超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

記憶の呼び声3

公開日時: 2020年12月31日(木) 17:00
文字数:4,007

「うーっす」


 電話から聞こえてきたのは、久しぶりの声だった。


「サバキか?」


「お、よく分かったねえ。最近話してないのにー」


「もう上司でも何でもない俺に、何の用だよ」


 電話で起こされた夏彦は、眠い目をこすりながら体を起こす。


「いやあ、どんな感じかと思っててねえ」


「あん?」


「ほら、君って今まで、どうしようもない状況から、思いもよらない反撃したりしてきたから。今回も、何か企んでるかなーって」


「何も企んでないよ」


 苦笑しつつ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、夏彦は一気に呷る。


「どうしようか迷ってるんだ、本当に」


「迷ってるって、何を?」


「逃げるか、留まるか」


 夏彦の答えに、電話の向こうのサバキは少し沈黙してから、


「……本来の役目なら、逃げて欲しいっていうのが、正しいんだろうけどねえ。君は、混乱を呼ぶからさあ」


「本来の役目?」


「公安会ってこと」


 あまりにもあっさりとそんなことを告白するので、夏彦は反応できない。


「けど、留まって欲しいなあ」


「……どうして?」


「見てみたいんだよ、これからもねえ。夏彦ってイレギュラーが、学園でどうやって足掻いて、騒動を巻き起こすかを」


「悪趣味だな」


「そう? 多分、結構君のファン、多いと思うよー」


「いねえよ」


 思わず乱暴に否定する。


「どこにファンがいる要素があるんだ」


「運、縁、実力、そして心根。全部揃って、だから色んな事件で活躍できたわけじゃない。主人公としてさあ。ドラマ性があっていいと思うよー。人は、ドラマが好きなもんだよ」


「はん」


 うまく返せず、夏彦はただ鼻を鳴らす。


「ま、元気でねー」


「そっちこそ。公安ともなれば、いつ闇に葬られてもおかしくないだろ」


「まあね。じゃ、運がよければ、また」


 最後は、何故か似合わない静かな声で締めくくられて、サバキからの電話は終わる。





「部長がいないのか」


 第三料理研究部に顔を出した夏彦は第一声でそう言う。。


 アイリスの姿がないのは珍しい。というか、それどころかつぐみ以外の誰の姿もなかった。


「部長は補習だって。料理ばっかり作ってて成績がかなりまずかったみたい。それで、その他は、ほら」


 つぐみは首をすくめる。


「色々、忙しいから、最近。分かるでしょ?」


「ああ。逆に、つぐみちゃんがここにいるのが妙なくらいだ」


「誰も来ないから、夏彦君と二人きりになれるじゃない」


「え?」


「ん? あっ、へっ、変な意味じゃないわよ!」


 顔を赤くしたつぐみに、首根っこを掴まれる。


「わ、分かったから」


「ほんとに?」


「分かったって。で、何か、話したいことがあるんだろ?」


「うん」


 ようやくつぐみは手を離すと、


「とりあえず、お茶にしよう。紅茶はもういれてあるし、ケーキだって買ってあるのよ」


 そして、部室でお茶会が始まる。


 つぐみがいれてくれたお茶は、簡単なティーパックのもので、ケーキもどうやらコンビニで買ったもののようだった。


「食事にはこだわり持ってるつぐみちゃんには、らしくないな」


 思わず口に出すと、


「はは」


 つぐみは少し弱弱しく笑う。


 よっぽど追い込まれているのだろう、と夏彦は推測する。

 学園が混乱の渦にある中、風紀会は休む暇もないはずだ。真面目な性格のつぐみならばなおさら。


「……ふう、落ち着く」


 たっぷりと砂糖を入れた紅茶をすすり、つぐみは一息つく。


「で、俺に話って?」


 一方の夏彦は、無造作にケーキを口に放り込む。


「話っていうか……ねえ、夏彦君」


 不意に真剣な顔になったつぐみが、夏彦に目を向ける。

 眼鏡の奥の目は鋭い。


「うん」


「死なないわよね」


「俺?」


「ええ」


「うーん……」


 何と答えたものか、フォークを手にしたまましばらく悩んでから、


「そりゃあ、病気とか交通事故で死ぬ可能性はあるけど……別に自殺するつもりはないし」


「そうよね、死ぬ気はないわよね」


 安心したようにつぐみが言う。


「どうして、今頃そんなことを? だって、逆だろ、普通。会に入ってた頃の方が、色々と危険だったはずだ」


「会に入って、がんがん実績上げてた頃の夏彦君は、確かに暴走して、燃え尽きて死にそうだったわね。でも、今の夏彦君は、逆に火が消えてひっそり死にそうだわ」


「おいおい、辛らつだな」


「ふふ、ごめん」


 ケーキを几帳面にフォークで崩し、口に運ぶ。


「ねえ」


「ん?」


「約束してよ」


「何を?」


「急に、私の前から消えないでよ」


「怖いな」


「え?」


「つぐみちゃんとの約束って、嫌な思い出しかないんだけど」


 夏彦が本心から言う。


 そうして、二人は顔を見合わせて、そして同時に噴き出す。


「まあ、いいよ、約束する」


 笑いながら夏彦が言う。


「ほんとに?」


「ああ、といっても、ずっとつぐみちゃんの傍にいるわけにもいかないから、そうだな、一年。一年以上、つぐみちゃんの前から姿を消すことはないように頑張るよ」


「ええー、一年は長いわね。一週間とかにしてよ」


「長期の旅行も行けないじゃないか」


「まあ、妥協しますか。いいわ、約束して」


「了解。一年以上、つぐみちゃんの前からいなくなることはない。約束するよ。指切りする?」


「子どもじゃあるまいし。別にいいわよ。夏彦君は、そんなことしなくても約束守るでしょ」


「そんな印象、俺にある?」


「普通の人なら避けるはずのものを避けずに真っ直ぐ進む、そんな印象かな」


 ケーキを食べ終えたつぐみは紅茶を優雅に口にする。


「嘘? 俺、そんな感じ?」


「うん」


 カップを置いて、つぐみは真っ直ぐに夏彦を見つめる。


「恥ずかしいけど、夏彦君って、結構、憧れなんだ。正しいと自分が思うことをやって、それで出世したわけじゃない。理想よね」


「おいおい」


 照れくさくなって、夏彦は視線を逸らして頭をかく。

 同時に、自分がそんな風に見られていたことに気づいて、驚きもする。


 こうして、和やかなうちにお茶会は終わる。





「私は神のことを知っている。ずっと古くからだ」


 逆光で顔のない男が言った。


「はっ、そりゃすごい」


 夏彦は鼻で笑う。


「じゃあ、あんたもその神様とやらの一種なのか?」


「私が? まさか。私など雑魚だ。ただ、お前達よりは神に近い。例えば、お前達に分かりやすい言い方で言うところの、スーパーコンピューター並みの演算能力くらいは持っている」


「その、スーパーコンピューターで演算した結果、神様に絶対敵わないって分かったわけか」


「そうだ。話が早い。その通りだ」


「……ふう」


 あくまでも真面目な態度を崩さない男に、夏彦はため息を吐いた。


「分からないな。それと、俺が何の関係がある?」


 焦れたように、夏彦の声から余裕が消える。


「まあ、聞け」


 対照的に男の声は落ち着いている。


「自分の能力の限り、絶対に敵わない相手がいるとする。どうすれば敵う?」


「そりゃあ、誰かを頼ればいいんじゃないか?」


 言ってから、夏彦は気づく。


「……まさか、それが俺だって言うのか?」


「そうだ」


 男の声に迷いはない。


「嘘つけ。俺より凄い奴なんて学園にごろごろいるだろうが。大体、神に近いあんたが、ただの人間の俺達に頼ってどうする?」


「お前の力自体に、私が頼ることなどない。神より遥かに劣る私から見ても、お前達など蟻同然だ。だから、私がお前に頼るのは力ではない」


「じゃあ、何だ」


「言っただろう。絶望の話だ」


「絶望?」


「そうだ。絶望は、未来が確定されるからこそだ。だからお前に頼るのだ」


「イレギュラーってことか? この、俺が」


「そうだ」


「あんたの、スーパーコンピューター並みとやらの演算能力でも、演算できないってのか、俺が?」


「そうだ」


「そんな馬鹿なことがあるか」


 夏彦は笑ってしまう。


「さすがに、俺なんて平凡な人間だ、とまでは言わない。曲がりなりにもこの学園で上に来た。けど、あんたの演算範囲外だってほど滅茶苦茶なつもりもない」


「そういう問題ではない。お前は選ばれた。そして、お前が選んだのだ」


「俺が、何を選んだって言うんだ」


「学園に入ることを。そして、会に入ることを」


「それは……」


「そして、お前の決断で、行動し、学園の上層部へと昇り詰めた」


「俺より出世してる奴なら沢山いるだろ」


「そうだ」


「たとえば、俺と同じ一年で、会長にまでなった雲水。あいつこそ、イレギュラーってもんじゃないか?」


「違う」


「どうして?」


「雲水。奴は会長になるべくしてなった。奴にはその素質があった」


「何だよ、つまり、俺が分不相応な出世してるって言いたいのか?」


「そうだ」


「だから、俺を選んだ?」


「そうだ」


「ふざけてるのか?」


「違う。そして、私が選んだと同時に、お前が選んだ道だ」


「冗談じゃない。冗談じゃない、俺は……」


「お前が選んだのだ」


「うるさい。もう、いい加減にしろ。お前の妄想話に、これ以上……」


「私が何者なのかは分かったか?」


「何?」


 突然の話題の転換に夏彦は戸惑う。


「私が誰なのか、分かったのか?」


「あんたは……いや、分からない」


「何故、分からない?」


 男の問いに答えられず、夏彦は黙る。


「いや、何故、分からない振りをしている?」


「あんたは、どうして……」


「受け入れろ。私が何者なのかを。そして、神と絶望の話を」


「そんな、誇大妄想に、俺は」


「証明しろ」





「ううっ!」


 叫び、夏彦は飛び起きる。


 ベッドの上、汗まみれになっている。


「……ああ、何だ」


 喉がからからだった。

 転がるようにしてベッドから冷蔵庫へ、中に入っているミネラルウォーターを一息で飲み干す。


「……ふぅ」


 記憶が混濁している。

 夏彦は、空のペットボトルを手にしたまま、目を閉じて記憶を整理する。

 昨日は、サバキからの電話で起こされて、一応授業に出て、放課後には部活に行った。そこで、つぐみと出会い、お茶会をした。


「その後は、普通に帰って、寝たんだよな……」


 口に出して確認しながら、夏彦は汗を流そうと浴室に向かう。


「……おいおい」


 その途中、姿見で自分の姿を見て、思わず呟く。


 蚯蚓腫れ。

 それが、手首だけではなく、そこから広がって首元にまで伸びていた。


 結局、その蚯蚓腫れは、シャワーを浴びているうちに消えた。

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