「酷い言葉になっちゃうけど、そうだね」
『じゃあ、会わなくてもいいから、見ちゃ駄目かな? 円佳がリストちゃんと会っている時間に、歩道橋を通過するだけ。絶対に声をかけないから』
「そんな言い方、可愛そうだよ。まるで、リストが見世物みたいじゃない」
『私は、リストちゃんの顔を好奇心で見たいって言ってるんじゃないの。保険の為に見たいって言ってるの』
「保険?」
『リストちゃんと初めて会った時、自殺をしようとしてたんでしょ? 今は大分落ち着いてるみたいだけど、精神が不安定になって歩道橋に来なくなったら、どうやってリストちゃんを探すの? それこそ、打つ手なしだよ』
「そう言われると、そうだけど」
『何度も手首を切って自殺をしようとしたけど、死ねなかった。今度は確実に死のうと思って、歩道橋から飛び降りようとした。リストちゃんはそこまで追い詰められてたんだよ。ちょっと円佳と親しくなったからって、自殺の可能性がゼロになったとは思えない』
「それは、私も感じる。楽しく話してても、時々返事がなくなったり、心がどこかに飛んでる時があるの。そんな時、リストは私では想像がつかない悩みに押し潰されているような感じがする」
『万が一、リストちゃんが姿を消した時のために、リストちゃんの顔を知ってる人が一人ぐらいいた方が良いと思わない?』
「そうだね…絶対に声をかけたり、接触しようとしたりしない?」
『約束する』
「じゃあ、うん」
まだ迷いがある円佳は、踏ん切りのつかない曖昧な返事で許可する。
『四日後、仕事が休みだから行くよ』
この約束を最後に、リストの話は終わり、その後は、お互い聞いているラジオ番組の話で盛り上がった。
九月二十二日
リストは、バスケットを片手に歩道橋に向かっていた。
外を歩く際、俯いてしまう癖がついていたが、今日は鼻歌交じりで歩けている。
握られているバスケットの中身は、手作りのクッキーだった。一つ味見してみたところ、市販されているクッキーより美味しいと自分で賞賛できる仕上がりになっている。
今日は、降水確率ゼロパーセント。夕立の心配もないと天気予報が自信を持って言っていた。自分の気持ちを表すような天気に心が踊り、足取りも軽やかだ。
軽やかな足取りのまま歩道橋を上がると、既に円佳が来ていた。
杖を片手に無表情のまま、少し俯き待っている円佳。
目が見えないので、どこかを見ているのではなく、ただ俯いているだけだと分かっているが、何もしないで待っている円佳の姿が、ちょっとだけ悲しそうに見えた。
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