからな。教師になって戻ってくるつもりだ」


「否定。一緒ではない。私は理事になって戻ってくるつもり」


「おい、つぐみが戸惑っている。さっさと用件を話せ」


 じゃれ合う三年組に呆れたように雲水が言う。


「ああ、悪い悪い。それで、俺たちが卒業した後の話だ。雲水は、司法会を吸収する時の密約でな、もう会長の座につくことが決まっている。それ以外のポストについてだ。律子は優秀だが、管理職タイプじゃあない。主任を任せようと思ってる。秋山はその補佐だな。大体、奴は面倒なのを嫌うタイプだ」


「はあ」


 緊張しながら、つぐみは相槌を打つ。


「そこで、貴女だ。つぐみ、貴女に課長職を任せたい。律子や秋山をうまいこと動かしてくれ。なに、貴女なら、あの二人も納得するだろう」


「妥当」


「ああ、俺も、問題はないと思う」


 レインの発言に、瑠璃と雲水も同意する。


「――ありがたく」


 つぐみは、しっかりと頭を下げる。


「ありがたく、お受けします」


 断る、なんて考えは毛頭なかった。この学園にいる以上、上にいけることがあれば上にいきたい。上にいって、もっと正しいことをしたかった。


「とはいえ、大変だと思うがな。上司は雲水だし、風紀会に風当たりの厳しい生徒会は、怪我のせいで留年したあの馬鹿、コーカが未だ居座ってる。あいつは強敵だぞ」


「もちろん、存じています」


「まあ、頑張ってくれ」


 そこで、レインはふと言葉をとめてから、


「彼がいたら、どう言うかな」


 そう独り言のように呟くと、


「賛成すると思いますよ、夏彦君なら」


 つぐみがそれに答えて、微笑む。





 部屋を出て、ほうとつぐみは息を吐く。


 そうして、校舎を出て、校庭にある桜を見る。


 桜は、今が満開だ。

 入学式の時を少し思い出す。

 虎と夏彦、そしてつぐみで初めて教室に残ったあの日のことを。


 しばらく、桜を見る。

 風で桜の花びらが少しだけ舞っている。


 何気なく、その花びらをつぐみは目で追う。


 あの約束をしてから、まだ一年は経っていない。

 けど、この調子だったら、もうすぐだよ、夏彦君。心の中で少し文句を言う。


「失礼」


「ひゃっ!」


 突然後ろから声をかけられ、つぐみは飛び上がる。


「ああ、驚かして悪い。来年からここで働く教師なんだけど、学園長室ってどこ?」


 つぐみが振り返ると、そこには地味なスーツ姿の男が立っている。


 二十代後半といったところだろうか。髪に白髪が多く混じって、そして多少やつれていることを除けば、これといった特徴のない男だ。


「……学園長室、知らないんですか?」


 つぐみが言う。


「ああ、知らない」


 男が答える。


「前あった場所から、変わってませんよ」


「その、前会った場所を知らないんだよ」


「嘘ばっかり」


 そうして、つぐみは微笑んだ。


「おかえりなさい」


 しばらくの間を置いて、かりかりと男は頭をかく。


「どうして分かった?」


「面影、残ってるもん」


「そうか? 一年も経ってないのに、こんな擦り切れた男になってるんだ。普通、俺だって思わないだろ」


「分かるわよ」


 男とつぐみは並んで桜を見る。


「桜か。入学式を思い出すな」


「あ、やっぱり? あたしも同じこと思い出してた」


「あの頃は、俺も普通のガキだったな。ノブリス学園に憧れて、エリートに憧れる」


「今だって、変わってないじゃない」


「そうかぁ?」


 男は呆れた声を出す。


「大体、不思議に思わないわけ、つぐみちゃんは? 一年も経ってないのに、俺がこんなになっちゃってることにさ」


「きっと事情があるんでしょ」


「そりゃああるよ。事情もなくなるわけないだろ」


 そこで、二人とも笑う。


「まあ、夏彦君はもともとちょっと不思議な人だったから」


「これ、ちょっと不思議ってレベルの話か?」


「実際、そろそろ帰ってくるだろうと思ってたんだ。だって、期限は一年間でしょ? きっと、余裕を持って帰ってくるからそろそろだと思って」


「ま、俺は優秀だからな。余裕を持って行動するのは当たり前でしょ? ただ、俺は実はものすごい長い間彷徨い続けていたんだけど、まあ、それはそれだ。ちゃんと、こっちでは一年以内って約束を守った。ああ、俺はそういうところはちゃんとしてるんだ」


「毎回死に掛けてる奴が何言ってるのよ」


 また、二人で桜を見たまま笑って、


「ともかく、俺は、どうにか舌を噛み切らずに済んだよ」


「うん」


 そこで、つぐみは桜から夏彦に視線を移してから、


「改めて、おかえり、夏彦君」


「ただいま、疲れたよ。つぐみちゃんのオムレツが食べたいな」


「いいわよ、ちょうど、この後部活だし」


 そこで、ふとつぐみは真顔に戻って、


「ところで、夏彦君」


「ん?」


「これから、どうするつもり?」


「決まってるだろ」


 そうして、白髪混じりの、やつれた男は、夏彦は目を少年のように野心に輝かせて、指を一本立てる。


「この学園で、エリートを目指すんだ」


「やっぱり、全然変わってない」


 思わず、噴き出すようにして、桜吹雪舞い散る中、つぐみは腹を抱えて笑い出す。笑いすぎて涙が滲む。

明日、番外編があります。

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