足を踏み出して

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#48

公開日時: 2022年1月27日(木) 09:53
文字数:1,028

 それに、突然目が見えなくなると言われても、実感が沸かない。こんな事態になるなんて想像もしていなかったので、失明する恐怖がピンとこない。


「ごめんなさい、私のせいで」


 声を震わせ、朱理が謝る。おそらく、朱理は止め処なく涙を流しているのだろう。


 おそらくここは、学校の保健室ではなく普通の病院だ。普通の病院に朱理が他のメンバーといることに、私は失明する可能性を聞いた時より驚きを覚えていた。


「朱理のせいじゃないよ」


「でも」


「悪いのは、私をはねた運転手。私は信号を守って、相手は信号無視をしたんだから」


 朱理は、何も返事をしなかった。


 どう返事をすれば良いのか分からないのだろう。


「それより、朱理がここにいてくれるのが嬉しいんだ」


「朱理の家の前で、朱理が帰ってくるのを待ってたら、家から朱理が出てきて、円佳が事故にあったかもって血相を変えて出てきたんだ」


 この声は、舞だ。


「そうなんだ…居留守使ってたの、ばれちゃったね」


「そんなの、どうでもいいよ」


 なんとか、場を盛り上げようと明るく話してみるが、私の明るさは健気に見えるのか、寧ろ悲しみを誘っている感じがした。


 確かに、失明するのは悲しいけれど、みんなの前では明るく、いつもどおりでいたい。


 悲しみ落ち込むのは、一人になったときでいいのだから。


「あっ、円佳が気がつきました」


 礼儀正しいるんの声の後に、複数の足音が私に近付いてくる。


「体、痛くない?」


 お母さんの声だった。


「動かすと、少し痛いかな。お父さんもいるの?」


「あぁ、近くにいる」


 もう一つの足音は、お父さんのものだったようだ。今まで近くにいなかったのは、先生と話でもしていたからだろうか?


「円佳…お前の目は」


「うん…分かってる」


 やはり、目の話題になると雰囲気が重くなる。


「あの、私達そろそろ帰りますね」


 カオルの声が聞こえ、お母さんが四人にお礼を言う。


 時間は分からないけれど、失明の恐れが高いほどの怪我をし意識を失っていた。


 きっと、かなりの時間が経過しているのだろう。


「明日も来るから、何か持ってきて欲しいものとかある?」


 るんがそう言ってくれたので、音楽を聴きたいとリクエストすると、音楽プレーヤーに何曲か入れて持ってきてくれると言ってくれた。


「舞、朱理を送ってあげてね」


「分かってる」


「明日も来るね」


 か細く、朱理の声が聞こえる。


「うん、楽しみにしてる」


 四人の足音が、遠ざかっていく。今だから病室を出て行く四人の姿を想像できるけれど、五年後、いや、一年後は想像できるだろうか?

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