超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

談笑1

公開日時: 2020年11月23日(月) 22:29
文字数:3,433

 次に目を覚ました時には夏彦は病室だった。丸一日経っていた。

 ライドウがいて、「いつもボロボロになってますね」と笑われた。明日には退院できるように根回ししてくれているらしい。

 こんな状況だが、選挙管理委員の会議の件は継続してやらせてくれ、と頼んでいると、意識を取り戻したと聞きつけた風紀会の取調官が駆けつけてきた。

 当然ながら、事件についての取調べだ。

 その一切を「記憶がはっきりしていない」の一点で夏彦は押し通した。ここで下手なことを言って虎の嘘と食い違ったら目も当たられない。深刻なダメージを受けていたのは確かなので、向こうもあまり強くは出られないようだった。

 更に、向こうの取調べもそこまで本腰を入れたものではないようだった。

 詳しくは分からないが、どうも虎がうまくやってるようだな。

 夏彦はそう納得して、何とか取調べを切り抜けた。


「ふう」


 ようやく人心地つく頃には病室から人が消え、消灯時間が過ぎて病院の明かりも消える。


 夏彦はしばらくベッドの上でぼんやりとしていたが、


「虫の知らせ、ってやつだな」


 呟いて、病室を抜け出す。

 第六感が、あの場所にいけと囁いている。

 まだ体はうまく動かないし、撃たれた方の足は多少引きずるが、それでも夏彦はこっそりと廊下を歩き、階段を昇る。


 数階上がり、それまでの階とは雰囲気が違う階に出る。

 廊下は床が磨き抜かれた大理石で、立ち並ぶ扉はどれも重厚で細工のほどこされた木製だ。

 病院というよりは、どこかの大企業のプレジデントルームが立ち並んでいるようだ。


 その扉のうちの一つから、僅かながら光が漏れている。


 勘が、そこだと囁いている。ほとんど迷わずそれを確信する。


「ここか」


 夏彦は呟いて、その扉をノックする。


「……誰だ?」


 怪訝な声が聞こえてきて、夏彦は扉を開けた。


「おっ、夏彦?」


 キングサイズのベッドに腰掛けて驚いているのは、病院着姿の虎だ。


「よお」


 後ろ手にドアを閉めて、夏彦は丸椅子を見つけて、虎の対面に座る。


 病室とは思えない広く清潔な個室だった。繊毛の絨毯が敷かれ、シャワールームがあり、冷蔵庫があり、巨大な液晶テレビがあった。間接照明が落ち着いた色合いの部屋を柔らかく照らしている。

 まるで、ホテルのスイートルームだ。


「どうして、ここが?」


「勘だよ……まあ、普通に考えれば、お前も入院するだろうし、その時になるべくうるさくされないように特別な病室に入るだろうしな」


「それにしたって、俺を見つけ出すかね、全く。野生動物も逃げ出すような勘だな」


 虎は愉しげに言って、


「お前が意識取り戻したらしいって話、さっき聞いたばかりだぜ。意識取り戻してすぐ俺を捜し出すか。くく、正解だぜ。明日以降、また取調べが厳しくなるだろうし、他のうるせえのも来るだろうからな。今のうちに打ち合わせしとくべきだ。いや、実際よ、どうやってお前と連絡とろうか悩んでたとこなんだ」


「この、豪華な部屋でか?」


 皮肉っぽく夏彦が言うと、


「すげぇだろ、VIPルームだぜ。金とツテがないと入ることできねぇ病室だ。まあ、それでもしつこい風紀会の連中は話聞きに来たけどな。まあ、もう一階上に行ったらもっと凄い部屋があるんだけど、あそこは普通の人間は入れないからな。そもそも階段がない。専用のエレベーターじゃあないとその階自体に行けないようになってるんだ」


「よくそんなことまで知ってるな……それで、ちゃんと誤魔化せたのか?」


 俺に話を聞きに来た連中の態度から察するに、うまくいったみたいだが。

 夏彦はそう思いながら質問する。


「ああ、一応な。俺はあそこで死んでる連中の一人と元々交流があって、そいつとの裏取引に行ったら殺し合いに巻き込まれたことにしたぜ。あ、そうだ。例の隠し拳銃は死体の一つに握らせといたからよ。お前の足、殺し合いに巻き込まれた際に撃たれたことにしろよ」


「別にそれはいいけど、いいのか、裏取引のことなんて公にして?」


「ははっ」


 虎は笑って肩をすくめる。


「身を切れっつったのはてめぇだろうがよ。まあ、お咎めはあるだろうけど、大なり小なり誰でもやってることだしな。俺はそいつが内通者の生き残りだったなんて知らなかったって言い通したしよ。実際、どの会もそいつが内通者だとは思ってなかった奴をチョイスしたんで、説得力はあったはずだぜ。俺も、芋づる式に内通者を辿っていって、最後の最後になってようやく見つけ出した奴だ」


 なるほど。

 夏彦は感心する。

 確かにそれなら、信憑性はある。裏取引をしていた相手が、何と実は外の組織の内通者だったというシナリオか。そして、そいつらの殺し合いに虎は巻き込まれた、と。


「あれ、じゃあ、俺はどうして巻き込まれたことにすればいいんだ?」


「知るかよ。まあ、でも、ある程度正直に、俺を調査してたってことにすりゃいいんじゃねぇのか? そこで巻き込まれたってことにすりゃあよ。大倉さんに目つけられてたのは皆知ってんだし、巻き込まれついでに大倉さんに殺されかけたって話、別に信じてもらわれねえことないだろ」


「虎への調査、か」


 夏彦は渋い顔をする。


「秘密裏に調査してたことになるな。課長からお叱りを受けそうだ」


「仕方ねぇだろ。それに――」


 にやり、と虎は笑う。


「学園長の方からフォローはいってると思うぜ。現に、お前の取調べ結構緩かったんじゃねえのか? 多分、自分が他の会の人間にスパイ頼んだのバレるとまずいから、裏から手を回してるんじゃねえかな」


「ああ」


 怪我人とはいえあまりにもあっさりと今日の取調べが終わった理由に思い至って、夏彦は納得する。


「なるほど、そういうことか」


「まあ、大筋はそういうことで、細かいトコは、ほら」


 虎はメモ帳を投げて渡してくる。


「うおっ、と……これは?」


「今回の件についてのカバーストーリーの、細かい部分はそこに書いといた。頭の中に入れたら燃やすなり食べるなりして処分してくれ」


「ありがたく頂こう」


「ああ、で、お前が欲しい金と情報だけどよ」


 いかにも困っている、という表情で虎は、


「悪いけど、今は入院中で何もねえからな。とりあえず退院するまでは待ってくれよ」


「ああ」


 分かっていたよ。

 苦々しく思いながらも、それを表情に出さすに夏彦は頬をかく。

 素直に出すわけがないとは分かっていたことだ。


「じゃあ、それは後々でいいとして、だ。今、話せることもあるだろ?」


「……何の話だ?」


「外の組織と、ノブリス学園のこと、教えてくれよ」


 夏彦の発言に、虎は一度目を瞑り、


「……ああ」


 何かを考えている様子の虎に、


「言っておくが、嘘を教えるなよ。勘で何となく嘘かどうかは分かるからな」


 夏彦は釘を刺しておく。


「心配性だな、てめぇは……オーケーオーケー、話すぜ」


 苦笑と共に目を開けた虎は、


「多少長い話になる。そこの冷蔵庫から俺に缶コーヒーと、あと何か飲みたいものを取ってくれ」


 やけに弾んだ声で言う。


「愉しそうだな」


 夏彦は突っ込むと、


「そりゃそうだぜ。夜中に友だちと談笑するんだ、愉しくないわけがねえだろ」


 笑う虎に呆れながら、夏彦は冷蔵庫から取り出した缶コーヒーを投げて渡し、自分も缶コーヒーを開ける。


「さて、どこから話すかな」


 虎はコーヒーを啜り、一息ついてから、


「あー……外の組織ってのが何かってとこから話すか」


「何って、学園を牛耳ろうとしている外の勢力ってだけじゃないのか?」


 夏彦の確認に、虎は頷く。


「ああ、それで間違ってねえぜ。ただ、それは正確じゃねえな。外の組織ってのは、国の中枢だとか、政財界の重鎮だとかが集まってできた派閥みたいなもんだ。まあ、ぶっちゃけた話、この学園のOBだよ」


 その話に、夏彦は首を傾げる。


「どういう意味だ? この学園で会の役職者にでもなれば、外に出てからも国や経済の中枢に立てるって話は知ってる。けど、それなら――」


 そもそも、既に国のトップともいえる地位にいるのだ。


「そいつらが協力したなら、内通者を送り込んで学園内で死人が出るようなマネをする必要があるか? それぞれの持っている権力を合わせれば、穏便に学園を支配することくらいできるだろ」


「ああ、まあ、そう思うわな。けどよ、それがそうじゃねえんだ。そもそも、お前の考えの前提が逆なんだよ」


「逆?」


 どういう意味だ、と夏彦は体を前に傾ける。


「不等号の向きの問題だ。学園よりも国が力を持ってると思ってるんだろ? そりゃ当たり前だ、誰だってそう思うわな。けど、実はそれが逆なんだよ。国よりも、この学園なんだ」


 妄言としか思えない内容を、虎は語り始める。

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