足を踏み出して

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#58

公開日時: 2022年1月27日(木) 10:00
文字数:1,017

 農夫には、カオルが演じる嫁がいるので、中々その恋心を伝えられない。簡単に言うと三角関係の話になっている。


 滞りなく進み、クライマックスを迎える。


『井戸端で向き合う、農夫と娘』


「こんな想いを伝えたら、あなたが困ってしまうと分かっているのですが、言わずにはいられません」


『娘、農夫の目を見つめる』


 沈黙が続いた。


 初めの内は、計算された間、演出だと思っていたが、途中でそうでないと分かった。


 ここは、朱理が台詞を言う場面だ。朱理の台詞は私の台詞でもあるのでよく分かる。


 朱理は、台詞を忘れてしまったんだ。


 きっと、朱理は舞台の上で、困り泣きそうな表情を浮かべているのだろう。


 もしかしたら、助けを請うように私を見ているかもしれない。


 足が震えるけれど、私は決心し、立ち上がり叫んだ。


「あなたのことが好きです! 許されない愛の形だと分かっていても、あなたが好きでたまりません。あなたの一番になれなくても良いので、私に愛の感情を抱いていただけませんか?」


 一瞬の間があり、るんのナレーションが流れた。


『感極まった娘は、叫び声に近い声で自分の感情を伝えました』


 このナレーションは、るんのアドリブだろう。この場面では叫んだりせず、しおらしく告白する予定だった。


 農夫は娘の願いを断り、娘を残し井戸から離れていく。


 その後、井戸端には娘の下駄が脱ぎ捨ててあり、井戸をさらっても娘は発見されなかった。


『娘が姿を隠ししばらくしたある日、晴れていた空がにわかに曇り、暗雲が空を被いました』


 ここで、四方八方から合唱が流れ始めた。天変地異を耳で感じさせる、恐怖感のある合唱。


『しばらくの雷鳴が止んだ後、村人達が胸を撫で下ろし辺りを眺めると、今まで青々としていた麦畑が見渡す限りの大地となり、波が逆立っていました。


 村人達が口々にこぼします』


「竜神様の祟りだ」


「お祭りをして、水の霊を慰めなくては」


 四方八方から、台詞が飛び交う。この台詞は合唱部が受け持ったらしく、男性の声も含まれている。


『村人達が騒ぐ中、農夫の目の前に、空からかんざしが落ちてきます。


 農夫はかんざしを拾い呟きました』


「祟りと…嫉妬かな」


『農夫は愛する妻を見て、複雑な表情を浮かべます。そんな農夫に対し妻は』


「また、一からやり直せばいいのよ」


『大地になってしまった麦畑を見て、そう告げました』


 ピアノ演奏に乗せて美しい合唱が響き、劇が終わった。


 合唱が終わると、次に、ピアノ演奏をBGMに、るんの声でキャスト紹介が行われた。

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