超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

化かし合い1

公開日時: 2020年10月13日(火) 16:52
文字数:5,471

「言っとくけどねー、俺も別に暇なわけじゃあないんだけどねえ」


 サバキの苦笑混じりの第一声に、


「分かってるよ、俺以外の監査課は大事件の監査をしてるんだろ」


 胡蝶からの情報を思い出して夏彦は言う。


「んー、まあ、そうだんだけどさあ。俺が思うに、これはハズレだなー」


「ハズレ?」


「大事件は大事件だけど、会の関与した組織ぐるみのものじゃーないってこと。これは、個人がやらかしたことだねえ――規格外の個人が」


 いつもののんびりとしたサバキの態度には似つかわしくなく、声に若干の感情の揺らぎが感じられる。

 恐怖。

 少なくとも夏彦にはそう思えた。サバキは何かを恐れている。


「まあ、そういうわけで、実はこっちも暇と言えば暇なんだー。だから特別に協力してもいいけどさー、夏彦、忘れてないよねえ? 俺、前回の貸しも返してもらってないんだけど」


「うっ」


 夏彦は言葉に詰まる。

 前回の借りとは、裁判での暴動事件の時に協力してもらった時のことだ。確かにまだ借りを返してはいない。


「まー、出世払いってことで、貸し二つねえ」


 軽い感じで言うと、サバキは続ける。


「で、状況は聞いたけどさあ、ぶっちゃけどうしようもないよねえ。いくら俺が色々な会に沢山知り合いがいるからってさあ」


「確かにな」


 夏彦はため息をつく。

 どこかの会に知り合いがいるからどうにかなる問題じゃあない。結局のところ、犯人特定には今のところ限定能力しか材料がなく、いくら人脈があっても限定能力は教えてもらえるようなものじゃあない。


「だから前提をどうにかするしかないんじゃない?」


「前提?」


「そう。この大会の進行を妨げちゃあいけない。生徒会に迷惑をかけちゃいけない。これって、どっちも同じ意味だと思わない?」


 それは、そうだ。

 大会を運営するのが生徒会である以上、この二つは同じ意味だ。


「だったらさあ、生徒会に捜査協力をお願いするしかないんじゃないかなあ。それもトップに。一番手っ取り早いじゃない。一番危険だろうけどさあ。生徒会長から司法会長に文句言われたら、君の首飛ぶかもなあ」


 冗談じゃあない。

 とはいえ、夏彦にはその暴挙とも言える提案を否定する気にならない。

 どっちにしろ、この問題については、与えられた条件で解決しようとすれば詰んでいるのだ。だから、問題の枠を壊すしかない。


「――よし。じゃあ、あとは今、生徒会長が何処にいるか、だな」


「生徒会長なら顧問と一緒に、その会場になってる体育館の二階、教員室で大会の中継みてるはずだけど。てーか、本当に行くの? 凄いねー、命知らずか大物だわー」


「……さすが、特別優良クラス。何でも知ってるな」


「何でも知ってたらこんな学園入ってなかったってーの」


 笑いながらサバキが言い、通話が終わる。


 それを待っていたかのように、


「ね、どうなった?」


 とつぐみが訊いてくる。


「ああ、それが――」


 答えようとしたところで、またステージが騒がしくなる。


 見れば、選手達がステージを降りようとしている。


「あ、また、本戦まで休憩があるんだっけ、しかも長めの」


 つぐみが言う。


 本戦出場選手の発表の後に昼休憩があることは夏彦にもつぐみにも事前に知らされていた。


「さすがに正審査員の皆さんもナポリタンとハンバーグを連続して食べた後だから休みが欲しいだろうし、観客だって料理を見るだけじゃあなくて昼食をとりたいんだろう」


「そうね……ねえ、本戦で大会の邪魔をさせないためには、この昼休憩の間に手を打っとかないといけないわよね」


「ああ」


 一時間弱。それが残された時間だ。


「急がないとね……それで、夏彦君の友達は何だって?」


「生徒会長に直接交渉したらどうだ、だってよ」


 夏彦は簡単にサバキとの会話をまとめてつぐみに伝える。


「無茶苦茶言うわね。それで、どうするの?」


「乗るよ。他に選択肢ないだろ」


 とはいえ、かなりリスクが大きい、地雷を踏むような話だということは夏彦にも分かっている。


「手分けしよう。つぐみちゃんは休憩時間の間、選手とかスタッフとか――に聞き込みとかはできないのか、大会の進行を妨げるもんな。まあ、適当に捜査の方をしといてくれ。俺は、生徒会長に会いに行く」


「危険は全部自分で被るってこと? ――男の子ね」


 ふふ、と彼女にしては珍しく悪戯っぽい笑みを見せる。


「うるさいな」


 恥ずかしいだろ、と夏彦は少し顔を赤くする。


「全部任せきりは悪いし、あたしも行くよ、付き添いってことで。ただし、全責任は夏彦君持ちでね」


 笑顔のままでツグミが言う。

 さっきまでの不機嫌さは、ようやく解消されたらしい。


 夏彦は一度、ちらりとステージに目をやる。

 本戦は、平穏無事に行われればいいな。

 そう願い、夏彦は目線を二階に動かす。現在、生徒会長がいるという、教員室に。





 アポイントメントなしの突然の訪問に応じてくれるかどうか、夏彦には自信がなかった。


 教員室のドアをノックすると、夏彦の見知った顔が覗く。


「あら――これは珍客ですわ」


 生徒会顧問、月だ。


「無茶を承知でお願いします。生徒会長とお話がしたいんですが」


 夏彦が言うと、月は笑顔で後ろを振り返り、


「お客様、入ってもらっても構いませんわね」


 それに対する返事は夏彦には聞こえなかったが、月は後ろにいる誰かに向かって軽く頷くと、


「どうぞ」


 と夏彦とつぐみを部屋に招きいれる。


 狭い部屋。コーヒーメーカーと小さなテレビ、そして机にソファーだけが置いてあるその部屋には、招きいれてくれた月以外に、二人の姿がある。


 一人はソファーに座ってテレビを見ている男子学生。

 短髪やほどよく整っている顔、健康的かつ男性的な体躯からは爽やかなスポーツマン、それも漫画に出てくるような文武両道温厚篤実な完全なスポーツマンだという印象を受ける。きっちりと着こなした学生服には隙ひとつないが、同時に近寄りがたさもない。清廉潔白であり、同時に寛容。


 もう一人はその横、腕を組み、部屋の端に壁にもたれて立っている男子学生。

 素肌にそのまま学生服のジャケットをはおってる。それほど長身ということもないが、圧倒的な肉の存在感を持っている。いや、もはや肉というよりも鉱物の類。あるいは、人の形をしているから石仏の方が近いか。鍛えて、人間の肉体がこうなるものだろうか。そし顔の右半分は酷い火傷で、右目には眼帯。


「ようこそ、俺に何か用ですか?」


 ソファーに座っていた男子学生が、友人に呼びかけるような気楽さで声をかけてきて、


「僕が生徒会長のコーカです」


 と、自己紹介してくる。


「俺は――」


 自己紹介を返そうとする夏彦を手で押しとどめて、


「君は夏彦君。それで、そっちの彼女はつぐみさんでしょう。例の事件で活躍されたみたいじゃないですか。お二人のことは知ってますよ」


 生徒会長、コーカはそう言う。


 余計な手間が省けるのはありがたい。

 黙って腕を組んでいる男子生徒が気になりつつも、彼について質問して時間を浪費するつもりは夏彦にはない。

 昼休憩の間に、生徒会長の了解を得て、犯人を見つけて手を打つ。

 これをしなければならない。


 夏彦は手短に現在の状況を説明する。

 もっとも、説明の必要があるのかどうかも怪しいところだが。

 説明しながら夏彦は思う。

 風紀会がそうであるように、生徒会だって情報は上がっているはずだ。生徒会長が知らないわけはない。


「そこまでは僕も知ってます」


 案の定、コーカの返答はそんなものだった。


「それで、僕にどうして欲しいと?」


「まず、生徒会に味覚を操作できる能力者がいるのか、いるとしたら誰なのかを教えてくれませんか?」


「ほう」


 夏彦の無茶な要求に、コーカは目を細める。


「手続きを踏まずに、ですか?」


「ええ。俺は役職なしなんでその立場にいません。上司に手続きを踏むように頼んでも、断られました」


 相手は会長。伏魔殿じみた会のトップに立つ男だ。腹芸は通用しないだろう。

 夏彦はそう考えて、最初から全て打ち明けるつもりで話していた。


「つまり上司の許可を得ず、独断で今動いているわけですか」


 コーカは、ふっと目を横にやり、壁に寄りかかって立っている男子生徒を見る。


「どうするんですか、雲水。君の部下でしょう?」


 雲水?

 ぎちり、とその名前に反応するようにして夏彦は自分の体が硬直するのを感じる。

 まずい。なんてことだ。


「……バサラ者の一人や二人、組織の中にはいるものだ。獅子身中の虫とならねばそれでよい」


 雲水と呼ばれた男子生徒は目を夏彦に向けてくる。

 その視線までもが鉱物めいている。温かみがなく、硬く、鈍く、そして無機。


 くそ、どうしてここに雲水が、司法会の会長がいるんだ。

 夏彦は身もだえしたい衝動を必死で抑える。

 ノブリスネットで確認した名前だ。新しく会長に就任した一年生。外の組織と通じていた元会長、元副会長以下十数人の首をもってその地位に昇った怪物。


「か、会長ですか、初めまして」


 ひきつった顔でそう言いながら、夏彦は『最良選択サバイバルガイド』を発動する。

 危険に対するセンサーを最大限まで強化しておかなければ、最悪の場合、ここで殺されるかもしれない。


「ああ」


 それだけ言って、雲水は視線を夏彦から外した。まったく興味を持っていないように。


「全く。僕だったら形だけでも少しは申し訳なさそうにしますけど。うちの新人がすいません、みたいな」


 揶揄しながらコーカは苦笑している。


「雲水君にそんなもの期待するだけ無駄ですわ」


 つられたように月も笑う。


「ああ、そうですね。知ってますとも。夏彦君、寛大な会長でよかったですね。ふふ、今の緊張具合からして、限定能力については気軽に質問できる問題じゃあないってことくらいは知ってるわけですね」


「ええ」


 夏彦は答える。

 そうだ、知っている。今、自分がどれだけ無茶なことをしているかも。


「それなのに、わざわざ俺のところに訊きに来た、と。後ろのつぐみさんもですか?」


「あたしは――」


「いえ」


 夏彦は、つぐみの言いかけた言葉を遮る。


「彼女は付き添いです。俺がこんな馬鹿げたことをするなんて、とびっくりしてますよ」


 責任は俺持ち、だったよな。

 夏彦はちらりとつぐみに目をやって、アイコンタクトでそう語りかける。


「ふむ。そうですか」


 その時、奇妙なことが起こる。


「――え?」


 コーカが、ソファーから立ち上がる。

 だがその立ち上がり方が奇妙だった。まるで映像の逆回転だ。重力が存在しないかのように、ふわりと体が浮き上がっていくようにして立ち上がっていた。

 そのまま、大股で二歩三歩。するりと夏彦の懐まで入ってくる。


 呆然と夏彦はそれを眺めている。

 危機感が全くない。それが、おかしいと言えばおかしい。生徒会長が歩いて近づいてきている。それなのに、身構えようとする気にすらならない。『最良選択』は発動しているのに、何も感じない。


 もしも、近づいてくるのが友人――例えば虎やつぐみだったとしても、ここまで自分は無防備だろうか?

 夏彦の頭を疑問がよぎる。

 危険を感じずとも、ここまで近づかれたら多少身構えるのが自然なんじゃないか? ましてや、相手は初対面の生徒会長。どうして、少しも危機感を抱かない?

 そうだ、つまり。


 強化してあるはずの勘が、この状況に対して何一つ警告を発しない。

 そのことこそが危険であると気づいた夏彦が身構えるのと、既に鼻先が触れてもおかしくないほどに近づいていたコーカが拳を無造作に突き出したのが、ほぼ同時だ。


 その突きは構えも何もなっておらず、本当にただ腕の力だけで突き出したもの。拳の迫ってくる速度もそれほどのものではない。


 だが、それを受けるのはまずい。真正面から防御するのも危険だ。拳が迫ってくるというこの状況ですら、危険だと心底から思えない。その異常こそが危険。

 勘や実感ではなく、理性でそう判断した夏彦は、拳を横から叩くと同時に体をずらす。

 刹那の攻防。夏彦が身構えていなかったら、その回避行動は確実に間に合っていなかっただろう。


「うっ、ぐぅ――」


 捌ききった。確かに、突きをずらして体に当てないことに夏彦は成功した。

 それなのに。

 突きをずらした自分の右腕が、激痛と共にぶらりと揺れているのを夏彦は見る。

 これは、間接が外れたのか?

 肩にはしる激痛からとっさに判断しながら、夏彦はするするとコーカから距離をとる。


 横から叩いた腕の、その付け根の肩の関節を外す。それは一体どれほどの威力の突きなのか。


「ほう」


 感心したようにコーカは息を吐き、追撃はしてこない。


「怖いですね。二対一ですか」


 ぼやくコーカが夏彦を追撃できない理由。


 つぐみが、限界まで目を見開き、まるで獣のように姿勢を低く、両手をすぐにでも掴みかかれるように構えている。

 コーカに向かって。


 肉食獣じみたその姿に、夏彦は身震いする。

 コーカに感じなかった恐怖を、ひしひしと感じる。


 おそらく、つぐみの身体能力と戦闘技術はどちらもコーカはおろか、夏彦にも劣っている。それなのに、味方であるはずの、つぐみに救われているはずの夏彦すらも感じる恐怖。

 凶暴性。

 常日頃のつぐみからは想像もできない凶暴さが、そこにはある。


 彼女もまた、会に所属している。すなわち、友人ではあるが同時に怪物の一人だと今更に思う。


「しかし、意を完全に消してみたのに、それでも対応しますか。いや、不自然なほどに意を消したからこそ、かな」


 呟いたコーカは、くるりと背中を向けた。隙だらけのままソファーに戻り、どっかと座る。


 あまりにも無防備なコーカの行動に夏彦とつぐみは毒気を抜かれ、困惑して立ち尽くす。


「さて、それではあなたの質問に答えましょう」


 コーカは、ついさっき夏彦を殺しかねない拳を放ったことなど忘れたかのような態度で朗らかに言う。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート