超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

ノブリス学園料理コンテスト予選3

公開日時: 2020年10月12日(月) 16:40
文字数:4,819

 予選第二回戦のテーマは、ハンバーグだった。


 まとまらない思いも抱えたままで夏彦は審査員席に戻り、ハンバーグの完成を待つ。


 百組以上いた選手は、予選第一回戦によって約半数の五十組程度まで減らされていた。ここから、更に八組まで数を絞られることになる。


 もう、あんなことは起きないだろうな。

 夏彦はそう確信しながらも、どこか不安に思う。

 『最良選択サバイバルガイド』がうずいている。

 限定能力が進化したのか、夏彦の『最良選択』はその能力を変化させつつあった。これまでは自分の意思で発動させていた能力。だが、今では勝手に発動しかかっている。ある許容量を超えた予感、と言えばいいのか、それがあった時には、自動的に発動するようになってしまったようだ。

 そして今、夏彦の能力は自動的に発動しようとしている。それが分かる。その時はまだかとうずいている。


 勘が外れてくれればいいが。

 そう思いながら、夏彦は運ばれてきた一口大のハンバーグを食べていく。

 やけに軽い。豆腐ハンバーグだろうか。それだけでなく、肉自体にも工夫がしてある。おそらく鶏ミンチがひき肉に混ざっている。食感はふわふわしていているが、刻まれたねぎがアクセントとなって物足りなさはない。そしてしばらく咀嚼すると、やがて口のなかでさらりと溶けていく。控えめにかかっているポン酢とも合う。

 第一回戦のナポリタンで結構腹が膨らんでいるであろうこと見越して、こういういくらでも口に入っていくようなあっさりしたハンバーグを出してきたのだとしたら、その知略や見事だ。

 マル。


 次のハンバーグ。見た目はごく普通のものだが、かみ締めてみて驚く。刻んだたまねぎが入っているが、それが驚くほど多い。じゃきじゃきという食感が面白いし、何よりこれも軽い。あっさりとしている。

 マル。


 次も見た目は普通だが。

 重い。

 夏彦は口に運ぶ時点で驚く。ずっしりとハンバーグが重いのだ。口に入れて再び驚く。食感が違う。味が違う。思い切り肉だ。

 おそらく、これはミンチ肉を使っているのではなく、ステーキ肉か何かを刻んでミンチにしてある。完全な肉そのもののようなハンバーグだ。凄い。

 美味いか不味いかで言えば、文句なしに美味い。かかっているソースも肉との相性は抜群だ。

 ただ、今の夏彦には少々重かった。正直、この時点での審査員の腹具合を考慮してもっと軽いハンバーグを作って欲しかったというのはあるが、それでも美味いことには違いはない。

 夏彦はマルをつける。


 さすがは第一回戦を勝ち抜いた選手だ、どの料理もレベルが高い。

 そう思いながら、夏彦が次のハンバーグに口をつけた瞬間、


「――ぐっ!」


 呻き、動きを止める。

 周りの審査員も同様だ。

 辛い。まるで、唐辛子をそのまま口に入れたような。辛めに味付けをしたとか、そういうレベルではない。

 慌てて水を飲んでいる審査員もいるが、夏彦は水を飲まなかった。飲んだところで、能力が解除されない以上、この舌を痛めつける辛さは消えることがないはずだからだ。

 幸いにも、辛さはすぐに消える。能力を解除したのだろう。


 やってくれたな。

 夏彦は思わず歯を食いしばる。

 審査員の中にも数人、深刻そうな表情を浮かべている人間が出てきた。おそらくはいずれかの会に所属している人間。限定能力だととうとう気づいたか。


 くそっ、くそっ、くそっ。

 叫びたい衝動をこらえながら、夏彦は考える。

 第一回戦で落とした組以外にも落としたい組がいるなら、そいつもまとめて第一回戦で落とすはずだ。それをせずに、限定能力を使い、わざわざ二回に分けて、甘かったり辛かったり極端なやり方で大会の邪魔をする。

 つまりは愉快犯。何か目的があって邪魔をするというよりも、邪魔をすること自体が目的。

 夏彦も含めたいずれかの会に所属している予備審査員にだけ理解できるメッセージだ。

 ほら、限定能力を使って大会を邪魔しているぞ、と。犯人はメッセージを伝えてきている


 馬鹿にしやがって。

 自分でもどうしてそこまで頭にきているのか分からないくらい、夏彦は激昂している。

 怒りながら、苛立たしげにバツをつける。本物の料理の味が分からないのに、マルをつけるのは不誠実な気がするからだ。自分が引き裂かれるような気分だ。畜生。





「駄目ですか……」


 休憩時間に、再び体育館裏で胡蝶に報告していた夏彦は、今回の件の捜査を断られてぽつりと呟く。

 その呟きに不満の色が混じらないのは、既にその返事を予測していたからだ。


「やはり、生徒会を刺激したくないからですか?」


「それがないと言わないけれどね。夏彦君の推理が当たってるなら、というよりもその推理以外に考えようがないと思うけど――つまり、大会を邪魔しているのは会としての組織ぐるみではなくて頭のネジの外れた個人の犯行なわけでしょう?」


「まあ、そう、ですね」


 会全体として、このコンテストの邪魔をして何の利益があるというのか。全く思いつかない。である以上、敵は個人だ。


「だとしたら、それは司法会監査課の仕事じゃなくて、風紀会の通常の捜査の範疇じゃないかしら。現に、他の審査員から報告があったらしくて、風紀会は動き始めているようだもの」


 胡蝶の言っていることは、正論だ。


「とはいえ、捜査は難航するでしょうねぇ。だって、嫌がらせだとしたら、犯人がどこの会の人間か分からないもの」


「誰の料理か分からないまま限定能力を使用すればいいから、ですね?」


 つまりは無差別でいいのだから、利害関係から犯人を辿れない。


「そういうこと。それに、人が死んだりとかするような大事件じゃあないでしょう? 料理の大会である料理の味をおかしくした。それだけだと、大会の運営を妨げてまで捜査っていうわけには、ねえ」


 くそ。

 夏彦は歯噛みする。

 結局、犯人がこれ以上大会の邪魔するとしても、それを防ぐことは事実上不可能だということだ。


「犯罪にも通じるけど、予防が一番難しいわよねぇ……終わった後の捜査よりも」


 その言葉を最後に電話は切れる。


 別に構わない。もう予選は終わった。俺が審査することはないんだ。

 そう自分に言い聞かせても、夏彦の胸中には割り切れないものが残る。

 監査課の仕事ではない。胡蝶の言うように、俺の出る幕ではない。

 そう分かっていながら、それでも料理大会を限定能力で妨害されるのが許せない。償わせなければ。

 自分でも理解できない激情。


「そうだ」


 気になるなら調べればいい。

 風紀会が調査を開始しているなら、知り合いの風紀会の人間に訊くのが一番だ。さすがに重要なことは教えてくれないだろうが。

 選手として拘束されておらず、かつこの会場にいる風紀会の知り合い。

 一人しかいない。





 夏彦が声をかけるのを躊躇するほどの不機嫌さで、つぐみは特設ステージの端に立っている。


「つぐみちゃん」


 なるべく目立たないように、小声で囁きながら夏彦は近づく。


「……夏彦君かぁ」 


 背中から声をかけると、つぐみは振り返ってじっとりとした目で睨んでくる。 


「ご機嫌斜めだな」


「うん。夏彦君、予備審査員なら知ってるんでしょ。あの――」


「味をおかしくされた件か」


「そう」


 忌々しげにつぐみは言う。


「ふざけてるよね、人が一生懸命やってることを邪魔するなんて」


 義憤に駆られているようだ。


「しかも、料理に対してさ」


「やっぱり、そこか」


 つぐみが料理に対して並々ならぬ思い入れを持っていることは夏彦にも分かっている。


「美味しいものを食べるって、老若男女善悪貴賎に関わらず、等しく幸福になれることなのよ、分かる?」


「まあ、言いたいことは分かるよ」


 そもそもが生きるためには食べなくてはならない。生物である以上、食事に快感を得ることは本能だ。だからこそ、そこから派生した美味しい料理や楽しい食事には、誰もが幸福感を得られる。


「あたしも、貧乏だったけど家族全員で食事をしたり、お母さんにオムレツを作ってもらったりした時には、嬉しくて幸せで飛び跳ねてたわ」


「つぐみちゃんが飛び跳ねてる姿が浮かばないな」


 真面目で落ち着いた委員長タイプ、というのが夏彦の持っているつぐみの印象だ。当初は少し頼りなさもあったが、風紀会に入会してから、その線の細さのようなものも消えていった。


「うるさいわね。茶々を入れると……」


 つぐみは片手で軽く夏彦の脇腹をこづく真似をする。


「わ、悪かったよ」


 こいつ、どんどん暴力的になってないか?

 夏彦は怯える。

 というか、かなり神経質に、そして不機嫌になっているのだろう。


「捜査のこと、どれくらい聞いてる?」


「聞いてるというのは正しくないわね。あたしも捜査に参加してるの」


 そうか。

 夏彦は自分のうかつさに顔をしかめる。

 できる限り目立たずに、しかも緊急に捜査を行うには、予め会場にいる会の人間を動かすに決まっている。


「じゃあ、捜査情報は極秘なわけだ」


「極秘も何も」


 つぐみは両手を使って、お手上げ、というポーズをする。


「捜査情報なんてないわ」


「ない?」


「そう。だって、分かっているのは味覚に何らかの影響を与える能力だってことでしょ。公開されてる限定能力にそんな能力はなし。愉快犯だとしたら他に犯人を絞り込むための推論すら立てられない」


 どうやって捜査すればいいのよ、とつぐみは愚痴る。


「もちろん、結局のところどこかの会に所属しているだろうわけだから、六つの会全ての会長が協力してくれればすぐに判明するだろうけど――」


「それにしては事件の規模がしょうもないわけか」


「うん。それに、そこまで話が進んだら多分、大会の進行自体に影響が出るでしょ?」


「そうだな。それも、困るわけだよなあ」


 運営している生徒会にとっては。


「つまり、捜査してると言えば聞こえはいいが、実際は右往左往してるだけってことか」


「お恥ずかしながら」


 ぺこり、とつぐみは頭を下げてくる。


「……納得、できてない顔だな」


 かまをかけるつもりで夏彦が言うと、


「当たり前でしょ」


 不機嫌そのものの顔で、つぐみはそう返してくる。


「捜査権限もらったから自由に動けるけど、かといって大会の運営を妨げないように、他の会に迷惑かけないようにって縛りもあるから――」


 実質的には、何もできないのと一緒というわけか。

 しかし妙だな、と夏彦はひっかかる。

 大会の運営を妨げないというのが、それほど重要なことか? 何と言っても、限定能力を使用して不正されている。禁忌中の禁忌だ。普通に考えれば、料理大会を円滑に進めることよりもその不正の処罰を優先しそうなものだが。

 ともかく――


「俺も、一緒なんだよ」


「え?」


 つぐみが聞き返したところで、ステージから歓声があがる。

 どうやら休憩が終わり、本戦出場選手が発表されるらしい。予備審査員だった夏彦にはもう出番はないので、ステージに戻る必要はない。


 司会者に呼ばれ、本戦出場選手に選ばれた組が次々とステージの中央に現れる。


「おおっ! 凄い、律子さん組とアイリス組が本戦に残ってるよ」


 その様子をみていたつぐみが、幾分興奮した様子で言ってくる。不機嫌さが一時的に吹き飛んでいるようだ。


 確かに律子が冷たく鋭い隙のない態度でステージの中央に立っている。その隣に締まらない笑いを浮かべた秋山。少し離れて、タッカーとアイリスもステージ中央で仲良く笑って話している。


「おお」


 夏彦も思わず声をあげてしまう。

 八組のうちの二組が、第三料理研究部から出るとは。 


「でも――」


 ふっと、つぐみは顔を曇らせる。

 その二組が参加する本戦も、愉快犯によって無茶苦茶なものになってしまうかもしれない、と思ったのだろう。


「なあ、つぐみちゃん。さっきも言ったけど、俺もこのまま犯人が本戦を邪魔するのを指咥えて見とくのは嫌なんだ」


「でも、どうすれば……」


「組んで捜査しないか、つぐみちゃん」


 夏彦はそう提案してみる。


「組んでって……あたしと夏彦君が組んで何をするの?」


「それは、今から考える」


 夏彦は携帯電話を取り出す。


「まずは、人脈持ってる奴に協力をお願いしてみるか」


 そうして夏彦は電話をかける。

 同じ監査課に所属する男、サバキに。

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