超絶政治闘争学園ノブリス改

片里鴎
片里鴎

記憶の呼び声5

公開日時: 2021年1月2日(土) 17:35
文字数:3,779

 武器を持ったことで、大倉のリーチは広がった。


 だが、基本的にはそれだけだ。何の工夫もない、ただ全力で振り回すだけの攻撃。


 そして、大倉は常人では考えられない姿勢から追撃してくる。その追撃をかわした後にも、更にもう一撃。かつての大倉ではなかった追加攻撃だ。


 それも、夏彦はかわす。

 昨夜、一度見たからだ。もう油断しない。いかに、普通な隙だらけだと思える姿勢になっても、安易に攻撃しない。


 避け続ける。


「調子に乗ってんのかてめぇ!」


 怒鳴りながら大倉は攻撃を続ける。


 夏彦が防戦一方で、全く反撃しないからだ。


「まさか」


 短く答えて、夏彦は避けることに全神経を集中することをやめない。


 余裕などではなく、反撃すれば、どんな隙を突こうとも、大倉の相打ち覚悟の無理矢理な攻撃を喰らうことになるのは目に見えているからだ。


 大倉は、強い。


 夏彦は身にしみて分かっていた。こちらから安易に攻撃できる相手ではない。


「やろぉ」


 攻撃の最中で、大倉は振っていた警棒から不意に手を離した。


「ぬっ」


 夏彦は唸る。


 振られた勢いのまま、警棒が凄まじい勢いで夏彦の顔に向かって飛んでくる。


 避けられる。

 夏彦はそう判断した。

 大倉が既に追撃の構えをとっている。

 だが、それも避けられる。警棒も、その次の攻撃も、対処可能だ。


「――ぐっ!」


 だが、そう判断したうえで、夏彦はあえて警棒を自分の額で受ける。

 固い額とはいえ、衝撃で意識が飛びそうになる。

 それを、唇を噛んで耐えて、次の大倉の攻撃を最小限の動きでかわす。


「ちっ」


 大倉の舌打ち。

 自分の目論見が外れたことに関してだろう。


 夏彦にも分かっていた。

 確かに、警棒も、その次の攻撃もかわせる。

 だが、両方を避けた結果、体勢が崩れる。そしてその次の大倉の蹴りが来る。転がってその蹴りをかわせば、その後、五手で詰みになる。


 夏彦はこれまでの経験と『最良選択サバイバルガイド』でそれを見抜き、大倉は完全な野生の勘でそれを本能的に仕組んだ。


 ならば互角か。

 いや、と夏彦は冷静に考えて否定する。

 大倉の『人間強度アンブレイカブル』は、耐久力と自然回復を強化する能力のはず。だったら、いかに最小限の動きで避けようとも、消耗はこちらの方が大きい。

 ただでさえ、防戦一方ということで神経の消耗は完全にこちらの方が大きいというのに。


「はっ、行くぜ、おら」


 大倉は新しく鉄の鎖を取り出す。


「ほらよ」


 その豪腕で、鞭のように鎖を叩きつけてくる。


「っと」


 かわすと、鎖が地面に命中し、鈍い音と共にアスファルトが弾け飛ぶ。


「まだだっ」


 大倉は鎖を振り回しながら寄って来る。


 ずっと鎖を振り回されたら厄介だ。


 再び向かってきた鎖を避けて、夏彦はそのまま鎖を踏んで封じた。


「――ははっ、ほら、どうした?」


 それを読んでいたかのように、既に大倉は鎖から手を離し、既に近づいてきていている。


 至近距離からの正拳。


「ここか」


 小さく、夏彦は本当に小さく、呟く。


 その攻撃は、それまでの大倉の攻撃と同じく、単純でありながら、速度と威力が馬鹿げたものだった。

 だが、かわせる。

 大倉もそれは分かっている。だから、かわした後にどう追撃するかを考えながら拳を突き出してきている。


 その隙を、利用する。ここしかない。

 夏彦は覚悟を決めた。


「ぐうっ!」


「何っ?」


 苦悶の声をあげたのは夏彦。

 驚きの声をあげたのは大倉だった。


 かわせるはずのその攻撃を、夏彦はあえて防御して受ける。

 その凄まじい攻撃は、防ぎきれるものではなく、受けた腕、そして鎖骨がみしみしと軋む。夏彦の口からかすかに血がこぼれる。


 だが、それと引き換えに、まさか当たるとは思っていなかった攻撃が当たったことに戸惑い、大倉の次の行動が一瞬遅れる。

 その隙に、夏彦は大倉の手首と奥襟をしっかりと掴んだ。


「てめぇっ」 


 当然、すぐ傍にいる夏彦を攻撃しようと、吼えながら大倉は空いている方の手で、全力で攻撃をしてくる。


 それが夏彦に当たることはない。避けるまでもない。

 片手と奥襟を掴んでいる以上、支配権は夏彦にあった。技術を使わない大倉相手ならば、なおさら。


 その攻撃の凄まじい力を利用して、夏彦は大倉を固いアスファルトに叩きつける。

 普通ならば、頭蓋骨が割れてもおかしくないレベルの攻撃。少なくとも数日は絶対に動くことができない。


 にも関わらず、夏彦は投げた瞬間、その場から全力で下がる。


「ちっ」


 舌打ち。

 地面に叩きつけられた大倉は、即座に蹴りを出して反撃している。

 その反撃をかわされたことに対する舌打ちだった。


「ぐうっ、気分わりぃ」


 呻きながら、大倉はゆっくりと体を起こして、立ち上がる。


 ふらつきながらも、普通に立ち上がる大倉はもう人間の範疇を明らかに越えている。


「どう思う、夏彦?」


 そして、大倉はそんな不思議な言葉を口にする。


「え?」


 口元の血を拭いながら、夏彦が聞き返す。


「このまま続けたら、どっちが勝つと思う?」


「お前だろうな」


 夏彦は即答する。


「今ので、俺はダメージを受けた。動きも鈍る。一方のお前もダメージを受けたが、お前の場合は回復するからな。俺の負けだ」


「……そぉかよ」


 何かに拗ねるような表情をして、大倉は視線を夏彦から外す。

 そして、攻撃を続ける気配が、ない。


「……決着、つけないのか?」


「お前、さっき、俺はお前に勝てないって言ってなかったか?」


「言ったな」


「でも、このまま続けたら俺が勝つんだろ」


「だからだ。このまま、続かないってことだ、要するに」


 夏彦の言葉が終わらないうちに、騒ぎ声や足音が遠くの方から聞こえてきた。


 人通りのない夜道とはいえ、ここまで派手に喚きながら暴れていたら、騒ぎになるのは時間の問題だ。

 学園が混乱状態とはいえ、風紀会の人間がこの場所に来るまでそう長くはかからないと夏彦は予想していた。


「結局、こんなオチかよ。決着つけられずに。おい、てめぇはこれでいいのかよ?」


「俺は、お前に力で勝ちたいなんて思ったことがないんだ。悪いな」


「ちっ」


 忌々しそうに舌打ちしてから、大倉はその場から去ろうと背を向けて、そして止まる。


「なあ」


 振り返らずに大倉は続ける。


「俺と決着つける気なんてないなら、本当にどうしてお前はここに来たんだよ?」


 当然と言えば当然の疑問に、


「そうだな……」


 夏彦は一瞬だけ考えて、


「よく分からないが……挨拶、しとこうと思ったのかもな」


 自分でもよく理解できずに、ぽつりとそう言う。


「はっ、なるほどな」


 夏彦自身にも理解できなかったその言葉に、しかし大倉は納得したらしかった。


「律儀だな、てめぇも。気に食わねぇが」


「どういう意味だ?」


 自分のことながら意味が分からず、夏彦は訊く。


「どうも、今にも消えそうな面してると思ったんだ。最後になるかもしれないからって、俺にまで挨拶に来るか、普通?」


 顔半分だけ振り返った大倉は、忌々しそうな顔に僅かに皮肉げな笑みを浮かべている。


「じゃあな……縁があったら、今度こそ殺す」


 そうして、大倉は去っていった。

 その去り姿を見ながら、夏彦は大倉とはこれきり、二度と会わないような気がしていた。





「天網恢恢疎にして漏らさず、という言葉がある」


 薄暗い世界で、男が言う。


「天の法は粗く見えるが、実際には悪人を逃すことはない、という意味だ」


「どうも、今の世の中を見るに、そうなってるとは思えないな」


 夏彦の感想に、逆光の影の顔が、頷くのだけが分かる。


「そうだ。地球だけではない。この宇宙、この世界全てを監督している存在が、一つ一つの事象に気を配るわけがない。いかに神の如き力を持っていようと、だ」


「そりゃあ、残念だ。神様がちゃんと監督してくれれば、この世界も少しはマシになるのに」


「馬鹿を言え。だからこそ、私の付け入る隙があったのだ。いいか、神にとって私は、塵のようなものに過ぎない。私がいかに普通の人間に比べて力があったところで、神にとっては等しく塵だ」


「普通の人間側からすると、希望の持てるお話だな」


 混ぜ返すつもりで夏彦が茶々を入れるが、男の話は止まらない。


「だから、私は見逃されているのだ。もちろん、私がこの世界で好き勝手をすれば、神々の目に留まり、私は排除されるだろう。地球を滅ぼしてしまえば、ひょっとすれば神々も私の存在に気づくかもしれない」


「滅ぼす、って……」


 さらりと常識外れの発言をする男に、夏彦は絶句する。


「だから、あまりにも好き勝手にするわけにはいかない。慎重に、神々に気づかれないように、私は事を起こさねばならない」


「事を起こすって、何を……」


「神殺しだ」


 男は意味不明な答えを即答する。


「いや、それは事象であって本質ではないな。本質は、絶望の破壊だ。永遠に追いつけないと自分の演算により確定した相手に追いつくのだ。私の、この世界が始まる以前からの絶望を消し去ることこそが、私の目的だ」


「神殺し……」


 印象的な言葉を、夏彦は呆然と繰り返す。


「そうだ。そのために私は待ち続け、毒蛇のように忍び続けた。そうして、ゆっくりと、神には気づかれないように、策を練り、準備を続けた」


「準備、それは」


「そうだ。準備の成果の一つは、お前がずっと目にしているものだ」


「やっぱり……ノブリス学園は、あんたが……」


 かすれた声。いつの間にか、夏彦は喉がからからに乾いていた。


「あの学園は私がいくつも作り上げた策のための準備、その一つに過ぎない。それでも、私をこう呼ぶことは間違いではないだろう。学園の創始者。ノブリス学園の理事長と」

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