「あっ、それなら大丈夫。舞の勧誘は一筋縄でいかないと思ってたから、慎弥以外にもう一人名前を貸してもらった」
「誰から貸してもらったの?」
「れん」
れんとは、るんの妹である。ちなみに、るんは四姉妹の三女で、長女がらん、次女がりんという安直な名だ。
これで、形だけでも部の設立を進呈できる。こういった手続きはよく分からないので、放課後、三人で職員室に行くことにする。
正式な部員は、今のところ三人。その内の一人は演技をせずにピアノを弾くだけなので、役者は私とカオルの二人だけになってしまう。二人芝居の劇はあるらしいが、実際に自分達がその立場になると生じる問題は、どの話にするかだ。
どの二人芝居にするか、候補が多くて困るのではなく、二人芝居というものがあるのを知っているだけで、芝居内容などをまったく知らない。
恥ずかしい話、演劇を見たことは一度もないのだ。
「問題は、どんな話にするかだね」
自然とリーダー的存在になっているカオルが、そう切り出す。
「私は、どんな劇でもいいよ。これがいいって言えればいいんだけど、私、芝居とかって全然分からなくて、選ぼうにも選ぶ候補がないから」
「私も」
私とるんは、完全に主導権をカオルに預け頼ってしまう。
「それなら、何処でも出来る話じゃなくて、この地だからこその話にしようよ」
「この地だからこそって?」
「阿南にちなんだ話。舞とかるんみたいに、卒業したらこの地を出て行く人が多いわけじゃない。なら、卒業する前に、自分が住んでいる地にまつわる話をして、この地を離れても阿南にはこんな話があるんだよなって懐かしんでもらったり、励みにしてもらうの」
「そんな話あるの?」
「伝統の話とかをベースに、自分で作る」
「でも、阿南にまつわる伝統って、阿南に住んでるみんなが知ってるわけじゃないから、脚本とか作るの大変だよ。現に、私は全然知らないし」
「私も」
脚本作りなんて出来ないと引き気味になっている私とるんは、自分の無知をアピールする。
「大丈夫、脚本は私に任せて。おりんとか行人様の話もいいけど、多少ロマンティックな方が良いから、やっぱり深見池の話かな」
そう言われても、全ての話に対し初耳だったので、疑問符しか浮かばない。
「どうして、カオルがそんなに詳しいの? 地元の人でも知らないような話を」
るんが驚きながら、カオルに問う。
「物珍しさと、好奇心から。ずっと住んでる人よりも、好奇心旺盛な新参者の方がその地に詳しくなるなんて、珍しいことじゃないよ」
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