多少言葉の使い方を間違っているが、円佳の言える精一杯の敬語で、感謝を伝える。
「それでは、私はこれで」
リストの母がこの場から離れようとすると、円佳は『待ってください』とリストの母を呼び止めた。
「リストの風邪が治ったら、リストが私を望んでくれるのなら、私は、またここでリストと逢いたいと思うんです。なので、私の電話番号を伝えておきます。風邪が治ったら…いや、電話を掛けたいと思ったら、いつでも掛けて良いよって伝えてください」
円佳が携帯電話の番号を教え、リストの母はその番号を自分の携帯電話のメモリーに入れた。
「きっと、あの子も喜ぶと思います」
「それでは、私はこの辺で」
円佳は、頭を下げて歩道橋から去っていった。その姿を見送ってからリストの母は、歩道橋の階段へ向かう。
リストの母が階段を下りると、二十歳前後と思われる女性は、リストの母を追うように階段を下りた。
九月二十八日
小さな病院の小さな病室で、リストは仰向けに転がっていた。朝の日差しが優しく降り注ぐ窓際のベッドで、特に面白みのない外の風景を見ている。
普段、雨戸の閉まり切った家で生活しているリストにとって、陽の当たる風景を画面越しではなく見るのは、この病院からぐらいになっている。
リストの左手首には、包帯が巻かれていた。真新しく巻かれた包帯は、何かを封印するかのように、しっかりと巻かれている。
包帯越しに、手首を触ってみる。すると、少しだけ痛みが走った。その痛みは、出来立ての傷跡から来る痛みだろう。
窓際のベッドを使用しているリストは、窓に面している部分以外はカーテンを閉めていた。その為、自分以外にどんな入院患者がいるのか、はたまた、自分以外に入院患者がいるのかさえ完全には把握していない。
唯一分かるのは、ここが四人部屋だということぐらい。
うつ伏せになり、母が持ってきてくれた雑誌を読んでみたが、大して面白い雑誌がないので、携帯ゲーム機にテーブルゲームのソフトを差し電源を入れた。
ゲーム機は最新で、テーブルゲーム以外のソフトも最新作を持っているが、テーブルゲームだけは昔ので充分だろうと、昔に買ったソフトでいまだに遊んでいた。
テーブルゲームはグラフィックに凝る必要がなく、昔のソフトでも充分遊べる。難点は、コンピュータの思考時間が長いぐらいだ。
テーブルゲームに音は必要ないので、イヤホンでFMラジオを聞き、難点であるコンピュータの思考時間を紛らわせオセロを楽しむ。
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