九月十五日
夏が終わりに近付き、少し強めの秋風が吹く夕方。
ショートカットの少女が殺風景な歩道橋の真ん中で、視線を上下に動かしていた。
上を見れば、オレンジ色の優しい夕日が光を放ち、下を見れば、自分と同年代の少女達が制服に身を包み下校している。
ショートカットの少女は、胸に右手を当てた。
鼓動が荒い。
右手で生きている証を感じながら、左手を歩道橋の欄干に手を乗せる。
それからしばらくの間、少女は放心状態のようにぼんやりと時を過ごし、鼓動が正常に戻ると『よし』と呟き、欄干に足を乗せた。
その時だった。
「あの…」
自信なさ気に頼りない女性の声が、背後から聞こえた。
それと同時に『コツコツ』と傘で地面を叩くような音も聞こえる。
「そこで、何してるんですか?」
歩道橋から飛び降りようとしている少女に、声の主は分かりきったことを聞く。
「見れば分かるでしょ」
振り向かずに少女が答えると、先ほど聞こえた『コツコツ』という音が鳴る感覚が早まり、それに伴い大きくなる。
少女のすぐ後ろで『コツ』と鳴ると、少女は女性に手を掴まれた。
手首を捕まれた少女は、形容しがたい複雑な表情を浮かべる。
喜んでいるような、困っているような、怒っているような、怯えているような、複雑な表情を。
「いきなり手首を掴んだりして、ごめんなさい。でも、仕方なかったんです。見れば分かるって言われても、私、目が見えないから」
欄干から足を下ろし、女性の方に振り向く。
女性は焦点が合っていない感じで少女を見つめ、手首を掴んでいない手で杖を握っていた。
「こっちこそ、ごめんなさい。知らなかったから」
歩道橋の下からは、依然として下校中の学生が発する楽しげな会話が飛び交っている。
「あの、やっぱり飛び降りようとしていたんですか?」
少女は、叱られているようにうなずき、すぐにうなずいても分からないと気づき『そう』と小さな声で答えた。
「でも、私が飛び降りようとしてるって、どうして分かったの?」
「なんとなく、音で分かったんです。誰かが欄干に足をかけたなって」
「そうなんだ…で、手首を握られちゃったから、もう気付いてるよね?」
女性は、少女の言うように気付いていた。握っている手で触れている手首に刻まれた無数の傷を。
「どうして、こんなことを?」
「目が見えない人にこんな言い方するのは悪いかもしれないけど、色々あるんです」
少女は、言葉を濁し質問から逃げた。
「頼みがあるんです」
「なに?」
「死なせてくれませんか?」
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