農夫には、カオルが演じる嫁がいるので、中々その恋心を伝えられない。簡単に言うと三角関係の話になっている。
滞りなく進み、クライマックスを迎える。
『井戸端で向き合う、農夫と娘』
「こんな想いを伝えたら、あなたが困ってしまうと分かっているのですが、言わずにはいられません」
『娘、農夫の目を見つめる』
沈黙が続いた。
初めの内は、計算された間、演出だと思っていたが、途中でそうでないと分かった。
ここは、朱理が台詞を言う場面だ。朱理の台詞は私の台詞でもあるのでよく分かる。
朱理は、台詞を忘れてしまったんだ。
きっと、朱理は舞台の上で、困り泣きそうな表情を浮かべているのだろう。
もしかしたら、助けを請うように私を見ているかもしれない。
足が震えるけれど、私は決心し、立ち上がり叫んだ。
「あなたのことが好きです! 許されない愛の形だと分かっていても、あなたが好きでたまりません。あなたの一番になれなくても良いので、私に愛の感情を抱いていただけませんか?」
一瞬の間があり、るんのナレーションが流れた。
『感極まった娘は、叫び声に近い声で自分の感情を伝えました』
このナレーションは、るんのアドリブだろう。この場面では叫んだりせず、しおらしく告白する予定だった。
農夫は娘の願いを断り、娘を残し井戸から離れていく。
その後、井戸端には娘の下駄が脱ぎ捨ててあり、井戸をさらっても娘は発見されなかった。
『娘が姿を隠ししばらくしたある日、晴れていた空がにわかに曇り、暗雲が空を被いました』
ここで、四方八方から合唱が流れ始めた。天変地異を耳で感じさせる、恐怖感のある合唱。
『しばらくの雷鳴が止んだ後、村人達が胸を撫で下ろし辺りを眺めると、今まで青々としていた麦畑が見渡す限りの大地となり、波が逆立っていました。
村人達が口々にこぼします』
「竜神様の祟りだ」
「お祭りをして、水の霊を慰めなくては」
四方八方から、台詞が飛び交う。この台詞は合唱部が受け持ったらしく、男性の声も含まれている。
『村人達が騒ぐ中、農夫の目の前に、空からかんざしが落ちてきます。
農夫はかんざしを拾い呟きました』
「祟りと…嫉妬かな」
『農夫は愛する妻を見て、複雑な表情を浮かべます。そんな農夫に対し妻は』
「また、一からやり直せばいいのよ」
『大地になってしまった麦畑を見て、そう告げました』
ピアノ演奏に乗せて美しい合唱が響き、劇が終わった。
合唱が終わると、次に、ピアノ演奏をBGMに、るんの声でキャスト紹介が行われた。
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