塚本先生が、椅子を用意しカオルに命ずる。
いつの間にか塚本先生は、包帯などを手に持ち傷の処置をする準備を整えていた。
惨状を目の当たりにして放心状態になっていた間、塚本先生は冷静に治療の準備を進めていたらしい。
カオルは命じられた通り、椅子に腰をかける。
「大丈夫、カオル?」
さっきまで腰を抜かしていたるんが、頼りない足取りでカオルに近付く。
「大丈夫、これぐらいじゃ死なないよ。私の腕が心配をして貰いたくて、大げさに血を流してるだけ」
カオルは顔を顰めながらも、無理に笑顔を作り答える。
みんなの視線が、カオルに集中していた。どんな状況でも笑顔を絶やさないカオルの魅力に引き込まれるように、みんながカオルを見つめている。
視線の独占を面白くないと思ったのか、室内に『カラン、カラン』と金属音が鳴り響く。
床の上に、ハサミが落ちていた。朱理がカオルを切りつけたハサミである。
「ごめんなさい…本当に…ごめんなさい!」
朱理は、自分を包み込むように腕を組みながら叫び、保健室を出て走り去った。
「カオル、ごめん。朱理を追いかけていいかな?」
「追いかけなかったら、絶交だよ」
カオルの傍を離れ、朱理を追う。その行動を許してくれるカオルに感謝しながら、私は保健室を出た。
朱理が出ていってすぐに保健室を出たので大した差はついていないけれど、朱理は体育の授業に参加していない割に足が速く、全力で追いかけても中々差が縮まらなかった。
人波を掻き分けながら朱理を追いかけ、下駄箱に辿りついた。下駄箱で朱理は上履きから靴に履き替え外に出る。
少しでも朱理との差を縮めたい私は、走っている勢いそのままに上履きを脱ぎ捨て、靴を履かずに外へ出た。
良し、大分差が縮まった。
「待って! 朱理!」
校庭に出た私は、朱理の名を呼んだ。廊下で名を呼んだら廊下を行き交う生徒達の視線が私達に集中し、パニックになってしまう恐れがあるが、校庭にはあまり人がいないので、その心配はなさそうだ。
名を呼ばれた朱理は、一瞬足を止めそうになったが、心の中で何か葛藤があったのだろう、足を止めずに走り続ける。
それでも、名を呼びながら追い続けた。犯人に対し待てと叫ぶのではなく、愛しい人を繋ぎ止めておきたいように優しく待ってと呼び続ける。
朱理は、校舎裏に移動すると足を止めた。
両膝に手をつき、息を切らしている。止まってくれたのではなく、体力が限界に達したようだ。
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