おそらく、呼ばれたキャストは一歩前に出て、客席に向かい頭を下げているのだろう。
キャスト紹介が終わり、しばらくの余韻を味わう為に、るんの奏でる音楽だけが流れ、劇は完全に終わった。
そう思っていた。
「え~ あっ、最初に観て頂きありがとうございました」
カチカチに緊張している舞の声が、会場に響き渡る。キャスト紹介などが終わったのに、何を話す気なのだろう?
「実は、今回の舞台の稽古中に、私達のとても大切な友達が、事故に遭い失明してしまいました。本来、大蛇というか竜神様というか娘の役をやる予定だった友達です。
その子は、森永円佳といいます。円佳は、失明してから以前の明るさがなくなり、楽しいことなどこの世にはないというように塞ぎこみ生きています。
そんな円佳を見ているのが辛くて、私は円佳を外に出そうとしましたが、円佳は激しく拒絶して、大喧嘩になってしまいました。
本当は、こういう時だからこそ支えになってあげないといけないのに、私は円佳を傷つけてしまいました。そんな私に出来るのは、目が見えなくても楽しいことはあるんだよって気付かせることだと思い、この場を設けさせていただきました」
喧嘩をして以来、一度も家を訪ねてくれなかったので、完全に嫌われてしまったのだと思っていたが、思い違いだった。今日の為に、家を訪ねないようにしていたようだ。
「私達には、円佳の気持ちが分かりません。おそらく、人間誰だって他人の気持ちを百パーセント理解するのは不可能だと思います。
でも、サークルの皆さんなら、私達よりも円佳の気持ち、円佳の不安を理解していただけると思うんです。どうか、円佳に手を差し伸べてあげてください」
サークルの皆さん?
サークルってなんだ?
「お母さん、サークルってなに?」
左手でお母さんの膝を触り、問いかける。
「私達と、合唱してくれた生徒以外のお客さんは、みんな目が見えないの」
「うそ…」
「本当よ」
時計で時間を確認していないのではっきりとは言えないが、言われてみれば、もう文化祭が終わり生徒達が帰っていてもおかしくない時間ぐらいだ。文化祭が終わった後、私の為に、目の見えない人用の劇を行ってくれたようだ。
「私の横に座ってる子は、円佳と同い年ぐらいで、円佳より少し可愛い子よ」
「最後の一言は余計だよ」
それから、私はその歳の近い子と話した。
名前は、宮前奈津子。私のように突然失明したのではなく、徐々に視力を失っていき、三年前に光を失ったと明るく話してくれた。
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