足を踏み出して

退会したユーザー ?
退会したユーザー

#69

公開日時: 2022年1月27日(木) 10:08
文字数:1,010

 待って、待って、待ち続けると、右側の階段から聞き慣れた『こつこつ』という音が微かに響く。


 リストは右側の階段まで移動し、見下ろした。


 手摺と杖を使い、ゆっくりと階段を上がってくる円佳の姿が見える。


「円佳さん」


 呼びかけると、円佳は足を止め、リストの声がした方向に視線を向け『今日は早いね』と笑顔で返事をした。


 リストは、円佳の笑顔を見るのが好きだった。


 円佳が笑顔を浮かべてくれると、自然と自分の頬もほころぶ。それが何より嬉しかった。


 円佳が歩道橋の上に到着すると、二人は歩道橋の中央に移動し、寄り添うようにして腰を下ろす。


「お話しの続きは、出来ました?」


「少しだけ」


「少しでいいから、聞きたいな」


「じゃあ、いくよ」


 初めて会った時に聴かせてもらった、リスト姫が主人公のお話。


 初めて会った時は、何日もかけて考えた内容を話したので、それはそれは長い話になったが、毎日会うようになってからは、少しずつしか話が進まない。


「そういえば、リストは傘を持ってきた?」


 物語の途中で、円佳がそう切り出す。


「持ってきてない。昨日の天気予報では降水確率が三十パーセントだったから…今日の天気予報は見てないけど」


「でも、私は、そろそろ降ると思うよ。目が見えなくなってから、鼻が良くなったり、肌が敏感になったりで、なんとなく雨が振りそうだとか分かるようになったんだ」


「そうなんだ…凄いな」


「凄いって、なんとなく当たるだけで、確実に当たるわけではないけど」


 と言ってるそばから、雷鳴が轟いた。


 その音にリストは『キャッ』と小さく悲鳴を上げる。


「円佳さんは、雷とか怖くないの?」


「うん、怖くないよ。どっちかと言うと好きだったから。台風とかが近付いてくるとドキドキした」


「円佳さんは、怖いものなしだ」


「そんな、完璧人間じゃないよ。怖いものもあれば、悲しいことだってある」


 怒った口調ではなく、物語を語っている時と同じ口調で円佳が反論した。


「あっ、ごめんなさい」


「大丈夫、怒ってないよ」


 優しい円佳の言葉で、一瞬凍りついたリストの表情が少し和らぐ。


「あの、聞いていいですか?」


「何を?」


「円佳さんの怖いものとか、悲しいこと」


「そうだなー 教えてあげたいんだけど、実際は自分でもよく分からないんだよね。怖いことに遭遇したり、悲しいことに遭遇した時、怖いな、悲しいなって思うけど、考えると当てはまるものが何か分からないんだよ」


「そうですよね」


「だから、自覚できてるのだけでいい?」

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート