「円佳さん」
リストが声をかけると、円佳の表情に感情が生まれ、見えないけれどリストに視線を向けた。
待ち合わせていた恋人が来た時に見せる、喜びの表情。そんなドラマのワンシーンを思い出させる円佳の態度が、リストは嬉しかった。
「こんにちは、リスト」
「今日は、雨が降りそうですか?」
円佳が、静かに首を振る。
「降る気配がしないから、折り畳みの傘も持ってきてないよ」
そう言われ、円佳がバックを持ってきていないのに気付く。
「良かった。クッキーを焼いてきたんで、雨が降ると嫌だなって思ってたんです」
バスケットを開けると、辺りには仄かに甘い香りが漂う。
「良い匂い。一つもらっていい?」
「一つだなんて言わず、たくさん食べてください」
「何個作ってきたの?」
「十三個です」
「十三個って…奇数だったら最後の一個が取り合いになっちゃうよ」
「十四個作ったんですけど、一つ味見で食べちゃったから」
「じゃあ、私が七個もーらい♪」
円佳は、唄うように貰う数を宣言し、手探りでバスケットを探す。
「良いですよ」
リストは、円佳にバスケットを近づけながら応えた。
クッキーを一つ手に取ると、円佳は腰を下ろし、クッキーを口にした。
その横に、リストも腰を下ろす。
「おいしーい! これ、本当に自分で作ったの?」
外にいるのを忘れ、大声でクッキーを賞賛する。そんな円佳に対し、リストは頬を染め照れくさそうに『そうですよ』と返した。
「本当に、市販のものじゃないの?」
「本当ですって」
「そうか、凄いなー 私なんて、一つも料理が出来ないよ」
「でも、円佳さんは」
「いや、目が見える時から料理は出来なかったの。いつもママが作ってくれるから、作ろうとも思わなかったし」
「なんか、ちょっと意外」
「料理が作れそうに見える?」
「そうじゃなくて」
「間髪入れずに否定しないでよ」
「あっ、ごめんなさい」
「いいの、いいの、冗談だから。で、何が意外なの?」
「円佳さんが、母親をママって呼ぶのが意外で。お母さんって呼んでると思ったから」
「へー 私ってそんなに、しっかりしているように見えるんだ」
「いや、そうじゃなくて」
「間髪入れずに否定しないでよ」
「あっ、ごめんなさい」
「いいの、いいの、冗談だからって、さっきもこんなやり取りしたね」
円佳は、愉快そうに笑い飛ばす。
「しっかりしてるように見えるんじゃなくて、しっかりしてるなって思えるんです。その、見た目は…」
「見た目は?」
「言っても怒りませんか?」
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