待って、待って、待ち続けると、右側の階段から聞き慣れた『こつこつ』という音が微かに響く。
リストは右側の階段まで移動し、見下ろした。
手摺と杖を使い、ゆっくりと階段を上がってくる円佳の姿が見える。
「円佳さん」
呼びかけると、円佳は足を止め、リストの声がした方向に視線を向け『今日は早いね』と笑顔で返事をした。
リストは、円佳の笑顔を見るのが好きだった。
円佳が笑顔を浮かべてくれると、自然と自分の頬もほころぶ。それが何より嬉しかった。
円佳が歩道橋の上に到着すると、二人は歩道橋の中央に移動し、寄り添うようにして腰を下ろす。
「お話しの続きは、出来ました?」
「少しだけ」
「少しでいいから、聞きたいな」
「じゃあ、いくよ」
初めて会った時に聴かせてもらった、リスト姫が主人公のお話。
初めて会った時は、何日もかけて考えた内容を話したので、それはそれは長い話になったが、毎日会うようになってからは、少しずつしか話が進まない。
「そういえば、リストは傘を持ってきた?」
物語の途中で、円佳がそう切り出す。
「持ってきてない。昨日の天気予報では降水確率が三十パーセントだったから…今日の天気予報は見てないけど」
「でも、私は、そろそろ降ると思うよ。目が見えなくなってから、鼻が良くなったり、肌が敏感になったりで、なんとなく雨が振りそうだとか分かるようになったんだ」
「そうなんだ…凄いな」
「凄いって、なんとなく当たるだけで、確実に当たるわけではないけど」
と言ってるそばから、雷鳴が轟いた。
その音にリストは『キャッ』と小さく悲鳴を上げる。
「円佳さんは、雷とか怖くないの?」
「うん、怖くないよ。どっちかと言うと好きだったから。台風とかが近付いてくるとドキドキした」
「円佳さんは、怖いものなしだ」
「そんな、完璧人間じゃないよ。怖いものもあれば、悲しいことだってある」
怒った口調ではなく、物語を語っている時と同じ口調で円佳が反論した。
「あっ、ごめんなさい」
「大丈夫、怒ってないよ」
優しい円佳の言葉で、一瞬凍りついたリストの表情が少し和らぐ。
「あの、聞いていいですか?」
「何を?」
「円佳さんの怖いものとか、悲しいこと」
「そうだなー 教えてあげたいんだけど、実際は自分でもよく分からないんだよね。怖いことに遭遇したり、悲しいことに遭遇した時、怖いな、悲しいなって思うけど、考えると当てはまるものが何か分からないんだよ」
「そうですよね」
「だから、自覚できてるのだけでいい?」
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