超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

帰還3

公開日時: 2020年12月11日(金) 16:00
文字数:4,130

 食事が終わると、そのままライドウたちと別れて夏彦はタクシーに乗り込んだ。


「調べるのもいいけど、選挙の方の仕事もお願いね。人手足りないのは本当だから」


 お茶を飲むから少し残る、と言う胡蝶に去り際で念を押されたので、


「分かってますよ。それに、これ以上どう調査していいか検討もつきませんしね」


 苦笑しつつ、夏彦は嘘をついた。

 実際のところ、あてはあった。それも、二つ。


 学園に戻ると、まずは夏彦は携帯電話でメールを入れる。

 自分のデスクに戻り、今回の件の一応の報告書を手早くまとめながら、ちょこちょことまだ溜まっている選挙関係の仕事を確認する。

 なるほど、これは確かに大変な量だな。

 うんざりしているうちに、メールが返ってくる。


「おっ、どれどれ」


 慌てて携帯を確認して、夏彦は文面を確認する。

 そして、しばらく考えた後でそれに返信する。


「さて、と」


 これから、忙しくなりそうだ。

 夏彦は気合を入れなおして、再び報告書に取りかかる。





 夕方。

 報告書を書き上げた夏彦は他の仕事をいったん置いておいて、部屋を出る。

 そうして待ち合わせ場所である第一校舎裏に向かう。

 夕方の校舎裏には、当然ながら人はいない。一人を除いて。


「遅いぜ、おい」


 校舎の壁にもたれて退屈そうにしていた虎がぼやく。


「悪い。仕事が長引いて」


「で、終わったのか?」


「まさか。きりのいいところまで終わっただけだ。選挙あるからな、残業コースだよ」


「大変だねえ」


「これ、呼び出しに答えてくれたお礼だ」


 夏彦は二つ持っている缶コーヒーのうち、ひとつを虎に放り投げる。


「うおっと、ちゃんとミルクと砂糖多めか?」


「ああ、でも、太るぞ」


「うるせえよ」


 そう言って虎は嬉しそうに缶コーヒーを一口飲んでから、


「で、俺に頼みごとか?」


「俺が外で巻き込まれた事件については知っているか?」


「概要くらいはな」


 なんだ、と夏彦はがっかりする。


「それだけか」


「俺が詳しい情報を持ってるとでも思ったのかよ。現場にいたお前以上に知ってるわけねえだろ」


「いや、事件を受けての各会の動きとかさ」


「あっ、公安会のことかよ」


 あっさりと虎は言う。


「知ってたのか?」


 極秘じゃなかったのかよ。

 夏彦は驚く。


「これでも手が長いんだぜ、俺」


 自慢なのか、虎は鼻高々に胸を張る。


「それは知ってるけど、それってトップレベルの機密だろ」


「ああ、そうだぜ、だって公安会が関わってる話だからな」


 そこには同意する虎を見て、夏彦は何がなんだか分からなくなる。


「え、何だよ、トップレベルの機密も耳に入るレベルなのか、お前?」


「んなわけないだろ、俺なんて雑魚だ。今回の話、公安会のことが俺の耳に入ってるのは、単なる偶然だ。もしくは、日頃の行いだな」


「お前が日頃どんなに慈善活動してるかはいいとして、結局どうしてその情報が入ったわけ?」


 夏彦は真面目に対応するのが面倒になってくる。


「種明かしするとよ、俺が強請ってた奴の一人が、昔公安の下っ端と接触したことがあったんだよ。で、その公安の下っ端は今も学園にいるわけだ。もちろん、今は下っ端じゃねえぜ。それなりに出世してる」


「で、お前はその情報を手に入れて以来、ずっとそいつの身辺を探ってたわけか」


「そりゃあ、謎に包まれた公安会の一端だぜ。ちょっとでも情報仕入れれば有利になんだろ。脅迫相手は、俺にその下っ端の名前を教えるのをかなりびびってたけどな。公安に殺されると思ってたみたいでよ」


 そりゃあそうだろうと夏彦は思う。

 公安会のメンバーの一人の正体を知ってるっていうだけで、そいつにとってはプレッシャーだったはずだ。ましてや、その情報を虎みたいな歩く地雷原みたいな奴に教えるなんて活きた心地がしないだろうに。


「ま、実際死んだんだけどな、そいつ。公安に殺されたんじゃなくて、例の事件で殺しあってな」


「ああ、あの時になくなったわけな」


 廃工場に転がっていた死体のひとつがそいつだったわけか。

 あまり愉快じゃあない光景を夏彦は思い出す。


「しっかし、公安会の奴を秘密裏に調査するなんて無茶するな。連中、そういうのの専門なんじゃないか? 逆にすぐばれて殺されそうだけど」


「そうそう、すぐバレだぜ、すげえな、やっぱプロは」


 虎は飲み終えたコーヒーの缶を片手で握りつぶす。


「え、バレてるの?」


 妙な話の流れに、夏彦は目を丸くしてきょろきょろと辺りを見回す。

 ひょっとして、今も公安に狙われてないだろうな、と不安になる。


「そうそう。で、知り合いになってよ、そんなに仲良くはねえけど、で、そいつから教えてもらったんだよ。今回の件に関しては」


「何だよ、要するにお前、公安会にパイプ持ってるってことかよ」


 一言で済む話じゃないか、と夏彦は文句を言う。


「そうそう。まあ、パイプ持ってるってほどじゃねえけどな、つい最近まで没交渉だったしよ」


「じゃあ、どうして今回の件の情報を知ってるんだよ?」


 当然の疑問を夏彦が口にすると、


「教えてくれたんだよ。代わりに、お前から情報を聞きだして教えてくれってよ」


「なるほど、ギブアンドテイクなわけだな」


 それなら理解できる。


「その公安のメンバーの名前、教えてくれないか?」


 全く期待せずに夏彦が訊く。

 ここで簡単に教えたら虎の首が飛ぶだろう。文字通りの意味で。


「ああ、いいぜ」


 だが虎はあっさりと答える。

 単に馬鹿なのか、それとも。


「何か裏があるのか?」


「いや、別に。お前から情報仕入れるのと引き換えに、その情報をお前に渡してもいいってことだったからな」


 何てことなく虎が答えるが、それが本当かどうかこちらには判断がつかない。

 最良選択サバイバルガイドをもってしても、虎からは陰謀や邪気なんて感じられない。だが、こいつはそれを感じさせずにとんでもないことをしでかしかねない男だ。


 だが、裏があったとしてもその線でいくしかない。

 こっちが当たりじゃなかったら、もうひとつのあて、つまり外務会副会長のクロノスに直接話を聞きにいかないといけない。そっちは、はっきり言ってうまくいくとは思えないし、薮蛇になる可能性だってある。





 情報を手に入れたのはいいが、それをどう活かしていいのか分からない。

 夏彦はとりあえずデスクに戻り、残りの書類整理を行う。選挙管理委員をやっている監査課の人間から報告書の確認作業が主だ。


 帰って仕事をしているうちに、日は沈み、どんどん人間も下校していく。監査課の部屋からは人がまばらになっていく。


 報告書全体を読んだ印象として、明らかに会長派と副会長派に分かれてバチバチの選挙戦をしていはするが、選挙は概ね滞りなく進んでいるようだった。

 ただ、いくつかの報告書の備考欄から、薄っすらときな臭い雰囲気が漂っている。具体的には、あちこちで囁かれているいくつもの噂だ。

 殺し屋、雨陰太郎を副会長が雇ったという噂。

 会長が外の組織と繋がっていて、副会長を陥れようとしているという噂。

 あるいは、この選挙戦は、実は会長と副会長の仕組んだ茶番であり、実は何か大きな事件を隠しているという噂。


 どれも噂に過ぎないが、逆にそこまで真偽不明な噂が、報告書に記されるレベルまで溢れかえっていること自体、誰もが学園に漂う不穏な空気を感じ取っているとも言える。


「ふう……」


 とりあえず溜まっていた書類を全て片付けた頃には、既に完全に夜になっており、部屋には夏彦以外に二、三人が書類作業をしているだけだった。

 静かな部屋に、かちかちとパソコンのキーボードを叩く音が響く。


「さて、と」


 夏彦は荷物をまとめる。

 とりあえず、今日のところはこれで帰ろう。明日は報告書をもう帰ってしまっている胡蝶に提出して、選挙戦を自分の目で見て、そして虎の紹介で公安会の人から話を聞く。

 予定としてはそんなところか。


「お先に失礼します」


 挨拶をしてから、夏彦は部屋を出る。

 校舎を出たところで、夜だというのにあまりにも生温い空気に驚く。

 もう、夏が近いな。

 そう思って、自分が入学してからあまり時間が経っていないことを実感して、少し驚く。

 色々あったな。でも、色々あったからって自分がそんなに変わってしまったとは思わない。

 友達はなるべく死なせないように。約束は破らないように。なるべく憧れていたエリートに近づけるように。

 それが今の行動原理だ。学園に入学する前から、大して変わっていない気がする。


「そうだ」


 ふと、第三料理研究部のことを思い出す。

 明日、部の方にも顔を出そう。どちらにしろ虎には用があるし、風紀会の話も聞ける。


「よお」


 そんなことに気を取られていたためか、それともその人物が殺気を帯びていなかったためか。

 男がいつの間にか間合いに入ってきたというのに、最良選択サバイバルガイドも発動せずに声をかけられるまで夏彦は気づかなかった。


「えっあっ、はい」


 驚いて夏彦は身構えつつ返事をする。


 男はノブリス学園の制服を着ていたが、その上に更にフード付きのパーカーを羽織っており、そのフードを深く被っている。夜で光のないこともあって、顔は窺えない。


 表情は確認できないが、ふ、とその男が声を出さずに笑う気配がする。


「ふん、敵意持ってないとこんなもんか。鈍いな、この距離まで気づかないか。まるで別人だ。無防備すぎる」


 嘲るような口調で言い、近づいてくるフードの男。


 その声に聞き覚えがあり、どこで聞いた声だったか、と夏彦は考える。


 そうして、その答えが出て。


「……大倉?」


 あまりのことに、夏彦はそう喋ったっきり動けない。


 その動けない夏彦の横を、フードの男は多少ぎくしゃくとした歩調で通り過ぎていく。


 どういうことだ? 生きてるのか、あいつが?


「おっ、大倉っ!」


 ようやく動けるようになった夏彦が振り返り、大声をあげる。

 だがその時にはもう、男の姿は闇に融けてしまっている。


 生きていたのか?

 いや、それはいい。何か裏があって生きていたとしよう。あいつが生きているということは俺にまた絡んでくるとは思うが、それも置いておく。

 問題は、と夏彦は混乱した頭で考える。

 それが何を意味しているのか、だ。あいつが生きていて、そしてこのタイミングで俺の前に現れたのは意味があるのか。それとも、ただの偶然か?

 今回の事件、ひょっとして思っている以上に深い裏があるんじゃあないのか?


「どういうことだよ」


 闇に向かって夏彦は呟く。

 無論、答えるものはいない。

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