まず、そもそもどうしてつぐみが疑われているのか。
その夏彦の疑問に対する答えは、意外なものだった。
「……クラブ」
ぼそりと律子は呟く。
「クラブ?」
「うん。秀雄君と黒木君の共通項、全然見つからなかったの。クラスも違うし、寮も違うし……それで、その、ううっ……唯一見つかったのが……」
「……」
「……」
「……はい、見つかったのが?」
続きを聞こうと待っていたが律子がうつむいたまま何も喋らないため、痺れを切らして夏彦が言う。
「うっ、ご、ごめんなさい。その、黒木君、仮入部してたの、書道部に」
「――ああ」
ようやく、見えてきた。
つまり、どう考えても組んでいるはずのあの二人の共通項が、どうやっても見つからない中、二人を繋ぐ人物としてつぐみが見出されたわけだ。
秀雄と同じ風紀会の人間であり、黒木と同じクラブに仮入部していた。おまけに同じ新入生という立場。
秀雄とつぐみが繋がり、つぐみと黒木が繋がる。
けど。
「いや、それにしたって、それでつぐみを拘束っていうのは乱暴すぎやしませんか?」
「ううっ、ご、ごめんなさい」
律子はびくりと体を震わせた。
「あ、いえ、怒ってるんじゃなくて、いくらなんでもそんな薄い容疑でいきなり捕まえるのっておかしくないですか?」
「あの、その……多分、風紀会は、怖がってるんだと、思う。ううっ、こ、今回の件で、公安会が動くんじゃないかって」
公安会。
未だに、公安会と外務会については説明を受けていないことを夏彦は歯がゆく思う。
ライドウ先生に訊いてみようかな。
そう思ってライドウは携帯電話を取り出すが、画面には圏外と表示されている。
そりゃそうか。でなきゃ、取り調べ相手から携帯電話を取り上げてないわけがない。
「公安会、それからついでに外務会って、どういう会なのか教えてもらえます?」
少々不安だが、夏彦は律子に訊いてみる。
「公安会と外務会は、学園に存在する六つの会の中でも特殊な会です」
心配とは裏腹に、律子は背筋を正してはきはきと喋りだした。
明らかに頭のどこかにインプットしていた文章を読み上げている。
「行政会が行政について、生徒会が選挙について、風紀会が取調べについて、そして司法会が裁判について――それぞれの会がそれぞれの管轄において不正をしたと疑われる場合、それを調べるための機関が必要です。それが公安会。公安会は、その他の会の汚職について調査する会です。他の会への潜入調査が主たる役割のため、公安会のメンバー、規模その他は一切公表されていません。もっとも情報の少ない会です」
他の会へのスパイ活動で不正を防ぐ、それが公安会の役割か。
「外務会は、この学園において唯一、外との積極的な接触を許される会です。外部から学園の自立を守るための活動、そして逆に必要最低限の範囲で外部に協力を要請することが役割です」
伸びた背筋、冷たく鋭い眼光。泣く子も黙る風紀会といった風采だ。
「外部に協力を要請って、例えば何ですか?」
教育委員会との連絡や予算の関係なら、行政会の管轄だという旨が校則集に載っていた気がする。それ以外で外部の協力が必要なことって何だろう?
ふと気になり、別に他意なく夏彦は訊いてみる。
「えっ……あっ、あっ」
質問をされると、律子は一気にだらだらと汗をかき、顔が真っ赤になる。
「あっ、うっ、その、た、例えば、学園で誰かが死んじゃった時とか……」
「……ああ」
想像以上にヘビーな話に夏彦はへこむ。
そうか、ありうるよな、人が死ぬことも。だって目の前の律子さんからして日本刀振るってるわけだし。死んだ奴にも家族やら関係者やらいるし、学園内部で死体を処理すればオールオッケーってわけにはいかないよな。しかし、気の滅入る話だ。
いつ、自分の死を外務会が家族に伝えに行くはめになるかもわからない。司法会なんかに入会しちゃったし。
会への入会は危険も付きまとう。入学式でのライドウ先生の忠告が蘇る。
「まあ、ともかく。今回の件で公安会が動くかもしれないって思ってるわけですね、風紀会の人は。それで、そうなるのを恐れていると」
強引に話を戻す。
「う、うん」
全然、納得できない。
「でも今回の件って、汚職というよりも変な連中が暴れてるってだけでしょ。公安会がどうして動くんですか? 動くにしたって、恐れるのもよく分からないし。それで変なことしてた奴らが捕まったら別にいいじゃないですか」
「それは……その」
「はい」
「……ごめんなさい……わかんない」
真っ赤な顔を両手で抱えて、律子はぶんぶんと顔を振った。
ええー。
知らないのかよ。
この人、雰囲気からは想像できなかったけど、結構いいように使われているタイプだな。
どうやらごまかしているわけじゃなくて、本当に知らないようだ。
他に誰かに訊ければいいんだけど、この部屋には他に誰もいないし。
そこまで考えて夏彦は疑問に思っていたことを思い出した。
「律子さんだけなんですか、取調べ? 普通、こういうのって二人一組でするもんじゃないですか?」
「う、うん……でも、今回は一人でやれって、言われて……」
「どうして?」
「……わかんない」
これもか。
さて、じゃあ、これからどうするか。
ただ待つのは、座して死を待つのと同じだ、という気がする。
勘だが。
「――ぐっ!?」
頭痛。
夏彦は顔をしかめる。
何だ、突然?
だがすぐに理由に思い当たり、夏彦は限定能力を解除する。
どうやら、今の自分には連続使用の可能時間はこのくらいみたいだ。
「あ、あの……だだだ大丈夫?」
心配そうに近づいてくる律子。
頭痛に耐えながら、夏彦は覚悟を決める。
このまま、取調室で待っていてもいい結果は生まれない。
「律子さん」
夏彦は、その律子の肩を抱く。
「ひゃあっ!」
律子は声をあげて体を硬直させる。
その律子に向かって夏彦は顔を近づける。
夏彦に他意はなく、自分の真剣さを伝えようとするだけなのだが、律子は完全に混乱して目をぐるぐると回している。
「正直に言います。俺は、つぐみちゃんが事件に関わってるなんて信じられないって言いましたけど、あれは嘘です。あの時は、半信半疑ぐらいでした」
「は、はいぃ……」
聞いているのかいないのか、律子は小さく返事のようなものをする。
「けど律子さんの話を聞いて変わりました。つぐみちゃんが疑われてるのはどう考えもおかしいし、それに俺が巻き込まれるのも全然納得いかないです。律子さんだって、つぐみちゃんが事件に関わってるなんておかしいと思ってるわけでしょ? どうにかしませんか?」
「ど、どうにかって?」
ようやく落ち着いてきたのか、律子はまともな返事を返してくる。
「調べたいんですよ、事件のことを。このままここで待ってても、ロクなことにはならない気がするんですよ」
俺の『最良選択』によればね、と内心で付け足す。
「俺が知ってることは全部話しました。これ以上俺を調べても意味ないです。それよりも、律子さん、あなたが取調官なら、確か担当の事件について調査、並びに参考人を連れての現場検証が取調官の権限によってできるはずですよね?」
夏彦は校則集の、覚えろと言われた範囲の外にあった校則、だが何となく気になって覚えていた校則の一節を取り上げる。
「う、うん。すごいね、夏彦くん……よく知ってるね」
「偶然覚えてたんですよ。で、それを使って、二人で調査をしませんか?」
普通に考えたら通るはずがない要求だ。取り調べられる側からこんなことを言い出したところで、聞き入れられるわけがない。
律子は浮世離れしているから万が一彼女が聞き入れたとしても、確か参考人を取調室から出して現場に連れて行くには上司の許可がいるはず。さすがに上司の許可は無理に思える。
だが夏彦には勝算がある。勘ではなく、根拠に基づいた勝算が。
こういう取り調べられる側からの提案、取引、賄賂の受け渡しといったものを防止するためにも取り調べは二人一組で行うもののはずだ。それが、律子一人に任されている。律子自身理由も知らされないまま。
それは何故か。夏彦はある仮説を立てている。
一人で取り調べをするよう指示を出した奴は、提案、取引、賄賂の受け渡しが、むしろ起こってくれることを期待しているんじゃないだろうか。律子さんみたいに、失礼ながら話してみたところかなりちょろそうな人に一人で取り調べを任せるというのは、かなり恣意的に思える。
つまり、自分を泳がせてやろうという腹だ。俺を泳がせてどうするつもりかは分からない。本当に俺が事件に関わっていて、泳がせてボロを出させようと思っているのか。それとも泳がせておいて、罠にはめて俺を犯人にしたてあげようとしているのか。
いやしかし、そこまでして俺を犯人にして得があるとは思えないか。
とにかく、まだ謎だらけだ。
夏彦がそんなことを考えていると、
「二人で調査……二人で……ううっ」
何を勘違いしたのか、頬を染めて律子は目を泳がせた後、部屋を飛び出す。
しまった。駄目だったか。焦りすぎたか。
夏彦は後悔する。
それにしても、律子さん、慌ててたのかドアに鍵閉めずに飛び出していったぞ。
呆れながらも、夏彦はそのドアから出る気はない。出たことを逃亡と言われて殺されたりしてもおかしくない。
結局、待つしかなくなったな。
夏彦はため息をつく。
そこに、
「ただいま」
まだ頬を紅潮されたままの律子が戻ってくる。
「あれ、律子さん?」
「……許可、もらってきた」
律子は少し恥ずかしそうにはにかみながら言う。
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