本当は、そう言われても嫌なものは嫌だったが、お父さんが早く帰ってきたのはこの為だと察しがつくので、断るに断れない。
仕方なく、私はその誘いを渋々承諾した。久しぶりの外なので、一応一番気に入っている服に着替える。
今、この服を着て行っておかしく見られないだろうか? そんなに流行と関係のない服だけれど、現在の流行を自分の目で確認できないので不安になってしまう。
それは、どの服にも言える事なので、予定通り着替えを済ませる。
私は、悪い方に考えすぎているだけなんだ。先ほどのような不安はこの先ずっとついて回るだろうが、今の段階では大丈夫だろう。
一日一日が何もなく長く感じるので錯覚してしまうが、失明してまだ一ヶ月も経っていないのだ。流行がそんなに劇的に変わっているはずがない。
着替えを済ませた私は、注意深く階段を下りる。
階段を下りたところで、お母さんが私の手を握ってくれた。家を出るまでは一人で大丈夫だけれど、せっかくの心遣いなので、私は手を握り返した。
「お父さんは?」
「車の用意をしてる」
「で、どこに行くの?」
「いいところよ」
何故か、お母さんは曖昧な返事をした。
目の見えない私にとって、いいところ…クラシック音楽でも聴きに行くのだろうか? それとも、朗読でも聞きに行くのだろうか?
どっちにしても、私の趣味ではないけれど。
玄関につき、腰を下ろし靴を取る。靴を履くのは目が見えなくなって初めてに近い作業なので、うまく履けない。
苦労の末に靴を履き、お母さんと手を繋ぎお父さんが待つ車に乗る。
車に乗ると、お父さんは私に車を発進させるのを伝えてからエンジンをかけた。突然車を動かし、驚かせないように配慮してくれたのだろう。
いったい。どこに行くのだろう? 一度した問いを二度するのは躊躇われるので、疑問は口に出さず自分の胸の中で考える。
車が停まった。
信号につかまったのだろうと思っていると、目的地に着いたのだとお母さんが伝えてくれた。
目的地は、思ったより近かった。近所と言える距離ぐらいしか走っていないように思える。
左手をお母さん。右手をお父さんと繋ぎ、軽く引っ張られる形で歩を進める。どの方向に行けばいいか分からない私は、多少引っ張ってもらわないと動けない。
「次、段があるから気をつけて」
二、三分歩くと、お母さんがそう忠告した。
忠告に従い段を慎重に上ると、どこかの建物に入った。気圧や空調などを肌で感じているのだろう、野外ではなく屋内だと分かる。
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