足を踏み出して

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退会したユーザー

#97

公開日時: 2022年1月30日(日) 22:46
文字数:1,021

「分かった、今日はまだ円佳には何も言わないよ。円佳に言っていいか、言わない方がいいか結論がついたら教えて。あっ、私の携帯番号、教えとくね」


 カオルは、財布の中に入っていたいらないレシートに携帯電話の番号を書き、リストに渡す。


 受け取ってくれるが内心不安だったが、リストは、そのレシートを喜んで受け取った。


 九月二十八日


 円佳は、決められたプログラムをこなすように、いつもと同じ時間に家を出た。

夕方の散歩。


リストと歩道橋と逢っている時と同じ時間に今日も家を出る。


 失明してからしばらくは、外に出ない日々が続いた。家の中ならまだしも、目が見えない状態で外を歩くのは恐怖で堪らなく、外に出るのさえ拒んでいた。


 外に出ると、セメントで固められたように足が動かなくなっていた。脳が足を前に出せと命令しても、体が拒否をし上半身が前のめりになるだけで、歩けない日々が続いた。


 それが今では、杖なしでも歩くのが可能になっている。杖がないと障害物を事前に察知できないので常に杖を使用しているが、たとえ杖が折れてしまっても、慎重に足をゆっくりと前に出し、足を杖代わりにして歩けば無事に家へ戻れるだろう。


 円佳にとって、唯一の不安が信号だった。まだ、この辺りには音の出る信号が普及していないので、信号を渡る際は、信号待ちしている人を頼らないといけない。


 ひとりで信号を渡れるまで、円佳は一人で外出をするのにまだ慣れていなかった。


 信号に対する恐怖は、それだけではなかった。これは、信号と言うよりも道路に対する恐怖と言った方が正確だろう。道路を、車の通る音で判断しなくてはならないのだ。


 道路の前に、ここから先が道路だと知らせる黄色いブツブツがあればいいが、駅のホームならまだしも、道路に設置されている場所はあまりないので、距離感と車の音を頼りに道路が迫っているのを感じ取らなくてはならない。


 道路に車が通っていない時は、特に道路を感じ取るのは困難を極める。ドライバーにとって混雑している道路は迷惑かもしれないが、円佳にとっては、まばらに車が流れる道路の方が迷惑であり、恐怖だった。


 そういった点を考慮して、円佳の散歩ルートは決められた。道路を渡る回数は合計二回で、一つはリストと逢った歩道橋を利用する。従い、人に頼り道路を横断するのは、たった一度だ。


 その一度だって、ルート次第では渡らなくてもすむ道路、横断歩道である。


 しかし、散歩以外で外に出る時は、横断歩道を渡らなくてはいけない時がある。

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