失明した後に買ってもらった、ボタンを押すと現在の時刻を音声で知らせてくれる時計を。
時計は、感情を押し殺した女性の声で八時七分を知らせてくれた。
時刻を聞いた円佳は、CDを止めてサブスクで聞きたい音楽を音声認識でかけ、デスクチェアには座らずベッドに転がった。
ベッドに転がりながら歌を口ずさむ。そうしているとまた喉が乾いてきたので、もう一度ジュースで喉を潤す。
運動をしていないのに水分補給ばかりしていたら太ってしまうなと、今度は口ずさむのをやめ、指先でリズムを取りながら歌を聞く。
しばらくすると、カオルから電話が掛かってきた。
『今。暇?』
「暇って言うか、電話が掛かってくるのを待ってた」
毎日、二人はこの時間に電話をしていた。掛かってくるのは必ずカオルからだ。
『嬉しいことを言ってくれるね。私って、そんなに魅力的?』
「凄く、魅力的だよ」
『否定してくれないと、照れくさいんだけど』
嬉しそうに不平を言って、カオルは言葉を続ける。
『今日、夕方に雨が降ったじゃん。円佳は雨に当たらなかった?』
「折り畳みの傘を持っていったから、大丈夫」
『で,愛しのリスト姫はどう?』
「今回は、あまりいい展開が思い浮かばなくて」
『麗しのリスト姫じゃなくて、愛しのリスト姫だよ』
「はっ?」
『理解力が低いなー 歩道橋のリストちゃんは、雨が降った時どうしたの? て聞いてるの』
「あっそういう事か…て、どうして愛しのリスト姫なの?」
『随分と可愛がってるみたいだから、恋心でも芽生えたかなって』
「あのね、言っておきますけど、私はノーマル」
『はいはい、で、リストちゃんは傘を持ってきてたの?』
「持ってきてなかったから、一緒の傘に入った」
『へー』
「何よ、その意味深げな声は」
『ラブラブだと思って』
「カオル!」
『ごめん、冗談だよ。でも、むきになって否定するところがまた怪しい』
「カオル、いい加減にしないと怒るよ」
『既に怒ってるじゃない』
「そうだけど…これ以上怒るよ」
『かまわないよ。怒るだけ怒っても、電話だから怖くない』
カオルは、挑発するように笑った。
「怒るのはやめ。拗ねる」
『質が悪いな』
「ふんだ」
『あっ、本当に拗ねたの、子猫ちゃん』
「誰が、子猫ちゃんですか!」
円佳が怒鳴ると、カオルは景気よく大笑いする。
『また怒った』
円佳は、敗北感でいっぱいになり言葉をなくした。学生時代から、言い合いでカオルに勝ったことは一度もない。
『円佳とリストちゃんのラブラブ話は今度にして、リストちゃんのシビアな話をしよう』
読み終わったら、ポイントを付けましょう!